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2026年4月26日人に与える喜びこそ大きい。自分の為にするのではなく常に人の為にという事を心がけて行動していたほうがより大きい喜びを得られる。それが利他の道。自らの欲に準じて動くのではなく純粋に人の為にと自然に動く行動こそが尊い。我々はいつもそなた達を見ておる。全て解っておる。そしてともに行動しておる。光輝ける未来の為に常にそのことを心がけて動くべし。〈お知らせ〉質問などは下記メールあてにどうぞ光の祝言、光の柱について
バァバは今日はお仕事…会社でいつものラジオを聴いていたら…何の話をしていたのかもわからないけれどフッと耳に入った言葉…人の為と書いて「偽り」と読みますでは自分の為と書くとしたら何になるでしょう?ん…自分の為と書く言葉…ちょっと思いつかないけれど…人の為…偽り…そうだよね…ママはパパのコトを最後まで庇っていたけれど…それは本当は偽りだったんじゃないかなぁ?なんて…自分の為に生きてほしかったなぁ…って思うよ…
『呼吸を意識すると自分自身である意識が見えてくる。』『基本に戻って呼吸に意識を。』『自分の考え方は自分で決める。』『あなたが認識しているものは全て存在している。』『「思考とはエゴである」を思考するのはお…ameblo.jpおはようございます。呼吸を意識することについて最近は改めて考え直しております。呼吸を意識すると、その呼吸自体に注意が集まります。呼吸はまず、吐くから始める。吐くことにより良くない思考を出します。そして、自然に吸い込みます。吐くから吸い込める。これ
自分が病気だと、他人どころではなくなります。「徳を積めと言われても、体が健康でないと何もできません」と言われる方が殆どだと思います。重い病気や貧困や不遇は徳切れを起こした状態です。運命を変えるためには、徳積みしかないのですが、体や気の弱っている人、すでに病気を患っている人、自分の運命に悲観している人、自分の殻に閉じこもっている人、実際のところ、他人どころではないと思うのが当たり前だと思います。しかし当たり前のことをやっていたのでは、いつまでたっても今の状況から抜け出す
同じ場所、同じ時間に生まれた人が居て、付けられた名前も同じだったら同じ人生を歩むはず?!でも、同じ人生にはならず、片方は物凄く幸せ。片方は幸せではない。この違いは何だと思いますか??それは、德を積んでいるかの違いなのです。それほど人が知らないとこで良い事をしている陰徳は、全てを越えて人を幸せにしていくのだそうですこの徳は今
2026年4月21日世の中は三次元的に自我で生きておる者、多少気付いておる者、そして自らの為ではなく人の為の人生を歩みだしておる者いろいろおる。それぞれの成長過程故にそれはそれでよい。いつかは気付く。身近な人の死であったり病気であったり、悩みであったりして躓けば躓くほどいろいろな事柄で気付く。本人にとっては辛いことや悲しいこと。有ってはならぬこと。じゃが、実は魂の成長の為の出来事。越えれば超えるごとに成長を遂げる。更に、その出