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32歳のまたりです8歳の息子が居ます3年前に1歳年上の夫と再婚。一昨年1月に23週で死産を経験しました。次は元気な我が子を産みたいと一昨年3月から妊活を再開し、去年の3月に元気な男の子を出産しましたそんな私の育児記録ですよろしくお願いしますこんにちは、またりです妊活をしていた時からはや2年が経ちます。その結果私の元にやって来てくれたにこすけも、先日1歳を迎えました私がこのブログを始めてからも気付けば2年最近全然書けていませんが当時はただ妊活をするのがしんどくて、記録
MFICUから、病棟の一番端の個室へ移動しました。ナースステーションからも遠く、隣の部屋にも人はいないみたいで、赤ちゃんの泣き声やモニターの音が聞こえない部屋でした。それだけで、救われました。看護師さんから、旦那さん泊まって行ってもいいけど、どうするか聞かれました。夫が何も迷うことなく泊まると言いました。荷物もないのに。翌日も仕事なのに。即決でした。そのことが、何より嬉しかったです。大きなお腹はそのまま。でも、何をしても胎動はありません。静かな部屋で夫と2人、
振り返ってみると、11週で異常を告げられた日から、この子と何度も試練を乗り越えてきました。一緒にいれば、また乗り越えられる。どちらにしても難しいなら、少しでも長く一緒に頑張りたい。でも正直、帝王切開をして亡くなったら次の妊娠に影響が出るかもしれないという思いもありました。私は、私を一番大切にしてしまう。それも本音です。「もう少し、一緒に頑張りたい」そう伝えると、「君がそう思うなら、それがいい」と夫。しばらく経って、先生が戻ってきました。「どうしますか?」夫が言
転院先で迎える、はじめての朝。看護師さんに起こされて、採血とNST(赤ちゃんの心拍をみるモニター)をしました。大学病院ではやっていなかったNSTを、ここでは1日3回行うと聞いていました。少し探すのに時間はかかったけれど、トクントクンちゃんと、聞こえました。その音を聞くだけで、「生きている」と分かる。それだけで、安心できました。朝ごはんは白いごはん。大学病院はパンだったので、なんだか新鮮でした。量が多いな、ふりかけ買おうかな。そう思った瞬間、ドンッと、いつもより
わたしが選んだ死産の話アメブロで公開した『わたしが選んだ死産の話』をまとめています全ページ公開されていないものは、ダ・ヴィンチWebの連載ページへお越しいただけると読めるようになっています広告は挟みますが無料です全11話中、1~5話が公開されております。『わたしが選んだ死産の話』2025年6月27日(金)電子書籍が発売になりました!『わたしが選んだ死産の話』(桜木きぬ/KADOK
診察が終わりかけたとき、夫が言いました。「あの、ダウン症とか心配で…検査した方がいいですか?」――そうだ。それを聞くんだった。色々必死ですっかり忘れていました。夫がいてくれて、本当によかった。一方、先生はあっさり。「何もないと思うけど、やるなら羊水検査かな。」そして続けます。「陽性でも中絶するわけじゃないんだよね?」……そこまで考えていませんでした。陽性だったら中絶するかなんてあんなに色々調べて、考えてたのに陽性だったらなんて、考えられませんでした。続けて先生は「
振り返ってみれば、たった3周期で、何の疑いもなく妊娠できたことは奇跡のような出来事だったと思います。もしこのまま順調に出産していたら、不育症とは縁遠く、今より強くて、でも少し配慮の欠けた人間になっていたのかもしれません。妊娠したことは、夫と、職場で最も信頼している先輩1人にだけ伝えました。するとその先輩は、さりげなく・化学療法の患者の担当を外す・寝たきり患者の担当を調整するなど、配慮してくれていました。本当にありがたかったです。2週間後、7週。夜勤明けに、1人で
2025年9月に、第一子を臨月(38w0d)で死産しました。死産の記録と、その後の日常、その後の妊娠について綴ります。20代×40代の歳の差夫婦👩❤️👨妊娠発覚から数週間経ちました。私は体質的につわりが軽い方なのですが、眠りつわりだけは一丁前にあります💭毎日10時間くらい寝て仕事に行くのですが、それでも眠すぎて眠すぎて、毎日バタンキューです😪そんなところで、来週(10週)の健診から、以前出産した大学病院に転院する予定で予約を取っていたのですが、その前に出血してしまいまし
★2017年に妊娠18週で死産。その後に罹患した重度のうつ病とレインボーベビー妊娠出産の経験を改めて振り返っています。死産後の産後休業中、悲しんでばかりではダメだ、前を向かなければ、と”気分転換”を”頑張った”。少しでも外出しようと”頑張った”。平日は母がスーパーやカフェに連れ出してくれてた。少し買い物ができたりカフェでお茶ができたりするとホッとした。死産直後はそんな気分にもならなかったから、回復しているのだと思えたから。以前の私は、常に動いているタイプで、週末は予定
死産1日後の日記分娩室のベッドで一夜を過ごした。前半はアドレナリンで寝付けず、後半は後陣痛が痛くて眠れない。トイレまで車椅子を押してもらうも、帰りには気分が悪くなり一時は血圧最高が60代しかない状態。採血結果も貧血あり。8時に⚫︎⚫︎(夫)が来てくれた。9時から〇〇ちゃん(胎児ネーム)の沐浴予定だったけど、母は全く動けないのでベッドの上から参観することに。布のかかった新生児用のワゴンに乗せられた〇〇ちゃんを見て、また涙が出てくる。顔にまで布をかけられてて切ない。でもやっぱり何
それからも、毎日のエコー。私にもはっきり分かります。頭や足は週数通り。でも、お腹周りだけが明らかに大きい。日に日に。それでも、胎動は、しっかりありました。エコー中もよく動いて、先生に「じっとしてね」と言われるほど。その姿が、たまらなく愛おしい。でも同時に、怖かったです。もし、この子を失ったら。そのときの絶望を自分が耐えられる気がしなかった。だから、声をかけるのをやめました。お腹を撫でるのもやめました。赤ちゃんに対して、感情を持たないように。自分を守るためです。
💐不妊治療で授かった双子ちゃんを子宮頸管無力症のため22wで出産。1人で腕の中で看取りました。入院したことから出産エピソードなまでテーマ別にまとめています🌷お久しぶりです!いろいろあり、心が双子に罪悪感ばかり募らせていたので更新が空いてしまいました😢今日はそんなツメツメな毎日から双子に救ってもらいました。亡くなっても尚、双子の命のカケラが散りばめられている自分の体を捨てるわけにも傷付けるわけにもいきませんでした。という感じで、CPTSDの波を超えて生き延びました。
それからしばらくして、夫が来ました。目が真っ赤でした。きっと、来るまでずっと泣いていたんだと思います。「頑張ったね」抱きしめられて、また涙が溢れました。夫もボロボロ涙を流していました。寂しいのは変わらないけど、一人で泣くよりも、二人で泣くほうが、心が楽に感じました。改めて、エコー室で夫も一緒にエコーを確認しました。画面に映る赤ちゃん。そこにいるのに、動かない。音もない。静かな、静かな画面。鼻を啜る音だけが、悲しく聞こえました。先生から説明を受けます。「頑張った赤ち
退屈だった入院生活も、2週間。数日毎に交換する点滴の針は、漏れたり、失敗したりして交換する場所が見つからなくなってきました。25週を迎え、約束通り私はMFICUから一般病棟へ移りました。個室は1泊1万円以上。正直、そんな余裕はありません。当然のように大部屋へ移ります。今まで自由だった空間はなくなり、常に誰かの気配がある生活。交流はないけれど、なんとなく事情はわかってきます。妊娠高血圧。妊娠糖尿病。切迫早産。双子妊娠。待合室では「みんな何かある仲間」と勝手に心強
私の経験をのんびり書いていきますすごく長くなるので気長に読んでください当事者のつながり求めてます👼天使ままさん不育症の方コメント待ってますもれなくお返事に伺います仲の良い友人たちの出産ラッシュがひと段落した頃、私は夫と結婚式を挙げました。特別、子どもが大好きだったわけではありません。それでも、友人の子どもたちは素直にかわいくて、「私も数年後には、こんなふうに赤ちゃんを育てているのかな」そんな未来を、当たり前のように思い描いていました。本格的な妊活の前にしたことプ
今日は少し番外編。入院生活にあってよかった便利グッズを紹介します。テレビスマホ関連【新品発売★数量限定20%OFF】骨伝導骨伝導イヤホンワイヤレスイヤホン骨伝導ヘッドホンヘッドホン耳掛け式Bluetooth5.3イヤホン超軽量高音質マイク付きIPX6防水スポーツランニング楽天市場楽天市場で詳細を見るAmazon(アマゾン)で詳細を見る【楽天1位】bluetoothトランスミッター3.5mmauxワイヤレス送信機飛行機車用テレビ
イラストレーター・マンガ家/桜木きぬの作品を担当編集が公開しています『わたしが選んだ死産の話』より第2話(その①)をお届けしますあらすじ第二子の妊娠を希望していたきぬ。そこに待望の陽性反応が。しかし第二子を妊娠した喜びも束の間、医師から染色体異常の可能性を告げられて…著者の実体験を描くコミックエッセイ※本作では死産に関するエピソードが描かれます。『わたしが選んだ死産の話』2025年6月27日(金)
医師からは続けて、今後について説明を受けました。・生後早期からのペースメーカー治療が望ましい・ただし24週で産まれたからと言って、ペースメーカーを埋めるのは難しい・この病院では32週頃から可能・より早く対応できる病院があれば転院を検討したほうがいい・ただ、胎児水腫になっているため、子宮内で亡くなる可能性もある・緊急帝王切開もあり得るが、週数が足りなければ救えない想像はしていました。でも、厳しいということを言葉にされると、やっぱり苦しい。夫は、ずっと私の手を握っていま
24w3d。エコー後の医師から「今後の話を、ご主人も一緒にしたい」と言われました。その一言で、心臓がぎゅっと縮みました。きっとあまりいいことを言われないだろうと、怖くて前の日の夜は、ほとんど眠れませんでした。翌々日、久しぶりに直接会う夫。夫は会えたことを喜んでくれているのに、私は怖くて仕方なかった。安心と恐怖が同時に押し寄せて、また涙が出ました。(不育症を経験していると、“夫も一緒に”という言葉がどれだけ重いか分かりますよね)医師の説明は、とても丁寧でした。・完全
振り返り投稿です!2025年1月、たくさんの方に受け取っていただいた福袋企画!昨年12月に、そのラストとしてクリスマスアフタヌーンティーへ出かけました。「アフタヌーンティー」という響きはもちろんのこと、そこに「夜」「クリスマス」「ジャズ」というなんともワクワクする言葉たち。ここまでの歩みをゆっくりと見つめたり感じたり。またここからの日々に向けて出てくる想いを整理したり。特別なひとときとなりました。このアフタヌーンティー福袋は、2024年に引き続いての企画。企画、販売の
イラストレーター・マンガ家/桜木きぬの作品を公開していますわたしが選んだ死産の話『わたしが選んだ死産の話』より第1話(その①)をお届けしますあらすじ第二子の妊娠を考え始めたきぬ。なかなか授かれずもやもやした日々を送っていたが…著者の実体験を描くコミックエッセイ※本作では死産に関するエピソードが描かれます。『わたしが選んだ死産の話』2025年6月27日(金)電子書籍が発売になり
おはようございます🍀スマイルファームです!寒さ厳しい日が続いており、家から出たくない病を夫婦で発症しています(苦笑)。来年の出産馬の中に、生産馬で競馬で活躍し牧場を支えてくれた馬がいます。数年前に帰厩してきました。ユウコ。左目の上部(写真は右目上部)にコブのようなものが見えます。メラノーマ悪性黒色腫です。こんなに早く発症し、その範囲と大きさは年々広がっています。芦毛の宿命とわかっていますが、ユウコがこんなに早く襲われるとは思ってもみませんでした。人が好き、走るのが好き、そんな当
死産に向けてのバースプランを考えることは本当に辛い事です。でも、娘と過ごせる時間が短いからこそ、後悔しないようにできる事・したい事を考えておいて良かったと思っています。産まれてくる赤ちゃんとどう過ごしたいか、希望を記入できるように病院が紙を用意してくれていた。・夫の分娩立会い・赤ちゃんとの面会・赤ちゃんを抱っこする・赤ちゃんに母乳をあげる・赤ちゃんとの写真を残す・臍の緒、手形足形を残す・赤ちゃんの体拭きや沐浴・赤ちゃんのリストバンドが欲しい・母子手帳への記録の記入・ベビ
こんにちは。本日は、妊婦さんとそのご家族にぜひ知っておいていただきたい感染症、**「麻疹(はしか)」**についてお話ししたいと思います。ニュースなどで「麻疹の国内発生」といった報道を目にすることがあるかもしれません。最近では2025年11月19日、大阪市から麻疹患者発生に伴う注意喚起について報道資料が発表されました。京都府においては、ここ4週間発生者は報告されていません。https://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/kenko/0000665695.ht
こちらの続き『【対岸の家事】第5話子供の将来は親の責任…?感想』こんにちはADHD傾向40代主婦らくだです。こだわり強い小5娘・不器用小2息子・潔癖症お得大好き夫との日常を書いています家族全員が食いしん坊なので、食のこと多…ameblo.jp最後に中谷(ディーンフジオカ)が言ったレモンのことわざ。Whenlifegivesyoulemons,makelemonade.直訳すると「人生がレモンを与えたなら、レモネードを作りなさい」でも、レモンってアメリカでは、不良
癒し・浄化願い・もちろんご供養ぜーんぶお寺でかなう!「しあわせないのち」を繋ぐ寺嫁藪木れいこです水子供養に行こうと思っても、お供えのお花に迷う(もしくは、困る)。どうしてこんなに迷ってしまうんだろう・・・自分でも分からないとき、ないですか?そんなとき、この記事が少しでも参考になれば幸いです。大前提は、みんな悩んでるし、迷ってるっていうこと。だって人生にそんな予定が入るなんて思ってなかったし、だれも教
妊娠14週わが子とお別れしました。2023年妊娠4ヶ月検診の際『無頭骸症』からの『無脳症』と診断されて・お別れするまでの1週間・お別れしてから前向きになるまで・2年経ってからの心の変化を記録したものになります。無脳症とは頭蓋骨をうまく作ることができなかった『無頭骸症』の赤ちゃんがお腹の中で動くことにより羊水に脳みそが溶けていき脳がなくなってしまう病気です。今後溶けてしまった脳は元に戻らず頭蓋骨も形成されることはありません。そのため、お
看護師さんから病棟の説明を受けます。最初の2週間はMFICU。面会は一切禁止。夫とは出産まで電話だけしかできない。お腹の子に夫の声を聞かせてあげられない。頭では理解していても、心が追いつきません。直接会えない。触れられない。急に、とてつもなく寂しくなりました。看護師さんの前なのに、夫の手を強く握ったまま話を聞いていました。(妊娠中の入院って、心の準備なんてできないですよね)夫と涙のお別れをしました。持ってきてほしい物は、また連絡することに病室に入ると、外は真っ暗。
このブログについて夫、40代。妻、30代。年の差婚した、子なし夫婦の日常。子どもについては、↓下に↓リンクあるので、気になる方はどうぞ。妻は、精神疾患あり。障害者雇用、在宅勤務で、奮闘中。ポイ活を生きがいとしてます。日常のこと、色々書き連ねますこんばんは義両親のあたり日で、お墓参りですそのために、お墓参り用と仏壇用と生花を準備しましたスーパーなどでも、生花売ってますが、それなりのボリュームにしようとすると、それなりの値段になるだ
幸せ空間の中を風を切るようにして帰宅すると、夫から鬼のようなLINEがきていました。「問題なかったよ」と返すと、すぐ既読。仕事どころじゃなかったんだろうなと思いました。その頃にはもう、腹部嚢胞について調べ尽くしていました。いいことはあまり書いていない。だから調べるのをやめて、普通の妊婦さんみたいに出産準備を調べることにしました。お店は怖いから行けない。でも、ネットなら大丈夫。かわいい服をお気に入りに入れて、ベビーカーを比較して、私なりに、赤ちゃんを迎える準備をしてい