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周杰倫JayChou《兰亭序》2008年《魔傑座》『周杰倫(JayChou)まとめ』周杰倫JayChou(2020/8/15更新)出身1979年1月18日台湾省新北市生まれなぜ今Jayについて知る必要があるの?アジアの大スターでどの年…ameblo.jpJay特有の中国風の歌《菊花台》《东风破》《发如雪》《千里之外》《青花瓷》《兰亭序》《烟花易冷》《红尘客栈》《兰亭序》的作词人方文山东晋书法家王羲之的书法作品《兰亭序》lanting
楽毅論は、三国時代の魏の夏侯玄〔209-254〕が楽毅について論じた人物論。348年王羲之がこれを書き,のち彼の楷書の第一として重要視されている。光明皇后がその模本を臨書した(744年)といわれるものが正倉院宝物中にあり,正倉院の書跡中の白眉(はくび)とされる。(Wikipediaより抜粋)王羲之の筆跡をより誇張して書かれたものが光明皇后の楽毅論で、書学にて重宝されています。女性の筆跡とは思えない気迫に満ちています!王羲之の原本は正方形に近い字形を守っ
ここのところ忙しく、筆を持つ時間がなく、ブログの掲載も止まっていました。先日、久しぶりに筆を持ち、半紙の練習をしましたので掲載します。すべて臨書で1枚ずつ書きました。久しぶりに書いたものや、初めて書いたものもあります。ここ最近は、特に臨書の練習をほとんどしていませんでしたので、これをきっかけに、また書いてみたいと思います。空海「風信帖」(810~820年頃)(躋攀彼嶺)空海「灌頂記」(812~813年)(胎蔵灌頂)(太僧衆數)褚遂良「雁
先日、王羲之「蘭亭序」を5枚臨書し、以下は、そのうちの2枚です。あまり書かない題材ですが、けっこう書きやすかったです。以前教えていただいた「俯仰法」という書き方を、ほんの少しだけ意識して書いてみました。自然な流れとかすれが出て、余白もまあまあ生きているかなぁという感じになりました。ただ、もう少し線質を考えた方がよいと思います。「俯仰法とは、筆の進む方向に筆の軸を倒して書く書き方です。直筆や側筆では手首をほぼ固定して書くので筆は立てたまま、あるいは寝かせたままですが、俯仰法では書い
塩原八幡宮様に参拝した後、私と夫は日塩もみじラインという日光いろは坂のようにもみじに囲まれたヘアピンカーブの続く絶景の山道を走り、この日のお宿の渓雲閣に辿り着きました。車を降りると硫黄の匂いがあたり一面に漂っていて、とてもワクワクしました。私と夫は無機質でモダンな場所は落ち着かないので好きではありません。コンクリートに囲まれた小洒落た高層の部屋よりも床の間のある畳の和室に浴衣にお布団で寝るのが断然落ち着きます。食事も、霜降り過ぎるステーキや豪華
皆さんは『雑体書(ざったいしょ)』や『破体書(はたいしょ)』というコトバを聞いたことがありますか実は空海はこんな字も書いていたんですかなり不気味ですね原帖はコチラ雑体書空海書模本『益田池碑銘』楷行草に篆隷雑体書を交えた破体書の名品。益田池の工事完成の記念に際し、空海が撰文と揮毫にあたった。また、こんな字も・・・空海書『崔子玉座右銘』後漢の崔子玉の座右銘を大書した巻子本。最終行「含光」の最終画のハネなど雑体書の筆法がうかがえる。
忍者ブログのときに蘭亭序の和訳を書いたが、アメブロの「いいね」に当たる「拍手」が最多。私にしか読めないコメントで感謝が多く述べられている。ネットで検索すれば全訳はいろいろ載っているが、それも参考にし総合したと言ってもいい。原文に忠実な日本語を選んだつもり。内容は深い。永和九年,歲在癸丑,暮春之初,會于會稽山陰之蘭亭,修禊事也。群賢畢至,少長咸集。此地有崇山峻嶺,茂林修竹,永和九年癸丑の歳、三月初め、会稽郡山陰県蘭亭に集ったのは禊(みそぎ)を行うためである。賢者がことご