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第1996話神仏の声を聞いて皆様にお届けしています菊水千鳳と祇器社(しきしゃ)のメンバーですご覧いただきありがとうございます°・*:.。.☆プロフィールはこちらkikusuisenhouさんのプロフィールページkikusuisenhou菊水千鳳と申しますご覧くださってありがとうございます子供の頃、物心ついた頃から不思議な体験をしてきました。ある日(十数年前)を境に、段々と神仏の声が聴こえるように、また視えるようになってきました。神仏との交流も回を重ねる毎に我々人間達へのメッセー
札所第34番・水潜寺で結願証を授与結願(けちがん)証(1,000円也)秩父札所三十四番・水潜寺で結願証をいただきました。御朱印と同様に御開帳の年の記念印が押されています。水潜寺の納経所で結願証をいただきたい旨、伝えると・・私としては三十四ヶ所を巡礼した証拠として御朱印帳を1枚づつチェックした上で、結願証をいただく光景を想像していましたが、実際には、御朱印帳は一切確認せず授与品を手渡すのと同様の扱いで結願証をいただきました。<自由律俳句>三十四ヶ所巡礼した御朱印の
2026年8月3日(月)今日は曇りで気温が上がらず、夜は肌寒さも感じるくらい涼しくなった東京。一昨日の土曜日のこと。友達と会う約束はしていたけれど、どこに行くのか決めていなくて、急遽埼玉へ。朝8時前に池袋で待ち合わせして、購入したのがこちら。東武鉄道と秩父鉄道の一部区間乗り降り自由の「SAITAMAプラチナルート乗車券」。この日の1番の目的地は秩父鉄道の「ふかや花園駅」。駅前のプレミアムアウトレットです。が、まず向かったのは秩父長瀞。時刻は9:50。久しぶり。駅舎前にオシャレ
2025年11月23日(日曜)に登った武甲山です。1)武甲山山バッチ(約30mm✕22mmメッキ仕上げに彩色ピン仕様)「武甲山」「チチブイワザクラ」をモチーフこの花は石灰岩の特有の地質特性から武甲山の固有種横瀬町ブコーさん観光案内所にて入手【製作→桂記章】今回の登山口「武甲山御嶽神社一の鳥居」からの帰路R299に出たら右折して正丸峠方面に10分程度走行して「水辺のカフェ道の駅果樹公園あしがくぼ」のR299沿いにある「横瀬町ブコーさん観光
こんにちは。タイトルの件ですが、シートバッグのヘコみと共に悩んでいたのがツーリング中の尻痛です!尻痛になりやすい体質なのか、乗り方が悪いのか...昔はこんな事無かったから加齢からなのか...尻痛って本当に痛くて辛いんです!※あ、痔じゃ無いですよ!おしりの血流不足から来る痛みです。これまで尻痛対策で1時間とか30km位走ったら必ず休憩しておしりの血流を戻してました。以前ネットで調べたらゲルザブとかエアークッションとかが良いってあったけど、当時は8,000円とか
土曜の朝起きると同時に『秩父行きたい』と言い出す奥さん来週も再来週も行けないから準備する事に下道ドライブ、外環の事故の影響か何かずっと渋滞入間のふれあい橋爆睡してるしやっと秩父の文字がココには寄るつもり無かったけどせっかくなのでまだ何処にも行けてないのにもう16時ここまで4時間半くらいかかったからねと、ゆーことで泊まる所を探す事に奥さん、何か見付けていたみたい電話してみると『・・・カントリークラブです』とひょっとしてゴルフ場のクラブハウスかそれでも聞いてみると本日は
武甲山登山の続き前回は表参道ピストンでしたが、今回は西側の裏山口駅(橋立)コースで下山。山頂に橋立方面通行止めの看板があるのですが、Yamapで前日歩いてる人がいるし、タクシー運転手さんも「さっきも聞かれたけど今は行けるよ」と言うので歩き始めます。表参道の杉林とは違ったカラマツの道全然人が居なくてやや不安でしたが、まもなく登って来た人に確認したところ「道は問題ないですよ」とのことなので、急斜面をどんどん下ります。こちら側は途中見える小持山含め落葉樹帯で、春秋はさぞ美しいでしょうほぼ葉桜
秩父の悲しき名峰武甲山に登ってきました。なぜ“悲しき”なのかというと…武甲山の北側は石灰岩質からなり質も量も国内屈指なのだそう。そのためセメントの材料として採掘されその削られた様が異様な山容を成しているのです。画像お借りしました東京の戦後復興や高度成長期を支え現在もなお採掘が進んでいます。我が家の基礎もここのセメントだったり?と思いを馳せたりして…空気が澄んでいる冬限定で自宅のベランダから見えるんです。斜面を横から見るからスパンッ!てしているいつか登りたいなぁと
神仏の声を聞いて皆様にお届けしています菊水千鳳と祇器社(しきしゃ)のメンバーですプロフィールはこちらkikusuisenhouさんのプロフィールページkikusuisenhou菊水千鳳と申しますご覧くださってありがとうございます子供の頃、物心ついた頃から不思議な体験をしてきました。ある日(十数年前)を境に、段々と神仏の声が聴こえるように、また視えるようになってきました。神仏との交流も回を重ねる毎に我々人間達へのメッセージとなってきました。神仏のメッセージを広めなければと、以前他のS