ブログ記事402件
一応簡単にまとめておこうと思います。癌と疑いだしてからの経緯です。↓2018年8月31日(金)身体中の痒みに耐えられず、香港の病院で黄疸と診断大至急日本に帰国する様言われる↓2018年9月3日(月)大阪Y病院にて初外来1週間の精密検査と言われる痒みに耐えられず↓2018年9月11日(火)肝門閉塞減黄処置目的の入院内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP)胆管内ステント留置病理検査も行う↓検査結果待ちが続く↓2018年9
異変に気づいて47日目2018年10月2日(火)検査入院2日目朝はまだロキソプロフェンが効いてたのか熱はそんなに上がってない。。今日はお昼から大腸検査←大事な検査下剤の液体モビプレップを1リットルぐらい飲み、腸内をキレイにして検査に備えていました。下部消化管内視鏡検査及び処置。さすが大きな病院ですね、より鮮明に見えて、効率も良いという新しい機械を使いますかと聞かれて迷いなく承諾しました。その場でポリープなどがあれ
異変に気づいて75日目2018年10月30日(火)術後5日目回診どき、看護師さんが来るたび、痛みを伝える毎日。ICUから戻って来た翌日、急いで麻薬の装置外す事なかったんじゃないのかって、今は思ってしまう。すごく眠気はあったけど、痛みの度合いが今と比べものにならないから。今は点滴から痛み止めを入れています。夜中に、配慮してくれたのでしょうか違う痛み止めを点滴で入れたのだ・け・ど・それが合わなかった。。。体全身がふあーーっと湯沸器みたく
初めまして、Miraiと申します。自分がこの年齢でまさか癌に冒されるとは想像もしていませんでした。60歳ぐらいに覚悟しなきゃいけないのかなーなんて、曖昧でした。もちろんガン保険にも入っていませんでした(ケガ、入院のみ。。)39歳で肝門部胆管癌を発症するのは珍しいとされているようです。進行が早いんじゃないか、苦しむんじゃないか、痛いんじゃないか、怖くてしょうがなかったです。本当に死を覚悟する思いでした。私は考えました。必死に。。。
2022年12月5年前の今頃、足が痛い、お腹が痛い、胸が痛いなど、原因不明の不調が1ヶ月続き、何度も何度も病院をまわり、便秘、股関節炎と診断されるも、良くならず、レントゲンを撮っても異常なく、ある日、身に覚えのない、たんこぶのようなものがおでこにできているのを見つけました。そのたんこぶのようなものは日に日に大きくなっている気がしてきて、初めて、脳外科を受診しました。そこの医師から、『こどもはじっと出来ないからCT検査は大変ですよ…』と言われるも、『この子はじっと出来るので大
肝臓は”沈黙の臓器”といわれていて、症状はほぼ出ないと言われています。黄疸症状で初めて気づく方が多く、症状が出た時には既に時遅し。私も黄疸症状が出て、発見につながりました。私の場合も早期発見ではないと、教授に言われています。肝数値に異常がある時も再検査と言われるようですが、皮肉にも採血をしても黄疸症状が出ていないとビリルビン数値の異変はあまりない。とにかく気付きにくい。胆管がんを患ってしまった人の生存率は良いとは言えません
異変に気づいて46日目2018年10月1日(月)検査入院1日目精密検査入院消化器外科17階WEST病棟天気良好、眺め良し、熱なし痛みなし朝から色々な書類記入を済ませ、体温や血圧、体重測定。病人のわりにする事は沢山ありました。お昼は、呼吸機能検査、心電図、超音波、胸部、腹部単純撮影などをスムーズに済ませる。なぜかふと、悪寒があることに気づきました。大学病院で外来には人が多く、風邪の菌でももらってしまったかと、マスクもせ
2022年2月病室に戻り、娘に伝えました。『また、悪いのが体の中に出てきてるから、お薬でやつけないといけない。足、痛かったでしょ?やっぱり足にも悪いのがいてる。』と。『えーー。また髪の毛が抜けるの?』と、娘は言いました。『薬の種類によっては抜けるけど、また生えてくるから大丈夫。』と、正直、次はいつまで続くかわからない治療。いつ髪の毛が伸びてくるかもわからなかったけど、そう、答えてあげました。やっぱり、そこが一番辛いんだね。髪の毛の事は、気にしていないようで、気にしている
2020年12月名大病院の教授から、2時間も熱弁して頂き、どうするか、その場でほぼ答えは決まりましたが、娘の事なので、ここで勝手に決めてはいけない。娘に話してから、一緒にきちんと決めたい。転院するなら、出来れば、キリの良い、一年生が終わる春休み頃でお願いしたい。と、希望を伝えて、話は終わりました。帰って、娘と話しました。最初は嫌そうにしていましたが、がんばる。と、言ってくれました。名大へ転院しないといけないこと、もしかしたらまた移植をするかもしれない、ということを伝えま
主人は3人兄弟の真ん中なので、兄と妹がいて…妹の所には息子が一人。兄弟を作ってあげたかったんですが、なかなかできなくて…不妊治療もしましたが、3度の失敗で諦めました。子供が一人でもいる私はまだマシ。妹はそう言って一人息子を大切に育ててきたんです。甥っ子はすごく頭が良くて、親思い。私たちにも良くしてくれるいい子で…大学を卒業してからは大手企業に就職して、愛媛に行きました。お給料も良くて待遇もいい。念願だったベンツも買って、兄のところの甥っ子の結婚式には、車で7時間もかけてやって
異変に気づいて71日目2018年10月26日(金)手術翌日ICUから移動して個室に入り寝てたと思う。お昼前、リハビリを担当してくれる女医さんが看護師さんと来ました。本当に現れたと思った笑とにかく眠気なのか何なのか目が開かない。まぶたが重い。。。もちろん咳とタンのせいで声も出ない。体はテープで固定されていて動かせない。↑現状最悪声を振り絞って『む〜りいい』って言うんだけど、お構いなし。マニュアル通りに予定をこなそうとしている。看護師さ
異変に気づいて63日目2018年10月18日(木)11日に一旦退院してから1週間経過。兄宅でゆっくりと静養中。毎日約700ccの胆汁を2回に飲み分け、お昼頃に歩きに出かけます。↑でも毎日1時間半はとても歩けません。鼻チューブとの共存も慣れてきています。ただ気になるのは。。。扁桃腺が腫れているような感覚がある↑なんとも情けない熱を出してはいけないと思いロキソプロフェンを飲みました。扁桃腺が腫れるなんて過去に記憶
異変に気づいて48日目2018年10月3日(水)検査入院3日目今日はこの検査入院で一番大事な大きな手術。内視鏡検査ERCPとENBD前院で入れたままの管をまず抜く。内視鏡的経鼻胆管ドレナージ術(ENBD)胆汁袋が今回は2袋になります。鼻から通るピンクの細い管も2本になります。両肝臓から胆汁を体外に出すという事。因みに、前院では1袋に胆汁を出していました。(9月11日から14日までの3日間のみ)先生達にと
名大病院は、JR鶴舞駅から徒歩2分程のところにあり、大阪母子医療センターに比べると、かなり都会の印象です。病院の隣には、鶴舞公園があり、春には桜がものすごく綺麗です。近くに24時間営業のイオンがあり、そこで買い出しをします。Uberも走ってるので、時々Ubereatsを利用したりします。ドトール、ローソン、24時間営業のファミリーマートがあります。レストランもあります。病院は14階建てで、外来棟と入院棟に分かれています。小児科は5階にあり、内科はE(東)、外科はW(西)と病棟
異変に気づいて48日目2018年10月3日(水)検査入院3日目内視鏡検査ERCP、ENBDが終わり、胆管炎の詳細もわかり、抗生剤の為の点滴が始まりました。病室に戻り夕方、消化器外科1の江畑准教授がふらっと病室に現れる。名乗るわけでも、私の名前を呼ぶわけでもなく、フワッと。名大のサイトも何度も見ていたので、すぐに准教授だと気付きました。様子を見に?いかにも外科医らしい目の鋭い厳しそうなお方に見えました。准教授は胆汁袋を
2019年1月7日(月)新年明けましておめでとうございます平和な温かいお正月を過ごせましたら何よりです。今年も皆様が心豊かに過ごせますように・・・私は約2ヶ月前の2018年11月7日に手術後退院して、今日が2回目の経過観察でした。お正月から大阪におり、7日の早朝8時前に名大到着。さすがに院内既にすごい人でした。採血を済ませて、呼ばれるのを待ちました。退院してから胆管炎を起こしてしまったら?と心配もしましたが、熱も出ず、排便良く、順調に過ごしています。
異変に気づいて70日目2018年10月25日(木)ICU室ICU専門看護師さんに交代する時もちゃんと聞こえてました。風邪だったし咳も出ているし、ましてあの菌も持ってるし。(菌の名前忘れてしまったけど。。。)だからまた隔離。一番奥の部屋。また私の為の部屋。体も顔も動かせないと気づく。首が少し左に傾いてるかな。何かで何処かをガチガチに固定されてる感じはありましたが、自分が今どんな姿になっているのか想像も出来ませんでした。周りを見渡す事も出来なかった。
異変に気づいて67日目2018年10月22日(月)手術入院3日目夕方、兄も到着し教授がいらっしゃる部屋へ。教授は今朝の採血の結果を見て、25日に延期を既に決定しました。兄には。。。は?風邪???みたいな。若干呆れられたような。。。口調で。。。↑ホントにスイマセン。。。。教授は説明にもあまり容赦はありません。でも私にとって単刀直入に伝えてくれるのはわかりやすくて良いと思いました。初外来の時と同様に白紙に図を描き、切除する
異変に気づいて36日目2018年9月21日(金)1ヶ月でどうこうなる事はないと思いますが3ヶ月は待ちたくない感じですねという。なるほど!そんなにゆっくりしてられないのね!そして追い討ちをかけてまた怖い事言う。。。術後は3ヶ月に1度胆管炎を起こします。39度前後の熱が1週間ほど出ます。私『え?必ず出るんですか?』外科医『え〜そうですね〜でも出ない人もいますけど』私『生涯持ち続けるって事ですか?』外科医『そうですね
異変に気づいて82日目2018年11月6日(火)術後12日目退院前日お昼頃、大部屋に移動。もう何も体に付いてない。猫背だけど身軽に歩けます2週間個室にいただけなのに、病室にはもう知らない方々ばかり。ベッドの空きを待つ方がたくさんいるんだなと感じました。それと同時に次々と退院して行かれる方もいるんですね〜。みなさん手術の為の検査入院。気さくな方達で、なんならチョコを片手に仕切りカーテンを開けてくる笑私の手術経験を話すうちに全員集合にな
今日は月に一回の名大病院の診察日でした内視鏡で鼻腔から上咽頭へきれいになってると赤くなっているのは放射線があたっていたところ何年も瘡蓋ができたままの人もいるから上々なのではと後遺症が繰り返されてる事を告げると興味津々謎の抜け毛の話や味覚障害が治ってはまた出てとかへぇ~って(笑)今日も問題なく無事診察は終わり次は2ヶ月後このあと旦那さんの用事を済ませ◯キのウイッグってあるじゃないですか梅沢富美男さんがCMしてる分け目につけるカツラを見に行くことにパッとサラっと自然に
【2023年2月1日の出来事】この日は、予定していた血小板の輸血と、泌尿器科の受診と、メインイベントの、名大病院とzoomでお話する為、入院しました。こちらの看護師の相談員さんと、受け持ちの看護師さんが、事前に日程と、どなたが参加してもらえるかを、名大病院の方とやりとりをしてくれていました。朝から採血をし、血小板をすぐ繋ぎ、アレルギー予防の薬で眠たくなったのか、泌尿器科の診察が呼ばれる前に娘は眠ってしまい、またまた私だけが受診する事になりました。泌尿器科の先生は、『尿検査の結
2020年10月名大病院へ外来でした。特に問題はありませんでした。が、NSE36→溶血溶血…2時間以上かけてはるばる名古屋まで来て溶血は凹みます。娘の血管は細く、やりにくいんだなと思ってます。仕方ないんですけど、事前に溶血しやすい事と大事な腫瘍マーカーを調べるので、溶血しないようにお願いしたいと、伝えましたが、ぐいぐい、シリンジひいてました。教授は『NSE溶血だから、また1週間後に尿の結果を電話で伝えます。それから、治験から1年経ったので、名大の外来の間隔
異変に気づいて49日目2018年10月4日(木)検査入院4日目朝は、心臓超音波検査。お昼頃からまた悪寒を感じ、発熱しつこいね。今日から胆汁を飲み始めます。私は今日一つだけわがままを言わせて頂きました。ダダをこねた様な感じです↑一応アラフォー女子笑実は今朝、O先生が回診にいらした時に、膿が出てる方の胆汁は絶対に飲みませんと。いずれ通常の胆汁色に戻るよと言ってくれたが、断固拒否しました。戻ったとしても、膿側の胆汁は飲めるわけあ
2020年1月病院で新しい年を迎え、しばらく血小板の輸血をしていました。輸血する→すぐ2万、3万まで下がる→輸血するというのを繰り返しながら。そのうち、好中球も下がってきました。先生方も症例がない薬なだけに、なんともいえない。いつか立ち上がってくるから待つしかない。前例の子はこんな事なかったのになぁ。もしかしたら、再生不良性貧血の合併症が起きてるのかもしれないから、骨髄検査をしよう。…など、先生たちも治験薬なだけに、なんとも言えない状況でした。血小板減少の副作用は聞
2018年5月〜6月肝内胆管がん手術2019年8月再発2019年10月重粒子線治療肝機能が低下して、門脈や胆管が狭窄してしまっている旦那さんあれから、ずっと胆管にチューブ入れてます。メンテ出来るよう、チューブの一部が胸の下あたりから5センチくらい外にでてて、3ヶ月に一度、そこから胆汁が漏れて、服や布団を汚しちゃって、嘆いてます。3ヶ月くらいで胆汁がつまるのは、仕方ないらしくそのタイミングでいつもチューブの交換してます。通院は3ヶ月に一度のペースで、胃カメラ、肝臓のCT撮
【2023年1月14日の出来事】大阪の病院で、主治医ではない医師と話せる機会がありました。その先生は、娘が3歳の初発の頃からいらっしゃって、主治医ではないですが、ICの場で立ち会って下さっていたり、娘の事を昔から知ってくれています。その先生に、今後の治療の事を相談しました。『前回のケモの後に色々トラブルはあったけど、元気な時間もあった訳で。ケモをやってもどんどん病状が悪化するなら諦めもつきますが、なかなかまだ辞める決断ができなくて。今回はたまたま大事に至らなかったけど、次
異変に気づいて70日目2018年10月25日(木)ICU室ボーッと天井を見つめるだけの時間。ひたすらに。。。壊れてるかと思うぐらい時計の針が動かない。眠ってはいるみたいだけど、目覚めてはまた時計を見るという繰り返し。でも眠ってるのか目をつぶってるだけなのか、そんな事も分からない感じ。時間も確認できるし、意識はちゃんとある。でも寝てたのか?はちょっとハッキリしない、不思議な感覚。医療用麻薬が身体を麻痺させているようで、ズキンズキ
異変に気づいて51日目2018年10月6日(土)検査入院6日目昨夜の号泣から一夜明け。朝、看護師さんがなだめてくれて、更なる号泣には至らなかった。↑まだ涙腺は弱まっている他の看護師さん達も知っている様で、優しく対応してくれていた気がします。他の梛野チーム←(勝手に梛野チームと呼んでいます)の先生までもあの菌は大丈夫ですよとフォローして下さる。極め付けは、感染症専門の女医さんが様子を見に来て下さる始末。。。そしてとても丁寧に説明
2019年8月渡米の日程が決まり、それまで少し空いてしまうので、繋ぎでITを減量で投薬しました。念には念を。という事で。娘は、名大病院でも、お気に入りの看護師さんができました。物腰の柔らかい、優しい、看護師さんです。会えば、いつもほっぺをなでなでしてくれ、抱っこもしてくれます。見てる私が恥ずかしくなりますが、娘は、その看護師さんとの時間が癒しになっていたようです。きっかけはというと、以前、腸炎になった時、内服薬に苦戦しているところ、薬の応援をしてくれたからでした。辛