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こんにちは~乳ぽん…三大治療無治療13年目のゆるりんです拙いブログにお越し頂いてありがとうございますいつもあたたかな応援やいいねを、ありがとうございます(〃´ー`人´ー`〃)2013年2月14日の乳がん検診で乳がんと告知されました。三大治療は無治療で今日まできました。腫瘍は、左胸約6×7㎝腋窩(えきか)リンパ節と鎖骨あたりのリンパにも転移があります。2024年1月には肺転移も見つかりました。2024年2月、血管内カテーテル治療(血管塞栓術)を一度
外来診察に来たらそのまま緊急入院!となってから今日で10日目を迎えました。けれどようやく明日、退院できる運びとなりました。色々と痛い目、辛い目にもあいましたが、とりあえず治療を終えることができて、ほっとしております。退院できるのはもちろん喜ばしいこと。うれしいです!けれども、どうにも隠しきれない一抹の寂しさ…。この感情は前回入院した時と同じだ。あの時も退院する日の前夜、窓の外に広がる夜景を眺めながら、感傷的な気持ちになったっけ。今日で最後の夜なのか、と…。やはり私はこの病院が好き
白い犬の恩返しほとんど感情を出さないしおりが「家に帰りたい」と感情剥き出しで私を見つめたのが12月半ばのこと。12月10日に血管肉腫の手術を受け、先生たちの「もしかすると退院できないかも…」という心配を吹き飛ばして我が家に帰ってきました。(すみれ)と(しおり)は元保護犬で、『ハッピー犬屋敷』の卒業生です。わが家に来てから色々な人や犬に可愛がられながら、立派な家庭犬に育ちました。血管肉腫の手術後、無治療の平均寿命は約一か月と言われています(状況によります
ラスケモから再発宣告までのおさらい8月下旬にラスケモ9月上旬に副作用が抜け9月中旬の造影CTは異常なし9月下旬に膣から少量の出血開始10月上旬に血圧爆上がり10月中旬、高血圧の症状に悩まされ10月21日に病院に電話「近所の病院へ」10月26日、近所の内科で高血圧の薬ゲット11月上旬、膣からの出血量が増える11月14日、通院日11月28日、再発宣告膣からの出血量が増え始めたころ膣の入口の出来物(今はガン認定)が大きくなってきていて「頼むからバルトリン腺
「癌と闘わないー私の選択私の人生、私が選んではいけませんか?」の作者さんのブログを読み始めてから何年過ぎたでしょうTVの取材も受けられているのでご存じの方も多いと思います軽やかな語り口と京都弁のまろやかさが相まってファンの方も多くいらっしゃいますご本人は進行癌だと分かってから無治療を選ばれて反対するご家族との葛藤を経てもう20年も乳がんと向き合っていらっしゃるこの事について医師がコメントを載せています1803_<がん放置療法>なら苦しまずに死ねるのか?–町医
2025/6/20に術後の診察へ行ってまいりました内診、エコーをしてもらって、腹水がありますけど、前回より減っているので問題なし、傷もキレイと言われました抗がん剤治療についてどうするか聞かれたとき、「やっぱり、」と言っただけでいいですかね?わかりました、と前回とは打って変わってアッサリと受け入れていただけたようで、ま、確かにする、しないで、絶対再発しないかと言われたら、それはわからないのでー、しても再発する人はいるし、もちろんするに越したことはないけど、ただ、まぁ、副作用もあるので
年寄りの戯言にお付き合いいただきありがとうございます一つ食べたけど次がのんびり無治療で元気にしているからこの日だけの癌患者再発後の予後不良はお医者様の数字だけこれが風邪なら元気になったからもう医者に行かないという状態腫瘍マーカーは199.6(10月)→366.0(11月)→553.5(12月)処方されている薬マグミットビオスリー無治療4か月元気度100%CTの結果は👨🦰見つけちゃったよ🦡残っていたやつですか👨🦰新規は無いねどうし
病室で過ごしていると気付かない…外はとても寒い家に帰るなり風邪でもひきそうな勢いだな…気をつけよいよいよ退院。今回の入院で、これ以上の治療は意味を持たない。と判断された時点で、俺の闘病生活は終わりを告げた。最後の頼みの綱だったTS-1は、実に9日で終了してしまった。8月の間質性肺炎…あの時、既に結果は決まっていたのだろう。2か月の無治療は、癌の進行を活性化させた。残念だが、抗えない現実だ。これまでの様な闘病生活は終わった。けど、まだ全てを諦めたわけではないんだ…。『
11月10日に、今まで手術から化学療法までの治療で3年以上お世話になった大学病院とお別れをしました。CT検査の結果から、もう改善の見込みがない事と、病院としてこの先出来る治療が無いと判断された為。今後は訪問診療のほうで、緩和治療をしながら最期を迎えてもらう、というのが、病院としての見解でした。三行半?治る見込みがない患者さんを積極的に治療するのは病院としては出来ないそうな。なので、病院と「さよなら」しました。今後の予約も無いし、病院に行く事も取り敢えずは無い。お世話
🌒🌓二十四節気七十二候🌖🌘9月12日~16日は鶺鴒鳴(せきれいなく)。セキレイが鳴き始める頃。「セキレイ」って名前はよく聞くけれど、どんな鳥なんだろ?どんな声で鳴くんだろ?と調べてみましたらこんな鳥さんなのですね。↓かわいい!美声だなぁ…😊今週の火曜日は通院日でした。最近、背中と胸が痛んだり、息苦しくなったりする症状が頻発しています。内科医に、これはベバシズマブ(アバスチン)の副作用なのではないか、とたずねたところ「関係ないと思う」と一蹴。へ?そうなの?
怒涛の4連休も終わり、年末まで持つかな宣言された私の今後についてですがなにも決まっておりません今は、ただ心臓苦しくな〜い?痛いとこな〜い?と聞かれるだけ酸素と心電図はつけてるものの点滴をするでもなく普通にご飯食べているだけのわたし部屋の中も、ウロチョロしております。先程、先生が来て心臓の水の中にやはりがん細胞があったこと肺の周りや、近くにも、がん細胞があること今の縦隔のガンは前とはそう変わってないことを告げられましてやはり、治療はないと。(`・ω・)
先日母が内視鏡にて細胞をとり病理検査をしたのですが結果が出ました。胆管がんでした。病院から電話があり告げられたようです。造影剤を使ったCT検査ではおそらく肝臓がんで間違いないだろうと言われていましたが一応調べる事になり検査をして良かったです。肝臓がんの治療方法は聞いていたのですが肝臓がんと胆管がんの治療の薬も違うので本当の病名がわかり安心しました。胆管がん母のステージからいくと無治療なら平均値が4ヶ月くらい化学療法をすると10ヶ月くらいと言われていますあくまで
手術翌日の昨日はずっと気分が悪く、1日中眠りこけていました。何もやる気がおきなかった。一夜明けて目覚めたら、窓一面に広がる青空!今朝はなんとも晴れ晴れとした晴天でした。晴れてるとそれだけで気分いいよなぁ。なんかちょっと気持ちも上向いてきた?朝の採血結果で肝臓の数値がよくなってきた、ということで、今日は鼻から肝臓までを繋いでいる胆道ドレーンを外せることになりました。うれしや〜、やっと外せる。絶飲絶食で喉の違和感も辛かった。ちょっとホッとする。外す時もドレーンを装着したIVR室に
今日はパクリタキセル18回目の日なのですが、朝、がんセンターで受付すると、診察票にそれが出てこない…。今日のみならず、8月のすべての外来化学療法の予定(8日、5日、22日、29日)が全てキャンセルされていました。どうして?採血を済ませ、一抹の不安を覚えながら、主治医の診察。診察室に入ると、今日はフォロー看護師がなぜか2名。明らかに雰囲気が違いました。「いいにくいですが、厳しい状況です…」CT画像を示しながら、「肺に転移しているがん、増大しています。パクリタキセルが効かなくなった
◎9月8日(月曜)(無治療53日目)癌と分かってから、1145日目。間隔空いたけど、、、、まだ生きてます。8月末に、緩和ケア病棟に入院しました。入院時に、「介護タクシーを使って自宅に数時間とかの外出なら可能だけど、放射線を当てても以前の様にスタスタ歩く事は出来ない。目指してる所が何処かにはよるけど、以前の様な生活を希望しての退院はもう厳しいと思って。」と、言われてしもうた。でもオブラートに包んで曖昧に言われるより、私は白黒ハッキリ言われる方が良いし、先生もその事を十分に分かってく
🌒🌓二十四節気七十二候🌖🌘6月5日は芒種(ぼうしゅ)。稲や麦などの種を蒔く頃。今週の火曜日、病院にてベバシズマブの点滴をしました。カペシタビン+ベバシズマブ療法、13クール目の始まりです。点滴前の診察で内科医に体調を聞かれる。特に不調もなく元気なこと。ただ、カペシタビンを飲み始めると途端に味覚の違和感を感じ、今クールは3日分しか薬が飲めなかったことを報告しました。どんどん飲めなくなってきている薬。けれど、内科医は「飲めないならしょうがない」ってことで、今回も特
-ブログを読んでいただいている皆さま-2024年3月に膵頭十二指腸切除術を受けました。膵臓癌ステージⅡBの診断でした。退院後に予定されていた抗がん剤治療は断りました。私は病院に頼らず、自然治癒力を上げて癌体質を克服したいと思っています。ブログに書いていること、紹介している物は私個人の判断で選択しているものです。商品や療法等については、皆さまもご自身の責任でご判断くださいませ免疫力を高める十ヶ条1.最も重要なのは、働きすぎないこと2.悩みがあっても、悩み続
胆管ドレーンが外れ、膵炎治療の点滴からも解放されました。寝たきりの数日間で衰えた体力を戻すべく、リハビリがんはるぞ!と、鼻息荒くしておりましたが、いまいちやる気出てこず…。まったりとした時間を過ごしております。たまに申し訳程度に院内散歩したり、ストレッチしたりしてました。そしたら、ぼちぼちと体も回復してきたようで…。ちょっと歩いただけで、ハァハァと息切れしていたのがなくなり、普通に歩けるようになりました。ありがたし!🙏背中はあいかわらす痛いですけどね。でもピーク時よりはマシになっ
9/30血液検査と、レントゲン主治医とのお話とりあえず、今のところ爆発的な水の増え方はしていないとか。多少増えてはいるみたいだけど。とりあえず、このまま1月ほど落ち着いていると、いいらしい。でも、ガンが突如暴走して、癌性リンパ管症とかいうのになると、それこそ、2〜3日でやばくなるとかでこればっかは、よくわからないらしくただ、ただ落ちついてくれるのを、願うのみ丸山ワクチンの承諾書は、書いてくれていて、明日受け取りますなんか、前よりもワクチンて、しっかりし
最後に抗がん剤をしたのが、9/12その翌日から無治療と数えるのであれば、本日は、無治療15日目いろんなブログをみていて余命宣告されましたと言われたあとも治療をしている方をよくお見かけするもう手がなくて、自宅へ帰ろうと突き放された余命宣告の方とは、また少し違う前者だと、余命宣告後も期間を伸ばして頑張ってる方はたくさんいるけど、後者の方は、わりと早い段階でお別れする人が多い私はどちらかというと、後者より?でも、薬をやり尽くして体が弱ってるわけではなく爆弾抱
今回泊ったのは強羅にある「ゆとわ」というお宿です。たまたまYouTubeで見かけていいなと思ったタイミングで、娘2人の予定が合った日を検索してみたところ、1部屋だけ残っていました。思わず勢いで決めてしまいました。残っていたのは広めのお部屋で、そこそこいいお値段。でも、3人で旅行の機会もなかなかないので、タイミングよく決められてよかったと思います。箱根ゆとわ箱根ゆとわの名前は、「あなた(you)」と「輪」を組み合わせたものらしいです。強羅駅から登山鉄道の線路沿いに歩
術後、少し歩くのも息がきれる。おまけにひどい背中の痛みで、立つのも座るのもままならずほぼ寝たきり…。そんな状態になっております。カロナールを飲んでも、あまり痛みがひかない。この痛みは一体なに?がんの増悪の影響?はたまた骨転移?なんてユーウツな想像をついしてしまう。週明けの今朝、内科医にこの嘆かわしい状況を訴えると、「う〜ん、なんだろうな。とりあえず膵臓の数値は回復してきてます。背中の痛みの方はもしかして入院してからずっと寝たきりだったから、背中が圧迫されてその痛みが出ちゃってる
🌒🌓二十四節気七十二候🌖🌘8月1日~6日は大雨時行(たいうときどきふる)。夕立など夏の激しい大雨が降る頃。ここ最近、津波や台風、40度越えの猛暑など、自然の猛威が日本列島をざわつかせていましたね。東京地方、今日は昨日までの雨も止み、8月の太陽がまたギラギラと照りつけていました。とにもかくにも、あちぃ~🔥😫1年前の今日、8月2日は私が初めて抗がん剤治療を始めた日でした。ブログを読み返してみると、ちょうどパリオリンピックの最中だったようです。待合室のテレビで柔道
🌒🌓二十四節気七十二候🌖🌘11月7日~11日は山茶始開(つばきはじめてひらく)。ツバキ科のサザンカの花が開き始める頃。秋が深まってきましたね。東京の街路樹も色づき始めました。今朝は降りしきる雨の音で目を覚ましました。暖かい冬布団の中で聞く雨だれの音。気持ちよくってまた眠ってしまいました。二度寝に抗えない季節がやってきました。最高や~9月に抗がん剤治療を卒業し、緩和ケア病院への転院手続きを進めています。先週は初めて緩和ケア病院を夫とともに訪れ、医師と面談しました。
【初発乳がん多発性骨転移発症しステージ4を宣告されました。異変に気づいてからの葛藤や苦悩や治療についてを綴っていきます】2つアメトピ掲載いただきました❣️ありがとうございます✨抗がん剤をスキップしてから快適に過ごせていたのだけれど徐々に痛みが出てきた気にしないようにしていたけれどこれは何?抗がん剤治療をスキップしてるのに出てくるのは更年期障害??そんな訳でエクオールを購入して服用するがあまり効果が見られないスキップ中の不安🫨まさか骨転移が増えてるとか??でも骨の痛み?
こんにちは。今年の梅の開花は早いのかな…かあさんが植えた梅の木を…雨上がりの少し気温が緩んだ温もりのなかで眺めながら、ぼんやり考える午後です…大腸がん肝転移ステージ4と悪性リンパ腫(血液のがん濾胞性リンパ腫)ステージ3または4(骨髄穿刺、マルクをしていないため不明)が見つかってから11年め(10年1カ月)の診察に行ってきました!←ふた月ほど前の話です半年前の前回は「現状維持」で、今回なぜかまた、以前にも経験したように…マーカーがストンと下がってくれていました✨可溶性IL2レセプター:2