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私は神仏研究家の「櫻井識子」さんの信者なので彼女の本は全て持っているし、教えてもらったことは片っ端から実践している。開運アイテム;「おふだ」も、↑このように、10枚を超えない範囲で飾っている。「おふだ」に関しては、不思議な体験をしたことがある。あれは息子が小学5年生だったから…今から4年前のこと。当時の私はめちゃアクティブで、夏休みの早朝、子ども達と毎日公園で遊んでいた。最初は監督者として付き添ったのだが、子どもらが鬼ごっこを
霊能者「いやあ、昨晩は参りました。」モロト「何かあったんですか?」霊能者「お地蔵様から…釈迦如来様から手紙を預かっている…と言われてね。」モロト「そんな事があるんですか!?」霊能者「ありますね。嫌な予感がしたので…いりません。…と言ったんですがね。」モロト「そんな事言えるんですか?」霊能者「どうせロクな事無いしー。でも渡されてね。これからとんでもなく大きな災難が始まるみたいですよ。」モロト「…確かに占いでも8.9.10月と火のエネルギーが最大ですもんねえ。」霊能者「もっともっと、
スピリチュアルに興味のある方の中には、勘違いをされている方がいらっしゃいます。それは、「神仏はお金が好き!」と思っていることです。神仏にお金をお供えしたら喜ばれると思って、狛犬様やお狐様の足元に小銭を置いて、お祀りする……。せっかく神社へ参拝しているのに、もったいないなあと、私は思ってしまいます。なぜなら、それは眷属がものすごく嫌がる行為だからです。私はこれまで、神仏に関するいろいろな書物を読みまくりました。その中にも、そのように書かれていることが多いですし、実際に狛犬様やお狐様
第1880話神仏の声を聴いて皆様にお届けしています菊水千鳳と祇器社(しきしゃ)のメンバーですプロフィールはこちらkikusuisenhouさんのプロフィールページkikusuisenhou菊水千鳳と申しますご覧くださってありがとうございます子供の頃、物心ついた頃から不思議な体験をしてきました。ある日(十数年前)を境に、段々と神仏の声が聴こえるように、また視えるようになってきました。神仏との交流も回を重ねる毎に我々人間達へのメッセージとなってきました。神仏のメッセージを広めなければと
開運の鍵【開運祈願師_玉置慶海】【不動明王真言/強力祈願1080回/150分】開運の鍵【開運祈願師_玉置慶海】初めまして。私は魂から真言やお経をお唱えする開運祈願師の玉置慶海(タマキケイカイ)と申します。数多の動画の中から「開運の鍵チャンネル」を見つけて頂きまして本当にありがとうございます。こちらでは順を追って神仏のご真言やお経を公開しており、皆様がご存じの神仏から、とても素晴らしいのにあまり知られていない神仏まで少しでも多くご縁を繋いで頂き、皆様の生命運…www.you
神社へお参りに行けば、お賽銭をしますよねお寺に行けばお布施をしますよねちゃんとした大人ならそれが当然なこととして行いますだって世の中、お金で関係が成り立ってますもん神社やお寺を運営するのもお金が必要ですやん信仰を維持するのに、信心の心だけでいいなんて子供の理論ですよね皆さんは立派な大人だから、そこは納得して献金しているわけですね額が高い安いの問題は置いといても私はとても大人じゃないから、納得がいかない神社やお寺に寄付するっていうのは分かるんですでもその目的のために参拝に行
【とほかみえみため】全ての神仏、ご先祖様を称え、その場を祓い清める言霊西洋では、はじめに言葉ありき、言葉は神と共にあり、言葉は神であった(ヨハネの福音書)創造主の「光あれ!」という言葉と共に宇宙が創造されたと云われています。私達の住まう日本では、神代より言ひ伝て来らくそらみつ大和の国は皇神(すめかみ)の厳しき国言霊の幸(さき)はふ国と語り継ぎ言ひ継がひけり(山上憶良)「敷島の大和の国は言霊の幸わふ国ぞ真福くありこそ」(柿本人麻呂)太古より、言葉には神が
今年から始めました、大三島町宮浦にある神宮寺東円坊での正月護摩祈祷。その東円坊での護摩祈祷にスタッフとしてお手伝い下さいましたお方から、法楽太鼓を教えて欲しいと、ご連絡を頂きました。法楽太鼓とは、般若心経などのお経に合わせて叩く和太鼓のことです。私が正月に東円坊にて叩く和太鼓を見て、自分もやりたいと思ったそう。父も歳をとり、私が護摩を焚いた場合に、私の代わりに太鼓を叩く人が残念ながらいません。ですので、こちらにとっても、このような申し出は願ったり叶ったりなのです。正に三嶋明神様と
曽祖父の家に住み始めた友達の家には古い神棚がある。20年前に102歳で亡くなった曽祖母が最後まで守った家である。昭和6年に建てられたというその家には仏壇と神棚があり、仏壇には曽祖父母、そのまた父母、そして曽祖父母の小さい子供のご位牌が置いてある。20年の間、ずっと空家になっていたのを友達の父が手直しをして友達が住んでいるというわけで。仏壇には曽祖父母の写真も表彰状を飾るみたいにでっかいのが正面上部に飾られており、夜中に仏間に行くのはちょっと勇気がいる感じに仕上がってい
こんにちは。ちょこ3です続きです。今回のテーマは、いつも以上に、厳しい内容になっています。【霊能者】は、なってからが大変なので、ご理解頂けると幸いです。「全員が【霊的な世界】を、視聞き出来るようになれば良いのに」このような事を、過去記事に書きました。毎年増え続ける低級霊達を、皆様に実感して欲しいからです。昔より、強力な魔も存在しています。[未成仏霊・低級霊の撲滅]が、【霊能者】の苦痛を軽減します。そして、ご先祖様達が上がれば、皆様も、日
これまで私自身も神社に呼ばれたと言っても資格があるわけではないし、行くのは自由だと思っていました。私が行く時に同行してくれる人も、普通に縁のある友人なら大丈夫だと思ってました。でも、そうじゃないんだなって思うことがありました。以前にも、さして親しくない人を神社にお連れして、お祓い前の結界で、完全にその人が結界から外されてしまうという、御神仏の意志を知ったことがあります。その人は、神社の樹木に車をぶつけても平然としていたし、私の力を利用しようとしていたのは分かってたので、仕方ないと思って
玉虫(たまむし)(写真をお借りしました。)ーーーーーーーーーーーーー法隆寺の『玉虫の厨子』で知られているタマムシです。私は死んでいる玉虫を子供の頃に見た事はありましたが生きているのを見た事はありませんでした。それが7月16日と17日、2日続けて飛んでいるのを見ました。16日は秋篠寺の門の所に立っていた時ブーンと私の頭の方に飛んできました。大きな蜂でも飛んできたのかと思わず身を縮めました。飛び去る後ろ姿にグリーン色が見えました。『
稲盛和夫の『なんまん(だぶ)』4〜稲盛和夫の「利他」と「一日一生」の精神的源流〜西枝一江が結んだ運命の糸西片擔雪老師との出会いを持った稲盛和夫。二人には共通の恩人になるのが、西枝一江(にしえだいちえ、1901年(明治34年)12月20日―1973年(昭和48年)3月15日)で、京セラ創業者である稲盛和夫が「実質的に京セラをつくっていただいた恩人であり、創業の精神の源」と最大級の敬意を払って終生感謝し続けた人物だ。西枝は、1901年(明治34年)、新潟県(現在の新潟市南区)にある浄土真宗