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(三)宗教哲学の研究は、釈迦の時代に始まる。釈迦の研究の最高峰は、法華経である。法華経においては、ごく簡単にこれをいうならば、宇宙に仏という境涯の実在があり、われわれにおいても仏になりうると断定し、仏の境涯をさとりえたる人格の出現は、いっさいを仏にせしめんとするにある。しこうして、この仏の生命は永遠であり、したがって、これを信ずる者の生命も永遠であるとし、その永遠の生命を感得した者が仏である。しこうして、仏という生命を感得すれば、人生最高の幸福生活をなしうるのである。その仏の生命
罰論罰ということばは仏教用語である。このことばを現代語でいうならば、『反対価値』というべきで、われわれの生活に不幸を感ずる現象のことである。この現象が、われわれの生活にあらわれたとき、罰にあたった、罰をうけたと称するのである。すなわち、反対価値とは美の反対たる醜、また利益の反対たる損、また社会に損害を与える現象たる悪をいうのである。この悪、損、醜なる反対の価値が生活の内容となるときを罰の生活と称するのである。さて、信仰生活にしろ、不信仰生活にしろ、人が生活する以上
(二)科学と相反せず、しかも科学的にして、実験証明のともなう、論理的な宗教が世界にただ一つある。最高にして純粋なものだ。その宗教の哲学の対象は何かというに、生命である。人間の生命・あらゆる物の生命・社会及び国土の生命・否進んでは大宇宙生命を研究対象としているのである。しこうして、その宗教は、大部分、人間の生命に、研究の度を置いているがゆえに、いかにせば、われわれは、幸福な生活を送りうるであろうかという点に重きをおくことは、科学と同様である。科学が、純粋の真理を求めつつ
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