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2度目の投稿になります。しかしその2度目で、とんでもない事になりました。単刀直入に申し上げます───大怪我で入院しています。9月21日(日)友人らと共に草野球の試合に出ていたのですが、守備中に私と味方が衝突。私は頭から飛び込んでダイビングキャッチを試み、相手は足から滑り込んでスライディングキャッチを試みました。そこで交錯し、相手の足が私の胸から腹にかけて思いっきり蹴ったような形で入ってしまい、悶絶。経験した事のない激痛で動けず、呼吸もできず、呼びかけられても「あー」「うー」しか発
こんにちは!初めまして!俺の甲子園中毒者、京ノ都と申します!今回は初めてのブログということもありまだ慣れていないので、軽い部員紹介"だけ"させて頂きます。部員紹介まず初めに部員紹介ですちなみにうちは去年の夏に始めたので"大"初心者です【投手】投手は主にUR部員が1名、SR部員が6名の7人を中心に活動しています(R投手も使っています)UR佐山峻矢最初の投手は本校では唯一のUR投手、今年の104番!何
長いプロ野球には栄光に包まれた選手や指導者がいる。しかし、志半ばで野球を断念したり、戦争によって逝ってしまった野球人もいる。そして、戦争から無事帰還して、新たなプロ野球生活に戻り活躍を期待されながらも病魔に倒れた選手がいました。それが、今回ご紹介する玉腰忠義外野手です。。玉腰忠義は1920(大正9)年3月15日愛知県生まれ右投右打の外野手です。愛知商業学校ではセンバツ甲子園にも出場。1940(昭和15)年黒鷲軍(旧イーグルス・後に大和軍)に入団中堅外野手