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京都では現在、「寛永行幸四百年祭」が開催されています。「寛永行幸(かんえいぎょうこう)」とは、今から400年前に後水尾天皇が徳川家に招かれ、御所から二条城に出向いた行幸のことです。その背景には徳川家の政治的意図があり、後水尾天皇と東福門院の政略結婚へと導かれる訳ですが、詳しくはまた日を改めて説明したいと思います。公式ガイドブックを買いました。四百年祭の記念行事が市内のあちこちで開催されていて、私はそれをとてもとても楽しみにしていたのです。なのに足の骨折のため外出できず・・・・。
【好奇心を持ち続ける】6368司馬遼太郎氏の心に響く言葉より…日本人はその居住環境がせまく、人口が多く、競争がはげしいせいか、道具、ことに新奇な道具に対する好奇心が、ほとんど異常なほどにつよい。銃がその端的な例であった。この日本人の民族的性癖を、もっともおそれたのは徳川家康とその幕府であった。徳川幕府は、兵器だけでなく、ノミやカンナ、駕籠などの乗物にいたるまであらゆる道具の様式を凍結し、「新奇なもの」はゆるさず、諸道具の開発は国家に対する最大の罪