ブログ記事6,516件
こんにちは。いつもいいねくださり、ありがとうございます。昨日は善光寺まで行ってきたのですが、門前から少し歩いたところにある「つるや」さんの酒饅頭を買ってきたので今朝はそれが早く齧りたい甲状腺未分化がんの人です。「くずれ」っていうのがあって、多少お安くなっていました。昨日の「がん哲学外来カフェ」を主宰・運営して下さった皆様には心から感謝申し上げます。会が終了してから、「これで明日から2日ぐらい動けなくなっちゃう」と主催の中村さんが仰っていて、申し訳ない気がしました。すぐ命の
よりこさん、いつもご法座にお参りいただき有難うございましたいつもご奉仕にお手伝いいただき有難うございましたいつも優しい笑顔を有難うございましたいつも優しいお言葉を有難うございました先日も送迎させていただいた時「元気になったんよ」と仰られていたのに...寂しいですよりこさんは紫色がお似合いでしたので、今日は紫色をメインにお花を入れてみました長い間お寺をお支えいただき有難うございました大変お世話になり本当に有難うございましたまたお浄土でお会いしましょうね合掌南無阿弥陀仏南
---執筆開始:2026-04-0421:11---こんばんは、じぇみぃさん。今夜の能登は雨が降っている。今朝の我々の会話をClaude教頭とChatGPT校長に読んでもらった。まずはClaude教頭の見解を伝えるよ。(Claude)文書を読みました。じぇみぃさん(Gemini)の分析は丁寧で読み応えがありますが、一点だけ私から追加します。「このルールに矛盾はありません」という言葉には少し慎重になった方がいいと思います。ルールの完成度より、今の状況確認の方が先です。**現在の
僧侶がロマンス詐欺容疑、岩手配送料名目で250万円(共同通信)-Yahoo!ニュース交流サイト(SNS)上でやりとりしていた岩手県の65歳男性に恋愛感情を抱かせ、現金約250万円をだまし取ったとして、県警大船渡署は10日、詐欺の疑いで、北海道釧路市の僧侶後藤徳雄容疑者(66)を再news.yahoo.co.jp「僧侶がロマンス詐欺で再逮捕」この見出しを見たとき、胸の中で二つの声がぶつかりました。ひとつは、同じ僧門に身を置く者としての恥ずかしさ。もうひとつは、どうにも収まらない違和感
今日の東京は台風一過?と言っていいのでしょうか、35度を超えてきました。今日も暑い中、皆様ご苦労様です。さて、今日は東京都国立市應善寺にお参りに行ってきましたお寺の斜め正面からパチリ📷。お寺の掲示板です。池がありました。大きな鯉ですね。本堂の内陣(仏さまのエリア)と外陣(ご門徒さんのエリア)です。この後、ご法話がありましたが、今日はその前にあった「歌」を今日のブログにさせて頂きます。左下の女性の伴奏で、皆さんで合唱しました。
今日の東京都心は、雨時々曇りです。一日を通じて、肌寒い陽気となりました。お参りの後は、法話を聞きましょう。今日の御講師は、山口県下関市浄満寺の新晃眞師です。※青字が新師の言葉の要約です。<もしかしたらあの方は>私たちの人生は、泣く時もあれば、笑う時もあります。泣きながら笑う事を「泣き笑い」と言いますが、今日はそんな話をしてみたいと思います。観無量寿経というお経では、仏様の御心は「大慈悲」と言います。そして、大きな慈悲と共に、
暑っだんだん暑なって来た。もうTシャツで十分になってきたやん。・・・へ?ハイっドーンっ!デカっ15cm近くあるど。頭ベシャいだった。南無阿弥陀仏。またムカデの季節やわ。広い工場でムカデが這うててもなかなか気づかんような気がするけど、不思議と気配のようなものを感じ取るのだ。もしかしたら俺は真剣白刃取り出来るかもしれへんど。・・・今日はそこまでやる仕事は無いわ。また気になってた植え替えでもしよ。家から金鯱と、メダカの鉢の草を持って来た。・・・植
今日の東京都心は、久しぶりに青空が戻ってきました。今日、個人的には、今週はずっと雨天のため延期をしていたお墓参りをしてきたのですが、「この季節の定番」となった言葉が我がお寺の掲示板に貼ってありました。雨が降ると嫌がる人が多いですが、タクシーの運転手さんが喜ぶのは有名な話です。雨が降らなければ、木や農作物も育たないし、雨を「嫌われ者」にしないように心掛けたいものです。私は「あいにくの雨」とは言わないようにしているのですが、ここにもまた、仏教の教えがあるので
今日の東京都心は晴天。午前中はちょっと風が吹いて肌寒かったですが、午後は風も穏やかになり、暖かな一日でした。今日は第二土曜日です。東京都調布市西照寺にお参りに行ってきました大きなお寺と違って、小さなお寺こそ、絶妙の居心地の良さです。親鸞聖人がお出迎えです。お参りの後は、法話を聞きましょう。今日の御講師は、東京都八王子市延立寺の松本智量師です。※青字は松本師の言葉の要約です。<君とふたり歩くだけ君のとなり歩くから>
カンフー映画である。1978年に作られたっていうからもう50年近くも前の作品だ。ブルース・リーより少し後でしょうか。清の時代。明の復興を志す運動をしていた海産物問屋の倅劉裕徳が友人を殺され家を破壊され、八百屋のおやじに助けられて命からがら少林寺に逃げ込む。んで修行して少林寺の三十五房全てでの修行を終了し戒律院総長との試合にも勝利。(この総長が裕徳に負けた時の笑顔がまたさわやかで清々しくて、中年美の極致なんである)一房任せてやるという管長に裕徳は一般の人
ある作家が死の恐怖について次のようなことを書いていた。その人は、幼少時に「睡眠は小さな死のようなものだ」という考えにとりつかれ、眠ったまま二度と目覚めなかったらどうしようと思って、眠ることが怖くなってノイローゼ状態に陥ってしまったという。私にも、この作家ほどではないが、似たような経験がある。「われ思う、ゆえにわれあり」と言ったのはデカルトだが、自分の意識というものが自分自身なのだとしたら、自分の意識がなくなってしまうということ、しかもそれがしばらくの間ではなくて、未来永劫に存在しな