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「ようやく伸びたな・・・」ドレッサーの前で、マヤの髪を梳きながら真澄が呟いた。真夜中の“JehanneDarc”に二人はいた・・・結婚式を一週間後に控え、多忙を極める真澄がマヤの髪を整えるために、割ける時間は真夜中しかない。真澄の手が優しく髪にの中を泳いでいくのが心地良く、マヤはそっと瞳を閉じる。フィアンセとなってからも、こうして時間を作っては髪をケアしてくれることに、真澄の愛を感じるマヤだった。「今日は少し毛先をカットして、パーマとトリートメントをしよう。」真澄の顔が鏡の中で
~prologue~北島マヤと出逢って七年・・・。中学生から高校生になった君。女優としてこれからという時に、その華やかな道から転げ落ち、それでもどん底から自分の力でここまで這い上がってきた君。そして十年・・・今日、君はついにその手で紅天女を掴んだ。君が掴んだもの・・・それは紅天女だけじゃない。この俺の心まで君はその手で掴んで放さない。君はまだそれに気づいてはいないけれど・・・俺の心に永遠に棲むたったひとりの女性・・・北島マヤ・・・。Side-Masumi思えば君も二十歳になっ
紅天女の本公演を1週間後に控えた日の夜。マヤは水城から稽古終了後に大都芸能本社に来るよう連絡を受けた。千秋楽の後の打ち上げパーティのことで打ち合わせをしたいとのことだった。大都芸能を訪れるのは、久しぶりである。試演前に真澄と鷹宮紫織の婚約が発表され、マヤの足は自然と大都から遠のいた。婚約披露パーティで二人の姿を見て以来、マヤは真澄を故意に避けるようになった。手に入らないものを欲しがるのは、正直つらい・・・そんな自分が嫌になる。それで綺麗さっぱり忘れられる程度の恋だったらよかったのだ
織田信長、上杉謙信、伊達政宗etc.名だたる戦国武将は数多あれど、最強の武将はこの新しき御代に立ちはだかる。日本近代史上では初めてであろう今上天皇の御退位から新天皇の御即位といった日本を沸かす祝賀ムードの中、近年稀に見る大型連休となったのはこの男も同じであった。大都総帥として多忙を極める速水真澄だが、今年のGWは後半をオフとすることができた。だが、最愛の伴侶であるマヤはそれと入れ違うように仕事が入ってしまい、今日も朝から家を空けていた。なので今日は朝から真澄が長男の怜と双子の玫と瑰の
Prologueこの世で最も見られたくない存在に、この姿を見られた瞬間・・・。その時の胸の痛みと重さを知り、愚かにも俺は初めて気づく。この結婚で、俺は生涯、この感情と付き合っていかなければならないことを。マヤの隣には永遠に立てない・・・どんなに彼女を愛していても。真澄と紫織の婚約披露パーティーにマヤがお祝いの花束を持って現れた。淡いピンクの薔薇のブーケだ。「速水社長、紫織さん、御婚約おめでとうございます。」「ありがとう、マヤさん、素敵なブーケね。」事務所社長と所属女優としてなら
今年は暖冬だと言われていたのに、今夜はとても寒い。マヤは解けかけたマフラーを巻き直して足早に家に向かった。今夜はアルバイト先の小さなリストランテもいつもより忙しかった。時計を見ればもう夜の10時を過ぎていた。小さめの紙袋には、忙しくて食べる暇も無かったリストランテの賄い料理が入っている。オーナーシェフの柱谷が持たせてくれたゴルゴンゾーラのペンネだ。マヤは部屋の近くまで来ると、最寄りのコンビニに寄った。小さなチキンとデザートコーナに置かれていた直径10センチほどの丸いショートケー
大都芸能代表取締役社長である速水真澄のもとには、連日山のような決裁案件が回されてくる。社長付筆頭秘書である水城は、その全てに目を通し、不備のあるものは事前に再提出をさせるなど、真澄の負担を極力減らす毎日だ。真澄の経営者としての能力は、超一流である。一芸能プロダクションの社長で終わる器ではない。近い将来、真澄はこの大都グループの総帥として、日本国内のみならずグローバルな一流企業に押し上げていくことは疑う余地もない。それは、鷹宮グループの令嬢鷹宮紫織との婚約破棄に伴い、鷹宮との業務提携が暗
「マヤちゃん、今度の新しいドラマの主題歌、君が歌ってみないか?」その曲は若い女性アーティスト熊林杏里のものだった。ドラマの主題歌にするにあたり、マヤにカバーさせたいと局側の要請にアーティストサイドからのOKは出ていた。ドラマのプロデューサーから打診があった時、マヤは即座に断った。だが、その楽曲を聴かされて、マヤの心が揺らいだ。杏里の透明感のある歌声がマヤの心にスッと溶け込んできた。ほんじつ私はふられましたわかっていました無理めだとだけどもあの時少しだけほほえんでくれ
紫織さんとの婚約は白紙にした。鷹宮との業務提携も穏便に収束させた。そして、マヤには積年の思いを伝えた。彼女も俺のことをずっと愛していたと言ってくれた。これで何も憂うことはない・・・筈なのに。どうにも忙しい。この忙しさは何なのだ?朝から晩まで、どうしてこうも忙しいのだろうか。鷹宮との提携の後始末をしていたときよりもハードな気がしてならない真澄は、水城に尋ねた。「まぁ、真澄様・・・自覚がお有りにならないのですね?」水城がわざとらしく驚いてみせる。「仕事の量も質も以前と然程変わっ
----------------------------------------親愛なる北島マヤへ・・・マヤ・・・、今俺は出す宛てのない、君への手紙をしたためている君がフランスに旅立った日の夜、君と高見澤氏の対談番組を見た。これまで俺は、君のことを誰よりも分かっているつもりだった。でもそれは俺の思い上がりだったんだね。君がどれほど俺のことで悩み、苦しんでいたか・・・何もわかってはいなかった俺をどうか赦して欲しい。俺は、いつもいつも君を傷つけてばかりいた。君を愛すれば愛するほど、
Ayumi'seyes...今日はマヤさんの誕生日。私は彼女を食事に誘ったわ。本当なら、私ではなく速水社長と一緒の方が、マヤさんにとっては嬉しいのだろうけど、自分から速水社長に声をかけるなんて、彼女にはあり得ないことだと思うの。あ、皆様、私自己紹介がまだでしたわね。私は姫川亜弓・・・マヤさんとは紅天女を競ったライバル同士ですの。けれど、マヤさんは舞台を降りれば、仲の良い友人で、私にとっては恋人や家族以外で、唯一癒される存在なの。そんなマヤさんを悩ませる、由々しき殿方が、大都芸能社
◇試される絆あれから俺は、紫織さんとの協議離婚を進めていた。弁護士の藤堂の紹介で、その方面が得意な弁護士を紹介してもらい、今も協議が続いている。思いのほか、紫織さんは冷静なようで、離婚の成立も時間の問題との報告で俺も安堵し始めたその時、事件は起こった。怜が何者かに連れ去られたという。マヤが風邪をひいた怜を病院に連れて行ったのだが、検査中に看護師に怜のことを頼んで、御手洗に行ったその一瞬にあの子がいなくなったという事だった。マヤはすぐに水城に携帯で連絡をしてきて、俺もその事実を知った。
「こんな記事を書かれるのは、君に隙があるからだ。」マホガニーのデスクの上に投げ出された一片の紙。それは某週刊誌の入稿前の記事のゲラだった。出版間際に差し止められたその記事は私の熱愛報道だった。勿論その内容は事実無根のでっち上げだ。複数の関係者での会食の帰りに撮られた写真は、あたかも二人きりの逢瀬のようなアングルだ。だが実はその隣には双方のマネージャーもいるのだ。呆れてしまうような内容だが、これも有名税だとさっき会った水城さんは苦笑いしていた。だが、目の前のこの人は笑い事では済まし
大都株式会社の会長室。その部屋の主人が速水真澄となって早一年近くが経とうとしていた。「真澄様、本日の予定はこれで終了でございます。」夜の9時、グループの役員会議を終えて戻って来た真澄に秘書の水城が告げる。「そうか、分かった。俺はもう少しやっていくことがあるから、君は先に帰りたまえ。今日は自分の車で帰るから、ドライバーも帰していいよ。」またか・・・水城は内心で呟いた。ここニ週間で、今夜で三度目だ・・・ひとりで何をやっているのだろう。何か新たな目論見でもあって、その下準備か?秘書
まるでジェットコースターに乗っていたかのような時間だった。声にならない声・・・何かに縋り付いていなければ吹き飛ばされてしまいそうな衝撃・・・。猛スピードで奈落に突き落とされるような得体の知れない快感と恐怖感にマヤは全身の筋肉を硬直させていた。普段のクールな相貌とは全く違う速水真澄の一面を垣間見た気がした。しなやかなネコ科の猛獣に襲い掛かられたように、マヤに逃げ場はなかった。全てを食い尽くされるのかと思ってしまうほど、何度も求めてきた真澄・・・だがそこには粗野な肉の慾とは違う、甘い陶酔が
Saeko&Shuka'seyes...「貴女とこうしてゆっくり呑むの久しぶりね、冴子。」二人の行きつけのホテルのラウンジ。大都芸能代表取締役社長の水城冴子と北島プロジェクトの総責任者である藤堂朱夏は、久しぶりにゆっくりとボトルを開けて、語らいの時間を持っている。最近、(といってもなかなかこうしてゆっくり二人でここを訪れる事は滅多にないのだが、、、)ここに来ると、マスターが心得たとばかりに、オーダーもしないのに、5大シャトーのファーストを持ってきては、デキャンタージュを始める。そ
薄紫色の便箋に認めた手紙と一冊の日記帳に思いを託す。そして一年以上の時間をかけて、マヤのために用意したプレゼントの数々。クリスマスイブのその日まで、毎日ひとつずつ彼女に贈るつもりだ。紫の薔薇としての最後の贈り物・・・。あの紅天女の舞台を観た時に、真澄は悟った。何をどう言い繕って誤魔化したところで、己の気持ちに、もう嘘はつけない。紫の薔薇としてではなく、速水真澄として、マヤに愛されたいと願ってしまう。どうしてもあの子の心が欲しい・・・マヤ以外、欲しいものなど、この地球上の何処にもあり
「Trickortreat〜!きゃははぁっ!」今日は10月31日。今や世間ではクリスマスに次ぐイベントとして認知され始めたハロウィンの日である。夕方になって、ハロウィンの仮装をした怜が家の中を走り回っている。蝙蝠の羽根を模した悪魔風の衣装に、黒い角の生えたカチューシャ、悪魔のしっぽの黒いパンツ。そして怜の顔といえば、マヤのドレッサーの前で悪戦苦闘した見事な芸術品になっている。マヤの使い古しのシャドウや口紅を自由にさせてもらって、真っ赤な口に、青紫の瞼、そして頬にはハロウィング
長閑な春のキャンパス。土曜日だからか、学生達の姿もそれほどには多くない。どこからともなく聞こえてくる金管の音や、グランドで叫んでいる青年達の声。体育館の脇を通れば、シューズのソールが床に擦れる音など、ここでは日常の音や風景でも、速水真澄にとっては懐かしさを伴う新鮮なものだった。もっともこの大学は真澄の母校ではない。真澄は日本の最高学府と言われる国立大学を学部首席で卒業し、エリート官僚への道を周囲から期待されるも、四大卒業後はそのまま渡米、ハーバードで経営学の修士を修めてきた。そして今
もう何も信じたくない・・・。マヤはかつてない絶望感に苛まれていた。鷹宮紫織から聞かされた真澄の話を疑うべくもなく信じるマヤの素直な気性は、マヤ自身を時に酷く傷付ける。何よりも大切だった紫の薔薇・・・けれど今は一番見たくない花になってしまっている。とにかく苦しくて哀しくて、何も考えられなくなってしまう。こんな状態で、紅天女の試演に望むことなんて無理だ。マヤは憔悴した表情で、稽古場を後にした。「マヤちゃん・・・」「水城さん?」水城はマヤをアパートまで送っていき、そのまま部屋に上げて
「お帰りなさいませ、真澄様。」「ただいま・・・マヤは?」今日の稽古はすでに終わっているはずだ。久しぶりにマヤと夕食を食べようと、早い時間に速水の自宅に帰ってみれば、マヤの姿がない。「・・・マヤ様、お帰りになった時からご様子が変で、先ほどお一人でふらっと出て行かれてしまわれて。」メイドの話を聞いて俺は玄関に引き返す。外は雨で、春の陽気といえど、今日は肌寒い。傘を出そうと玄関のクローゼットの扉を開けると、そこにはマヤの傘があった。「傘も持たずに・・・」俺はマヤの傘と自分の傘を持って
◇止まった時間あの娘ももう二十五歳・・・。今や、日本を代表する女優だ。紅天女の成功を機に、演劇界にその名を轟かせ、今ではその活躍は国内には留まらない。ちょうど彼女が二十二歳になった時、ロンドンの高名な演出家の目にとまり、シェイクスピアの舞台に立つことになった。女性版ハムレットの主演を務めたが、弱冠二十二歳にして、重厚なシェイクスピアの世界を見事演じ切った彼女に世界は驚愕し、惜しみない称賛を送った。その年のイギリスの演劇界のアワードの主演女優の賞は、日本から海を渡ってきた女優、北島マヤ
東京の景色もすっかり秋色に色づいた頃、今年の六月の株主総会で承認を受け、大都株式会社代表取締役社長兼大都グループ総帥に就任した速水真澄はひとり、都内某所にある藤村家の菩提寺を訪れていた。昨日までの秋晴れとは異なり、今日は朝から雨が降り、午後になって上がったものの、今にもまた泣き出しそうな空模様は、まるで自分の心の澱を映しているように思えた。「お母さん、今日はご報告に来ました。あなたが敬愛したお義父さんの跡を継ぎ、大都の総帥になりましたよ。・・・これであなたの夢は叶いましたか?」顧みられ
MorningSickness・・・昔、ハーバードに留学していた頃、学生結婚をしていた友人の奥さんが妊娠して、悪阻が酷くて大変だと、その友人が話していたことを思い出した。俺はその時、何故悪阻が"MorningSickness"と言われるのか、ピンと来なかった。ただ、当時は興味も無かったからその時の疑問は放置されたままだったのだが、今になってその意味がようやくわかった。マヤが二人目の子供を身籠った。もちろん俺の子だ。この前マヤに告白されて、感激のあまり不覚にも涙が出てしまったが
「デートに遅れるって言うから何事かと心配したけど、原因はそれかい?」一年前のお正月デートに1時間遅刻してきたマヤが抱えていたのは某デパートでマヤが購入した福袋だった。「だって速水さん、福袋は色々と入っていて、凄くお得なんですよ〜」と、嬉しそうに話していた。自分には無縁の代物だったが、あまりにもマヤが幸せそうだったのを思い出した真澄は、もう一度あの笑顔を見たいと思った。そして訪れた気忙しい年の暮れ。マヤも真澄も多忙すぎて、クリスマスも儘ならず、結局二人が会えたのは大晦日の夕方だった。
「速水さんなんて、大っ嫌いっ!」そう言って君は部屋を飛び出そうとした。「待てよっ、こんな夜更けにどこへ行く気だ?」俺は、君の腕を掴んだ。「何処だっていいでしょ?もう私、貴方とは別れるんだからっ!」売り言葉に買い言葉の衝動だとはわかっている。けれど君の口から別れの言葉を聞けば、俺の心は傷付き、不安でいっぱいになるんだ。その言葉に一瞬怯んだ俺の隙をついて、君は俺の腕を振りほどき、部屋を飛び出してしまった。「マヤ・・・」一時間・・・二時間・・・君はまだ帰ってこない。時計は午前零時
午前零時過ぎに帰宅した俺を待っていたもの。それは・・・リビングのソファーにまるで子猫のように身体を丸めて眠る愛しきもの。シャワーはもう済ませたのか・・・長い髪は湿り気を帯びていた。最近パーマをかけたその黒髪は、緩やかなウェーブをうねらせて広がっている。そのせいなのだろうか・・・最近の彼女は大人びて、艶さえ感じさせる。けれど、眠っている時のあどけないこの横顔は、昔の少女時代そのままだ。「・・・マヤ・・・やっと手に入れた・・・」壊れ物に触れるように、彼女の髪に指先を這わしてみる。込み
誰もが舞台にあの”梅の谷”を見た気がした・・・北島マヤの阿古夜は、演じられた紅天女ではなく、リアルな紅天女そのものと言っても過言ではなかった。当初の予想では、誰もが姫川亜弓の優勢を疑わなかったが、二人の舞台が終わった時点で、それは見事に覆されていた。圧倒的な世界観を見せつけられた観客の心に、残っていたのは果たしてどちらの紅天女だったのか・・・。真澄はマヤが贈ってくれた、紫の薔薇の人の席でその奇跡に立ち会った。マヤに贈られた席に座る・・・それは永遠に叶わない夢だと思っていたのに、遂にその
まさかそんなことが起こるなんて・・・。いや、予感がないわけではなかった。紫の薔薇の人が速水さんかもしれないって、時折そう思えることが、日が経つ毎に増えていたから。『忘れられた荒野』の初日。台風による悪天候で、劇場へ続く唯一の車道が封鎖され、劇場の観客席には一人のお客様も来なかった。誰もが初日公演の中止を覚悟した時、あの人が現れたの。全身びしょ濡れになった速水さんが。恐らく途中で、車を乗り捨ててきたのね。劇場までの道程を傘もささずに歩いてきた。ただ、私の舞台を観るためだけに。私
梅の花薫る2月吉日。その日は、北島マヤ独立事務所立ち上げ披露と速水真澄との婚約披露パーティー。来る6月の株主総会での承認をもって正式に、大都グループの総帥となる速水真澄が引き続きマヤのマネジメントに携わるために設立された、北島マヤの独立事務所。公私ともに速水真澄と北島マヤが唯一無二のパートナーであることを世間に知らしめるためのセレモニー。この日を真澄はどれほど待ち望んだことだろう。叶わぬ夢と諦めた時もあった。挙句の果てに心神喪失状態になり、生きることさえ放棄しかけた真澄をマヤが救って