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箱根大涌谷からバスでお宿近くの停留所で降りました。行きは激混みの上り坂でしたが帰りはスイスイあっという間に着きました。少し坂を登るとお宿が見えてきました。マイユクール祥月なぜか入口横に勝海舟邸灯籠通常15時チェックインですが今回は14時のプランです。娘との旅行はひたすら歩いていろいろ見て回りますが今回はお宿でまったりです。楽天やじゃらんの売れた宿の盾がたくさんありました。箱根のお天気、運行情報手作り感がとてもいいです。お部屋は六階でした。広いツインルームです。こ
静岡市歴史博物館へ「明治維新と静岡」展を観に行って来ました。
さ~て、先日、大分県の佐賀関で大きな火災が起き、大きな被害が出ましたね。先ず、被害者にお見舞い申し上げます尚、その大火災の折、幕末で活躍した寺院として、徳応寺の名を耳にする機会がありました。以下、『おおいた市観光ナビ』に公式ホームページに掲載されていた内容を転載させて頂きます。また、主旨が変わらない程度で、小職が書き換えています。初代の名通上人が15歳の時、父親・順信と共に船で門司に向かっていたが・・・風波のため、佐賀関の古宮に上陸、古宮のお宮に参拝し、名通上人
プログ更新が滞りがちで申し訳ない。夏コミケから冬コミケの間は短く、すでに冬コミケ新刊原稿の作成に入っているのです。なので、今後も滞りがちになる予定であります。とはいえ、数ヶ月間放置というのも問題だなぁと思うので、今日は戊辰戦争の際に徳川宗家が恭順姿勢を保ったことで幻となった江戸城籠城戦について書いてみようと思います。↑江戸城天守台跡江戸城籠城戦が行われたと仮定した場合、かなりの高確率で小栗忠順が考えた作戦が実施されたと思われます。大河ドラマの主人公に選ばれたことで、徐々にブー
かつて勝海舟は日清戦争で勝って大喜びしている日本人を見て「兄弟喧嘩で勝って、そんなに喜べるものか」と評したそうですが、産業革命以降科学技術を発展させながら資本主義経済を世界に拡大してきた西欧諸国の実力を評価しながらも、清国内に大麻を持ち込んで大国を破綻に導いた英国の手口も知り抜いていた海舟は結局日清戦争で漁夫の利を得たのはどの国だったのか見抜いていたのでしょうちょっと前まで黒船襲来で植民地化一歩手前まで追い込まれた日本が同文人種の国の清の植民地化に手を貸した事に複雑な気持ちを抱いたはずですな
幕末の薩摩藩士、益満休之助。上野で待っていた彼の運命とは、本当はどんなものだったのか。この小説では、彼が上野で生きていたという話だった。益満休之助は上野で生きていた。同じ薩摩人に彰義隊と間違われて撃たれ、山岡鉄太郎に助けられ命をとり留める。顔を狙われたから、知り合いさえ益満休之助と気づかない。自分が益満だと言っても信じて貰えないし、薩摩藩士に戻る気も起きないし、いろんな辛い葛藤はあるものの、自分でも益満休之助を葬ることにした。医者になるため猛勉強し、中江篤介と出会い
35年前の1990年(平成2年)12月30,31日、日テレ年末時代劇スペシャル第6弾「勝海舟」放映。主演田村正和、田村亮のWキャスト。3年ぶりに主題歌が堀内孝雄になり、シリーズ初の2曲(「プラトニック」「青春でそうろう」)に。本来は田村正和が全編勝海舟を演じる予定だったが、田村正和の体調不良で後編は弟の田村亮に。全くの偶然だが1974年のNHK大河「勝海舟」と同じ事態に。なお田村高広も勝海舟の父親勝小𠮷で出演し三兄弟共演に。流石に6年目となりマンネリ感は否めなくなったが見所は多かった。
今日も、命の危険を感じるくらいの暑さです。ゲリラ雷雨でも我慢するから雨降って欲しいなぁ~今回も、赤坂氷川神社の続きです三の鳥居奥に、楼門と社殿が見えています濃いピンク色の桜花びらが落ちて、萼だけがたくさんついていました。何度も書いてますが、3月ですからね~庖丁塚赤坂は料亭が多いので、供養するために大きな庖丁塚が境内にあります。何となく包丁の形に見えるのが面白いと思います。狛犬さんいろいろな大きさの狛犬さんがたくさんいます躍動感のある狛犬さんは私の
こんにちは、皆さん。勝海舟の生涯を手がかりに他人に流されずに生きるヒントを探し続けている、歴史大好き社労士でシニア未来サポーターの山路貞善です。では早速、続きを始めましょう。話をわかりやすくお伝えするため、前回の内容を一部振り返りながらお話します。【海軍伝習と二重の約束】勝は江戸で軍艦奉行としての職務を果たす日々を送っていました。長州藩との戦いで勝利をおさめられなかった幕府は、陸海軍の軍事力の充実を図る必要から陸軍はフランス、海軍はイギリスの指導を仰ぐこと