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お元気ですか?透明感があるJさんこと服部康弘です。そんな、わかってはいるつもりだけどホントはよくわからない言葉ブログ『こまるこらむ』とはココのことだぜっと!先週12/9(火)からの伊勢原市と厚木市にまたがる日向山で発生した山林火災。我が家、また仕事場は厚木市でも伊勢原市よりなので、簡単に言えば「近い」です。我が職場の屋上から観た景色。素晴らしい景色なのですが、火事発生の翌日12/10(水)日中の状況。翌日でもまだ煙があがっていました。この日は日中は
今回は『ハズブロWWFプロレスフィギュアを改造して、懐かしの新日本プロレスのプロレスラーを作ってみよう』のコーナーです。今回作るのは、新日本プロレス出身のテンコジ世代の最後を飾る小原道由選手です。1992年にはこんなCDが発売されていましたが、これで↑この5人揃います。それにしても、デビューしたばかりのヤングライオンの入場曲集CDを発売するなんて・・・この頃のキングレコードさん、勝負に出てましたね(笑)素体はマテル社製のハズブロWWFプロレスフィギュアを模して発売したWWEシリー
力道山が朝鮮半島出身であることは生前から完全に秘密だったわけではなかったものの広く知られていたわけでもなく、戦後日本の英雄が朝鮮半島出身だったなんてわざわざ言わなくてもいいなどと人種差別的な反応をする人すらいる。20年以上前であればより反発も強かっただろうし、彼の出自がクローズアップされた日韓合作映画「力道山」は当時としては非常にチャレンジングな作品だったはず。おきまりの力道山像をなぞらずに英雄の知られざる苦労や苦悩を描いた見応えある一本。ただ、当時の朝鮮半島出身者は日本語のネイティブスピーカ
1995年10月9日東京ドーム。新日本プロレス対UWFインターナショナルの団体全面対抗戦から30年が経ちました。振り替えればあの頃の私のプロレス熱はボクシング以上でした。その2年前にアメリカでUFCの第一回が開催されホイスグレイシーが優勝。そのホイスとヒクソンのグレイシー柔術や総合格闘技が台頭しつつありましたが、まだまだプロレスに勝負論が在る時代。この年の事を資料やネットを一切見ず、私の記憶のみでどれくらい盛り上がっていたかを書いてみたいと思います。記憶違いで事実とは異なっていてもそれも
3月7日(土)金沢:6:17起床予定が無くても、早起きの習性がついてしまったようだ朝食納豆、ブロッコリーサラダ上半身の筋トレ入浴🛀デスクワーク💻リモートで選挙活動📱スーツに着替え、出動石川県庁近くのチャンピオンカレーで昼食選挙事務所へ本日の打ち合わせ石川県にも顔がありそうなプロレス業界関係者にLINEを送り、選挙支援を要請📱プロレス界としても、一般人との〝勝負事〟に負けさせるわけにいかない16時半M会長の車に乗せていただき、金沢駅へ馳浩候補の応援に来県