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清洲城織田家の始まりと終わりの地清洲城の始まりは、足利政権の尾張守護であった斯波義重が守護所下津城(現稲沢市)の別郭として鎌倉街道と伊勢街道が合流する要衝の清洲に築城されたと伝えられています。その後、文明ハ(一四七六)年に守護所下津城が戦乱で消失して以降、守護所は清洲城に移ったとされています。この時期には尾張国は守護代の織田氏が力を持つようになり、岩倉の織田氏が尾張の上四郡を、清洲の織田氏が下四郡を分割支配しました。清洲織田家当主信友が守護斯波義統を殺害したのをき
この連載ではたいがい昔のことばかり書いてますが、今回は一気に戦国時代まで飛んでみます。『太閤立志伝』(コーエー(現・コーエーテクモゲームス))。個人的に思い入れのあったゲームなんで、ゆかりの場所もあちこち回ってみました。(初出:ITmediaGamez2008年5月19日)※この記事は全3回のうち第1回です。第2回・第3回は↓こちら。『『太閤立志伝』で豊臣秀吉の足跡を辿る2・金ヶ崎の退き口&長浜城築城【レトロゲーム紀行】』▲『太閤立志伝II』で、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が、弟