ブログ記事5,545件
2025.3.21マニラ2日目④さて、次にやって来たのは、サンチャゴ要塞。入場料の75ペソ(約195)を払って中に入る。マニラの観光地の入場料はすごく安いね。サンチャゴ要塞は、スペイン統治下の1571年から150年の歳月をかけて建造された。入口から入ってすぐのところにあるのは、BaluartillodeSanFrancisiscoJavier。マニラ湾からの攻撃からサンチャゴ要塞を守るために建てられた稜堡。アメリカ統治時代は兵器庫として使われ、
約15年前に大森にあるユダヤ教超正統派シナゴーグで知り合ったユダヤ系アメリカ人のお友達であるダニエルさんが以下のようなアメリカ軍による広島と長崎への原爆投下についてのコメントが公開され、個人的にも色々と考えていました。個人的に私の意見を言わせて頂けるのであれば、明確に答えたいのが、78年前の8月6日に(月曜日)に広島県内に住む西洋人全てを山奥の帝釈峡に集めて日本軍によって銃殺する計画があり、その殺される予定だった当時の広島在住の西洋人の中に私の恩師であるドイツ人司祭、クラウス・ルーメ
赤紙のイメージ画像です。太平洋戦争当時、日本では徴兵制が導入されており、18歳以上の男性が対象となっていました。最初は20歳以上でしたが、戦局が厳しくなるにつれて徴兵対象年齢が引き下げられ、最終的には15歳以上の若者までが徴兵されることとなります。そのため、戦争末期には16歳や17歳の少年兵も戦場に送られました。一方で、年齢上限に関しては特に明確な制限は設けられていませんでした。高齢者でも戦場に出ることがあり、60歳を超えた兵士も実際に存在しました。こうした年齢層の幅広さは、
聞く派はこちらから↓現在、日本の政治家がマレーシア訪問中に行った献花行為について、「現地への侮辱だ」としてネット上で大きな議論を呼んでいます。しかし、この炎上の背景には、「慰霊を行った場所と目的」に関する重大な誤解があります。このブログでは、日本の首相(当時、高市早苗氏)の実際の行動と、批判が生まれた原因となった**「2つの慰霊」の混同**について、事実に基づいて解説します。1.ネット上の批判:「無神経な侮辱」の核心この件がネットで大炎上している。「日本軍の残虐行為
当ブログをご訪問頂き、ありがとうございます。○中小企業福祉事業団セミナーもしものミスにも慌てない!助成金、『提案~クローズ』トータル講座はこちら『雇用関係助成金、その本質に迫る!-2025改正情報と「助成金教育」「助成金マネジメント』=雇用の多様化に備える助成金実務はこちら○助成金の無料診断、最新状況はこちら○メルマガ「新労社が贈る、人事のツボ!」(無料)はこちら=======================================
篠崎護(MamoruShinozaki)さんをご存知でしょうか?ウキペディアによると、戦前の日本のスパイであり、日本軍占領下シンガポールの軍政幹部であり、日本のシンドラーとも書かれています。え?日本のシンドラー???「日本のシンドラー」「東洋のシンドラー」と呼ばれている人では、岐阜県出身の杉原千畝さんを思い浮かべます。杉原千畝さんは、第二次世界大戦中にリトアニアのカウナスで領事館員として勤務し、ナチス・ドイツによって迫害されていたユダヤ人に「命のビザ」を発給し、多くの命を救いました。