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皆の衆、息災か!熊本城おもてなし武将隊は加藤肥後守清正が筆を執る。戦国の世より四百有余年、時は令和の世となりても、武士の魂は不滅なり。此れよりは我が武録「清正現行録」の刻じゃ!-----〜越後国上越にて第100回謙信公祭に参陣〜此度、越後国上越の地にて開催された「第100回謙信公祭」内「越後上越夏の陣」に、遥か肥後熊本の地より参陣致した。第百回という栄えある回にお招きいただき、誠に幸甚の至り也。四百年の時を超え、謙信公を讃える戦さに身を投ずる事が出来たのは、武門の誉れとい
松江城島根県松江市殿町1-5手前には、島根県庁。島根県庁に騎馬像❗️顔をよく見ると、案外幼い顔をしている👀松平直政公像松平直政公は堀尾氏3代、京極氏1代の後、寛永15年(1638)に信州松本から出雲国松江藩主として入国。富国・立法等の大綱を示し、政策・文武の奨励・産業奨団により「城下町松江」繁栄の礎を築いた、松江松平家初代藩主である。この銅像は、徳川家康の孫にあたる直政が、慶長19年(1614)大坂冬の陣において、家臣とともに大坂の真田丸進撃した、弱冠14歳の初陣の姿で、
2022年に書いたいじめの記録の写しです。自殺を試みましたが結局生き延びました。またやってみるかもしれないので記録を残しておきます。【記録】ボクはこの古戦場の地が好きだ。緑が若く田が輝いて、鳥が歌い夕日が染めてゆく。旗が風に揺れて雲は流がれ空高く蒼が広がる。ここにいれば歴史を感じる、うたわれる者たちの想いが伝わる。10年ずっと語り伝えてきた。この古戦場関ケ原の地に甦った一人の戦国武将として。きっとキミたちも気に入ってくれる。気に入ってくれている。ここは東西南北様々な想いが