ブログ記事2,519件
昨日、午後小田原と別れる前にまず御幸の浜でけなげに咲く浜昼顔の別れを告げに行きました。その近くに偶然見つけた伊藤博文胸像。海岸の裏の小路にひっそりと佇んでいました。そばに「滄浪閣旧址」と書いた石碑があり、ここに伊藤博文の別荘があったことがわかりました。ちなみに「滄浪閣」は関東大震災などで壊滅、後に大磯に建てられ、そちらは現存しているようです。さて、名残惜しいけれど、小田原を後にして東京へ。昨夜は一晩中w太郎の怒りの鉄拳を受け、眠れませんでした・・。寝不足でひどい顔だ
極子「ここが外相官邸?って、ふつーに井上家じゃん」武子「お前は……なんか用事か!」極子「作者がオチが思いつくまで引っ張ることになって。だったら、あたしの出番がいるかなーって」武子「生憎と不倫担当相を置く予定はないぞ。音楽も繁子ちゃんがいるので間に合っている」極子「ほら、今はロシアとかイギリスとか国際状況が不安定だし。ウメちゃんみたいなエリート留学生に打開できる局面じゃないかなって。打たれ弱いみたいだし」綾子「一理はあるけれど?」極子「こういう場合、首班は家柄のよいあたしが適任じゃない
1,鹿鳴館の仮装舞踏会事件朝ドラの鹿鳴館時代は多分、、、終わったらしい。捨松ちゃんはまだ出るのか?さて、鹿鳴館最大の汚点となったのは「仮装舞踏会事件」です。以前、このブログで「明治女性内閣」をいうのをやったのですが(中途半端で止まってますが)、その戸田極子回で取り上げてあります。明治女性内閣⑦明治女性内閣誕生明治20年4月20日に仮装舞踏会「ファンシー・ボール」が開催。ぶっちゃけますと、ただの淫らな無礼講です。実はイギリス公使が開いたのですが、これが伊藤総