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浅草観音裏で焼肉だった。こちら花園通り(浅草5丁目)にある東明仙を初訪問した。いわゆるあの吉原からほど近い場所にあるのだ。広々としたお座敷席だ。この日は地元仲間のAと一緒だ。まずは飲み物メニューを拝見。王道のキリンラガー大瓶。ナイスラガ。焼き物メニュー。お料理系のメニュー。韓国家庭料理と銘打つだけあって、壁にも面白そうなメニューが貼られているぞ。キムチ盛り合わせで
本日もご訪問いただきありがとうございます。今朝は朝から、夫の癌治療のための病院受診でした。あと2回で終了です。お昼は、ジャーマンポテト・ピーマンのバター炒め・目玉焼き・ヨーグルトブルーベリージャム沿え・アールグレーのミルクティー。皆さんは、NHKの大河ドラマ「べらぼう」をご覧になっていますか?私は毎週楽しみに見ています。その中の花魁道中の美しさにほれぼれしています。でも、どうして、花魁は帯を前に結ぶのでしょうね?調べてみました。以下、https://rekijin.com/2694
亀有角えび→摘発→閉店→解体工事摘発されてしまった後、随分と長く放置されていたのですが、とうとう解体工事が始まるようです。請負の業者名、責任者の氏名、連絡先などは消してあります。お仕事の都合で亀有に来たのですが、前を通りがかった(遠回りして前を通った)ところ、解体工事の予告が貼られていました。正確には石綿の使用状況の報告です。事業場の名称に載っている「東紅興産」は台東区千束にあります。Googleで検索して、住所を確認→GoogleMAPで表示すると、吉原の角えび本店が表示されます
(オリジナル:2023.2.28)【別名はエミー編・菜々美さん編】※当たり前ですが、ネタバレ要素多々含んでおりますのでネタバレが嫌な方は読まないでくださいね※をのひなおさんの大人気漫画『明日、私は誰かのカノジョ』第6章『WhataWonderfulWorld』(略すとwww…)完結おめでとうございます~無事に完結まで単行本化され紙本で迎えることができたので、江美さん編言いたい放題記事を書かせていただきます完結前に「底尽きして依存症回復が始まり、自分はすでに素晴らしい世界に
今日は急遽お休みになりましたなりましたていうよりしましたピルの影響でものすんごい腹下しすることがあるんですけど、今朝方からそれです腹下しはいんだけど、未明とか明け方前後から始まって→1時間おきにトイレにいくのが3〜4回続くのがキツいです眠いのに寝れないのが嫌腹下しはそれで終わらないから、安全をとってお休みにしちゃってますスカトロプレイになったら大変じゃない明日は用事があるので出没できないから、連休になってしまうま明後日忙しくなりますように良い1日を
エラー|ABEMAabema.go.link2月15日(日)21:30〜22:00無料無料で放送終了後6日間視聴できます詳細情報車輪と発明を司る神でありサクナヒメの親友、ココロワヒメ。小説家としての一面も持ち、「片恋物語」の作者・朧月草子として新たな作品の執筆をはじめようとしていた。一方、神と人が手を携え鬼を払い、稲の実りで満たしたヒノエ島では、サクナヒメたちはいまだこの地で米作りに励んでいる。ココロワはとある事情によって、サクナと同じくこの地で不慣れな稲作に取り組むこ
今から書くのは12月4日の記録の4つ目です。べらぼうゆかりの地を巡る循環バスの次の停留所は平賀源内先生の墓所でした。「えぇ〜、平賀源内先生のお墓にもお詣り出来るの」と、私は思わぬ出来事にびっくりするとともにものすごくワクワクしました❗️ところが、平賀源内先生のお墓は停留所だった郵便局前から5分ほど歩く場所にあった為か、循環バスには他の人も乗っていたのになぜか私以外誰も降りなかったのです「もしも停留所が平賀源内先生のお墓にもっと近かったら、きっと皆
「おさらばぇ〜」は、「JIN-仁」で、中谷美紀さんが言っていた決め台詞ですね。平成で、仁先生の婚約者だった女性に「瓜二つ」という設定の花魁「野風」。当然、仁先生とは惹かれあうけど、1、吉原の花魁には手を出せない2、もしかして婚約者の先祖かも知れない?という理由で、仁先生と「結ばれる」ことはありません。この野風が、年季明けで吉原を出ていくときに「おさらばぇ~」って言うのが、なんか、ものすごく感動的だったんですよ。野風も堂々と吉原を出て生き、仁先生とは結ばれなかったけど、外国商人に見染
今回は浅草吉原散歩3回に渡って紹介したいと思います。宜しくお願いします。吉原は今と違って当時は葦の真ん中。浅草田圃にありました。吉原遊郭は、江戸時代に幕府公認の遊郭として栄えました。当初は日本橋近く(現在の中央区日本橋人形町)にありましたが、明暦の大火後に浅草寺裏の日本堤に移転しました。前者を元吉原、後者を新吉原と呼びました。歌川広重「名所江戸百景よし原日本堤」歌川広重名所江戸百景「浅草田甫酉の町詣」吉原へは人々は土手道を歩き、お金持ちは舟で吉原へ向かいます。今
【2025年4月9日】[レトロ探訪/大塚・三ノ輪・吉原]今年の大河「べらぼう」が大好きだ。個人的な大河ベストでは、①葵徳川三代②太平記③べらぼうと3位にランクイン!(笑)べらぼうは吉原を舞台に江戸庶民の暮らしがクローズアップされているところがハマるツボ。また、世の中年男性を魅了して話題の小芝風花扮する花魁瀬川がたまらなく艶!俺もご多分に漏れずYesFallinLove!(笑)これも個人的なランキングになるが、圧倒的首位を独走していた中谷美紀の野風花魁を抜いて遂
夏です。暑いです。暑い時に気持ちいいことと言えば、冷たいシーツの上に寝転がることです。なのでもちろん、シーツを冷やしてお待ちしております。暑いなあ、よし、じゃあ藍ちゃんのところの冷たいシーツの上でセックスでもしようかな、と思えるような。さて、俺何やってんだろ。と、思うことがあるようです。遊びにいらした後、帰り道とかに、男性は。うーん、これは悲しい。こんなこと(わたしとのセックス)に、こんな(お代)に使っちゃった、つまりもったいないことしちゃったって心境なんだと思うんです。わた
こんにちは!やっちです。いつか行ってみたいと思っていた「吉原」に行ってきました当初の予定は彼と二人で休日に出かけようと三ノ輪駅から「湯どんぶり栄湯」という銭湯に出掛けた事からなんです湯どんぶり栄湯│東京都台東区の天然温泉下町情緒溢れる「湯どんぶりの栄湯」で、心も体もリフレッシュ。美肌効果抜群の軟水と天然温泉で、日頃の疲れを癒しませんか?最新サウナや豊富なコラボ湯も魅力。清潔な館内で、夫婦やカップルでゆったりとした時間を過ごせる癒しの空間です。sakaeyu.com
田沼意知に近付きつつある大文字屋の花魁・誰袖実在の人物であり、田沼時代を知る人にとっては忘れてはならない人物のひとりでもあります。蔦屋重三郎が吉原大門に店を構え、日本橋に移ろうとしていた頃に吉原の大文字屋で最上級の「呼出」だったのが誰袖でした。他の遊女同様に細かい生い立ちはわかりませんが、天明2年(1782)には呼出であったことは確認されています。吉原で上位の花魁を務めるためには教養が深かったことも窺えますが、実際に四方赤良と朱楽菅江が天明3年に編纂した『万載狂歌集』には、寄紙入恋(
令和7年3月23日(日)大阪・国立文楽劇場で開催されます第64回日本舞踊協会関西支部「舞踊の会」公演にて清元「北洲」を舞わせて頂きます16時開演第二部未来につなぐ企画の後一番目です現在放送中の大河ドラマ「べらぼう」でもお馴染みの江戸の北、吉原を舞台に太夫を始め、遊客や馬子など廓を取り巻く様々な人物が語られる難曲ですので既に緊張で一杯ですが精一杯稽古に励んで参ります舞踊の会は今年も豪華で見応えのある先生方のお舞台ばかり皆様のお越しを心よりお待ちしておりますよろしくお願い致しま
こんにちは。では早速。国道139号は富士奥多摩線といって、静岡県富士市と東京都奥多摩町を結ぶ国道です。この国道は静岡県の富士市を出発すると、富士山近くの山梨県富士吉田市を経由し、大月市を通って奥多摩町に向かうという、様々な観光名所を通る国道となっています。ただし、その分険しい区間が多く、現在でも改良が続いていますが、いまだに東京都内などでは2車線ではあるものの、狭い区間も残っています。とはいえ、峠では峠越えのトンネルも建設され、交通量も増えていますが、走りやすくなるには、もう
源氏名=夜の街の名前と思ってた?実は平安時代から続く、ロマンあふれる文化なんです👘まさか、あの『源氏物語』から?「源氏名」と聞くと、キャバクラやホストクラブなど「夜の街」のイメージが強いですよね。でも実は、そのルーツはなんと平安時代の文学作品『源氏物語』にあるって知っていましたか?女官や遊女が、本名を隠しながら、自分の理想や願いを込めて使った雅な名前。それが時を超え、形を変えながら、現代のホステスさんやホストさんたちにまで受け継がれているんです。この名前の歴史を知ると、「源氏
江戸時代、吉原といえば、日本最大の遊郭として知られていますが、そこには何百人もの遊女がいたそうです。彼女たちのなかには、むろん「床上手(とこじょうず)」が多かったはずです。「床上手」とは「性的技術に長けた女」という意味です。まあ、遊女である以上、床上手なのは当然でしょうが、実際のところ、彼女たちのテクニックとは、どんなものだったのでしょうか。ここでは、井原西鶴の「好色一代男」に描かれた「野秋(のあき)」という遊女の技を紹介しましょう。「好色一代男」の主人公・世之介(よのすけ)は、彼女のこと
葛飾応為(かつしかおうい)をご存じですか、あの有名な葛飾北斎の娘です。前にもご紹介しましたが、新美の巨人たち【葛飾応為「吉原格子先之図」×高島礼子】(テレビ東京系)で弊社が株式会社ネクサス様の依頼を受けて番組用に製作したジグソーパズルが、葛飾応為(かつしかおうい)の「吉原格子先之図」でした。※番組の撮影は「吉原格子先之図」を所蔵されている太田記念美術館で行われました。※画像掲載の許可は、太田記念美術館より受けています。ウキペディアによれば『吉原格子先之図』(よしわらこうしさきのず
あしたのジョー土手の伊勢屋の直ぐ側にあります。泪橋交差点のそばから土手通りにかけて連なっているいろは会商店街。商店街が地域の活性化のために2012年にこの像が建てられました。「あしたのジョー」の舞台となった、いわゆる「山谷のドヤ街」とはこの一帯のこと江戸時代の木賃宿をルーツに、高度経済成長期の東京を支えた場所であると同時に日雇い労働者の街でもありました。現在ではその面影もごくわずかではあります。子供の頃の山谷はとても怖い場所でした。ジョーは何だか漫画よりカッコいいです。あしたのた
吉原炎上1987年日本映画監督五社英雄脚本中島貞夫原作斎藤真一出演名取祐子二宮さよ子藤真利子かたせ梨乃西川峰子⚫︎あらすじ戦前の吉原遊郭・中梅楼に、八百円で売られて来た久乃(名取祐子)は「若汐」と名付けられる「寒いから抱いて」は男の喜ぶ殺し文句なんだよと教わる厳しいしきたりや先輩遊女たちのいじめに耐えながら成長し、やがて美貌と教養を備えた花魁「紫」となる一方、時代の変化とともに遊郭の世界も衰退しつつあったそんな中、吉原を未曾有の大
「おさらばえ」ー籠から解き放たれた瀬川太夫。最後の花魁道中皆様、こんにちは。今日は、昨日までの春日和はどこへやら、一転して冷たい春の雨の降る1日となりました。恒例の週末お楽しみということで、大河ドラマ「べらぼう」を視聴しました。ネットの関連情報などで、今回の放送分で瀬川太夫が吉原を出て行くのは知ってはいたのですが、実際に見てみると、予想以上の見ごたえがありました。やはり
NHKの大河ドラマ『べろうぼう』を見てて何となく遊郭吉原に興味が湧いて、図書館へ行って、吉原関係の書籍を何冊か読んだ。その中の一冊にこんな文章があって興味を惹かれた<吉原で働く遊女のほとんどが貧しい家で育ち、食べるために家族を助けるために遊郭へ売られてきたような身の上なのだがでも中には、本当に男好きで男に抱かれたくて来る女性も中にはいるのだ>その文を読んで、ふと思った毎日、さまざまな奥様のブログを読ませていただ
みなさま、こんにちわさくらゆかりですさて、今回は浅草に行ったので、隅田川の景色が眺められるすみだリバーウオークを朝方歩いてきました恋人用の鍵隅田川にもあるんだ大河ドラマ館のつづき…ドラマ展示を見終って、別ブースのお土産コーナーたいとう江戸もの市へ寄りました。お土産コーナーなんですが、飾りものが必見ドラマ館を出る前に、スタンプ台があるのを発見5回重ね刷りのス
今年のNHK大河ドラマ「べらぼう」は、江戸時代の吉原遊郭が舞台だ。その為、吉原の花魁が、国民から注目を浴びている。明治時代、吉原で最も有名だった花魁を、若紫という。若紫は、明治15年に、武家の娘として生を受けた。本名は、勝田信子(かつたのぶこ)と言った。出身地は浪速(現在の大阪市)であった。明治31年、17歳の時に、吉原遊郭・角海老屋で、働くようになった。若紫という源氏名は、紫式部「源氏物語」のヒロイン紫の上の幼い頃の名から、付けられたという。若紫は少しすると
吉原炎上『吉原炎上』(よしわらえんじょう)は、1987年公開の東映映画。主演:名取裕子、監督:五社英雄。吉原遊廓に生きた女たちの生き方を本格的に取り上げた初めての映画といわれる。花魁5人の悲喜を描く。テレビでも複数回放映され高視聴率を記録している。(テレビ朝日の日曜洋画劇場や深夜枠など)。名取をはじめ、かたせ梨乃、西川峰子、藤真利子ら、当時の有名女優の大胆なヌードシーン(特に名取と二宮さよ子のレズビアンシーン)があったことが大きな話題を呼んだ。1998年には新橋演舞場にて、映
大河ドラマ館見学後、来観者専用無料循環バスに乗って吉原方面へ🚌期間限定でオープンした「江戸新吉原耕書堂」。吉原に特化した観光案内やお土産品の販売を行っています。店内はなかなかの賑わい。花魁の高下駄の現物などみることができましたよ。この日から販売を始めたという吉原細見のレプリカは6600円!強気な値段ですが、買う人はいるのでしょうか。吉原大門跡見返り柳吉原神社吉原神社前の逢初桜蔦重、平賀源内のお墓参りは次回大河ドラマ館を訪れた時に。ちょうど江戸新吉原耕書堂前に到着したバスに
今年の大河ドラマ「べらぼう」では吉原が描かれている。落語好きにとっては頭の中にしか存在しない絢爛たる世界が、実際に映像で見られるなんとも有難いドラマだ。横浜流星の蔦重はもちろん、渡辺謙の田沼意次や安田顕の平賀源内も格好いいが、小芝風花の花魁道中には及ばない。時代によってその豪華さは増していくが、花魁の髪型や帯の変遷なども興味深い。基本的にNHKの美術さんと時代考証は信頼しているので、受信料など惜しくはないのだ(笑)。「二階ぞめき」という落語は、女郎は買わず吉原を冷やかして回ることが好きな若旦
お店で働いてた頃の話。いまだに「え、あれ何だったの?」と首をかしげる出来事があります幽霊?妖怪?それともただの私の幻覚?(※寝不足の副作用説も濃厚)その日、営業終わりの深夜0時過ぎ。私は個室で一人のんきに帰り支度をしてたんです。すると―スッ……と何かが電球の灯りを遮った次の瞬間、黒い影がサッ!と背中に覆いかぶさってきて……うおぉおおおおおおおおおお!!!!!!……って。叫んだのになぜか出てきたのは女の子の悲鳴じゃな
ブーツのソールがはがれてしまって修理を相談に吉原のワイルドウイングに外観は普通なんだけどブーツを脱ぐときにかかとを引っ張ったらぱっくりとソールもあまり減ってないのにショック【ワイルドウィング公式】オンラインショップ<本革・バイクブーツ>バイクのライディングに適したライディングシューズを販売中。良質な本革ブーツや完全防水のレインブーツまで幅広くラインナップしております。ソールから自社で開発しているので、バイクに乗りやすくなりオススメです。winglove.co
蔦屋重三郎の妻になる人物として『べらぼう』で描かれる人物は、耕書堂が日本橋通油町に移転する前に同地で版元をしていた丸屋小兵衛の娘・ていとされています。では、史実においての蔦屋重三郎の妻はどのような人物であったのか?と言えば何もわかっていません。ただ、蔦屋重三郎の墓碑に蔦重が亡くなるときに妻女を呼んだことが書かれているため、この時に妻が居たことは間違いないのです。この妻女と思われる人物は、本屋の娘であったとも、吉原の遊女(もしくは芸者)であったとも、普通の町娘であったとも言われていて、蔦屋