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《「天国の書」第12巻》1920年9月2日被造物からの慰めがないことによる、イエスへの愛と悲しみの殉教。私はほとんど絶え間なく(主の)不在という苦しみの中で生きています。愛するイエスは、せいぜいお姿を見せてくださる程度で、その後は稲妻のように私の前から消え去ってしまわれます。ああ、私のあわれな心のこの殉教を、イエスだけがご存じです。私は、主が私たちのためにあれほどの苦難を忍ばれたその「愛」について思いを巡らせていました。すると、常に愛すべきイエスが私
始原の天使とは、星王竜のウ”ェルダナーウ”ァが光の大聖霊から生み出した天使族の中でも最上位の七柱のセラフィム達のことである。反動で闇の大精霊から生まれた悪魔族の最上位者である原初の七悪魔がおり、原初と始原は勿論敵対している。フェルドウエイ・・・始原の筆頭。男性のような女性のような、ややこしい見た目だそうで、実際性別は無いらしいです。ウ”ェルダナーウ”ァの副官として活躍していましたが、異界に封じられたイウ”ァラージェの監視をしてるうちに、魔素を浴びて”妖天”となり現世に
1970年代、秋田の女子修道会「聖体奉仕会」に置かれていた木のマリア像から、涙が流れ出しました。涙は頬を伝い、あごから滴り落ちました。そして、当時耳の聞こえなかった一人の修道女、シスター笹川カツ子さんには、聖母マリアからのものとされるメッセージが与えられました。日本ではカトリック信者も少ないですし、そのまま忘れ去られていく出来事なのかと思いきや――ご像の涙は、一度ではありませんでした。何度も、何度も流れました。実はそれ以前には、ご像の右手に十字形の傷が現れ、そ
いちじくの木ミニストリーさんのプロフィールページhttps://profile.ameba.jp/meあなたがたは、年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神が告げたことばの初歩を、もう一度だれかに教えてもらう必要があります。あなたがたは固い食物ではなく、乳が必要になっています。乳を飲んでいる者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。固い食物は、善と悪を見分ける感覚を経験によって訓練された大人のものです。(へブル人への手紙5:12-14SKY17)
こんにちは。本日もご訪問頂きましてありがとうございます。霊界の学校生徒どの様にしてカルマを取り除くのか?教えてください。講師負のカルマをどうやって対処するのか?人にあげる事は出来ませんね重すぎるし、誰も欲しがりません。皆が十分過ぎるほど自分のカルマを持っているからね。それではどうしたら良いのか?それには非常に簡単な方法があります。それは奉仕(無償の愛)と呼ばれます。いや、取り除くのではなく燃焼してし
こんにちは。今回は「多数派は言葉ではなくしるしを欲しがる」と題して書きます。※当ブログでは聖書とは「偽使徒パウロの書簡」を除いたものと定義しています。前回の記事「キリスト者にとって偽神は蚊帳の外」では、しるしや奇跡の類を求めたり信じたりすべきではなく、神の御言葉を信じて必死に学ぶべきであることを述べました。しるし等の出来事の記憶は、人間の脳の性質上、時間の経過と共に当初とは違ったものに変容してしまうからで、たとえば伝言遊技のように当初見た内容と最後に見た内容とでは随分違った記憶になって
禊殿の後はいよいよ今回の旅の最終目的地へ向かいました。はなゑ社長を先頭に今日この時間に集うために全国、北は北海道、南は九州から集まった仲間達です。それぞれが生活費の中から旅費を工面して交通手段を調べ、荷造りし、諸々の雑事や仕事をこなして文字通り、万象繰り合わせて集まった、つまりは選ばれし人々です。当初は物美優山の方もいましたが、旅が深まって行くにつれてひとり、ひとりのお顔が引き締まっていくのをわたしは見ていました。そのお顔の引き締まり方は
『(ひとしずく・天にましますわれらの父<v>)~帰還・天のふるさと・地上の旅人~』『(ひとしずく・天にましますわれらの父<iv>)~母の愛・闇の中・見守られていた・放蕩息子~』『(ひとしずく・天にましますわれらの父<iii>)~天の父…ameblo.jpからの続きです天にましますわれらの父<vi>「信仰の旅のために」神の言(ことば)目的地と経路を示す地図を持たないで、旅をすることはできません。そうでないと、体は動いていても、自分がどこにたどり着こうとし
私は神学的な話しは全く知らない。只、感覚的に次の様に判断がつく場合が多い。しかし、神の国の一人ではあるが、誰だか判らない時も多い。この方を「主」と云う呼び名は最もふさわしいと、いつも感心している。これを直訳すると「神の国」又は「神の家族」といえると思う。☆神様話される時、いつも「子」といわれる。威厳と格調からも判断出来る。☆イエス様まさしく救い主。兄弟と云うより大抵、母親の様な感じ。☆聖霊二種類ある様である。1.私の外から命じられる方2.私の内にいて共に生きようとされる方
驚きの神の意図というインスピレーションと共にやってきた、あのなんとも言えない満たされた幸せな感覚…この感覚…知っている…そうなんです。この感覚は、過去に3度体験したことがありました。その時の体験は、「突然幸せになった体験」としてブログにも書いていますので、よかったらお読みください。(①②③)今回、このような満たされる幸せな感覚と共にやってきたインスピレーション。きっと、とても大切なメッセージなんだなと直感しました。少なくとも、わたしにはとても大切な内容のようです。もしかした