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今日もお天気がよく、暖かい1日でしたね🔆今日は、お寺の仏花を3箇所入れ替え、お寺でご法事もあり...夕方疲れたなぁ...と思ってると娘ちゃんより電話があり「母の日だから皆んなで晩ごはん食べに出ようよ!ご馳走するよ」きゃー、嬉しいでも、、、「ごめんねー、今日お花買いに行った時、お刺身買って帰っちゃった」ガッカリしていると、「お花でもいい?」と聞かれたので本当は花より団子なのだけど、今日はお花にしました🌸「枯れると寂しいので、小さなポットの鉢植えにしてね」とお願いをし
今日の東京都心は、昨日の猛暑日から一転、涼しい気候となりました。この曇り空からも、わかるでしょうか。最近、この角度からの当日写真がお気に入りです今日も蓮がきれいです✨白色白光✨赤色赤光✨では、お参り後は法話を聞きましょう今日の御講師は、昨日に引き続き、群馬県富岡市蓮照寺の松岡満優師です。※青字は松岡師の言葉の要約です。<死ぬ事を楽しみに>皆さん、今日もお参りですね。なぜ、ここに今、座りですか。それはね、阿
暑っだんだん暑なって来た。もうTシャツで十分になってきたやん。・・・へ?ハイっドーンっ!デカっ15cm近くあるど。頭ベシャいだった。南無阿弥陀仏。またムカデの季節やわ。広い工場でムカデが這うててもなかなか気づかんような気がするけど、不思議と気配のようなものを感じ取るのだ。もしかしたら俺は真剣白刃取り出来るかもしれへんど。・・・今日はそこまでやる仕事は無いわ。また気になってた植え替えでもしよ。家から金鯱と、メダカの鉢の草を持って来た。・・・植
住職はこの言葉に20歳で出遭った。意味も分からず感動した。安心した。この言葉はこれは歎異抄の中の一文である。歎異抄の説明もいるので後日説明とします。意味は「念仏をしていると何も妨げられず安らかな心で生きていける」ということである。「無礙」とは妨げのないことです。つまり念仏する者は何も妨げられないということ意味しています。念仏に出遭えば無敵である。妨げとは欲や迷信,存在もしない現世利益のために信心,存在しない天神等,心を左右する自分に都合の良いものに翻弄されることが
今日の東京都心は、雨のち曇りでした。湿度はありますが、猛暑日からは少し解放されて有難いです今日の蓮。お参り後は法話を聞きましょう。今日の御講師は、群馬県みどり市西福寺の阿部信幾師です。※青字は阿部師の言葉の要約です。<前世・現世・後世>まずは、親鸞聖人と弟子の唯円の有名なエピソードをお話します。親鸞聖人と弟子の唯円との問答を記した『歎異抄』の一文です。ある時、親鸞聖人が唯円に「私が言うことを信じるか」と尋ねたのですが、
法然上人の御生涯⑥です。法然上人が、比叡山で本格的に学問を学ばれた時のお話です。本文:久安三年十一月八日、勢至(のちの法然上人)は髪を剃り落とし、法衣を着て、戒壇院で大乗菩薩戒をお受けになった。あるとき勢至は、すでに前から願っていた出家を果たしたので、今は隠遁して草深いやん忠に逃れたいと思っていることを、師匠の皇円阿闍梨に申されたところ、皇円は、たとえ隠遁の志があっても、まず天台三大部とその注釈書、合計六十巻を学習して後、思いを遂げるがよいといさめられた。そこで勢至は、「私が世俗
新年おめでとうございます。昨今は、タイムパフォーマンス、コストパフォーマンスという言葉を略して、タイパやコスパという言葉が若者を中心に流行っているようです。できる限り時間を節約して、またお金を節約したいというのは悪いことではないと思います。しかし、総てをそれらの基準で考えてしまうのは良くないのかもしれません。法然上人のご法語に問う、本願の一念は、尋常の機、臨終の機に通ずべく候か・答う、一念の願は、二念におよばざらん機のためなり。尋常の機に通ずべくは、上一形を尽くし、の釈あるべからず