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1983年の横内タケの活動。山下久美子のバック・バンドのメンバーとして活動していたのは、本人のインタビューから知っていたものの、ライヴ映像が残っていたとは!大沢誉志幸作曲の大ヒット曲「こっちをお向きよソフィア」をプレイ。シングル曲のレコーディングには参加してない。その後も1985年、1986年にもバック・バンドのメンバーとして支えています。動画はそれぞれの時期の「こっちをお向きよソフィア」。1983「レッツ・ゴー・ヤング」より1985「LIVEALLNIGHTROCK」より198
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山下久美子がこの夏、大阪と横浜で起こした奇跡を“体感”したという方は少なくないだろう。大阪の「ビルボードライブ大阪」(7月11日・金曜日)、神奈川の「ビルボードライブ横浜」(7月26日・土曜日)、両公演ともにソールドアウトだった。私自身、7月11日(金)にビルボードライブ大阪で行われた山下久美子「45thAnniversarySpecialLive“Miracle”」(ゲスト・大澤誉志幸)で大阪の“奇跡”を体験し、いち早く報告もしている。同じく7月26日(土)にビルボードライブ横浜
忌野清志郎スーパースター烈伝山下久美子編今でこそ、ロック系のライブといえば1曲目から立ち上がるのが作法というか、完全に定着していると思うのですが、1980年代前半くらいまでは、必ずしも前の席から後ろの席まで終始立ちっぱなしが当たり前ではなかったように思います。フォークの流れもあったし。そんな中で、山下久美子さんの学園祭を中心としたライブは、観客が全員総立ちとなるということが評判となり、ライブの女王、総立ちの女王などと呼ばれていました。ご本人曰く
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1981年3月号の表紙は3月5日に「ヨシオちゃん」でデビューした若杉ひと美さんでした。表紙の裏にデビュー曲「ヨシオちゃん」の広告が掲載されています。若杉ひと美さんは現在、宮崎県都城市にアトリエを構え本名の徳留ひと美でフィンランドの伝統装飾、ヒンメリの作家として活躍されています。この号には日劇最後のウエスタンカーニバルで歌う沢田研二さんと萩原健一さん、1月24日と25日の日劇のステージで10年ぶりに復活したザ・タイガースさん、