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昨日は奨学金申請締切日朝イチで京都新聞へ書類を出しに行き旦那への書類も送り後は愛の不時着をまとめて観る主演の俳優さん、吉村知事と似てるよねしかし韓国ドラマは長いまだ5話も残ってる昨日サラッと書きましたがパート先のコーヒー、豆を補充する際に何粒か落としてしまう事があり拾ったらブンブンやった、って事があって適当に掴んだらびっくりするこれから暑くなると店内は虫だらけコオロギの合唱が聞こえる季節
ふぅ~~私にとっての怒涛の“春”がやっとこ終了…。子どもたちの誕生日、上から、6月、4月、4月。毎年、子どもの誕生日に『誕生日絵本』をプレゼントしています。母作の手づくり絵本です。内容は…子どもがふと発したひとことからお話を広げたもの。親から子どもへの願いをこめたもの。などなどいろいろですが、とりあえず、誕生日が来るたびに、ひとり1冊プレゼントに混入させてます。なので…春、超忙しいです。絵本制作。1冊作るって、そう簡単なもんじゃないんです。3人目の息子が生まれてすぐから、神
こんばんは京都市は不思議な街です。関西で一番貧乏なのに、いつも工事ばかりしています。そして、工事費が当初見込みよりも膨れ上がります今日(4/28)の京都新聞朝刊の18面(地域市民版)の「ぐぐっと京都」コーナーに、「『存在感薄い?知名度低い?』でも、それがいい!山科に住む隠れた魅力『一度住むと長いのが山科です』。人とのつながり、高い利便性(JR・京阪電車・地下鉄、高速道路)。山科区の高齢化率が30年以上トップだった東山区を抜いて市内トップとなり、京都市が若年層呼び込みへ本腰。
ひとり親家庭に向けた返済不要の奨学金が、企業や団体から出てまして狭き門なんですが申請してます。あすのば子どもの貧困対策センター公益財団法人あすのば子どもの貧困対策法成立から満2年を迎えた6月19日に、子どもの貧困対策センター「あすのば」は設立・誕生しました。『調査提言』『中間支援』『直接支援』を活動の三本柱として、活動に取り組んでいます。www.usnova.orgあすのばさんは次女が大学に入る際、一度通りました。5万円の奨学金がいただけました。(今回は通らず)ローソン「夢
例祭の模様が京都新聞で紹介されました。滋賀・高島大荒比古神社「七川祭」(2023年5月4日滋賀県高島市新旭)滋賀県の湖西地域で随一の馬祭りとされる「七川祭」が5月4日、滋賀県高島市新旭町安井川の大荒比古神社で営まれた。縮小した昨年に続く実施で、今回は新型コロナウイルス禍前の規模に戻り、多くの人でにぎわった。5月4日,在滋賀縣高島市新朝日町安水川的大荒彥神社舉行了被認為是滋賀縣湖西地區最好的馬祭的七川祭。TheNana...youtu.be
兼ねてより準備していたまちおこし京都新聞にもとりあげられました🥹たくさんの方が関わりここまできました当日はGW中ということもあり混雑が予想されますのでお気をつけてお越しください今日からラストスパートで準備‼️では続く一度試してみたい、飲んでみようと思う方はBASEからのご購入になります美味しい(実入り)月桃茶poweredbyBASE沖縄から毎月、新鮮な月桃茶を仕入れています。
今年の旧暦・端午の節句は5月30日。5月22日(月)に食事に行った料亭・菊乃井本店のお玄関に、古式端午の節句飾り「檜兜」が飾られていました。古式端午の節句飾り<檜兜>「檜兜」は皇室の男児の初節句に飾られ秋篠宮家悠仁親王さまの初節句にも誂えられたとのこと。2000年に京都文化博物館の「京の五節句」展でも展示されていましたが檜の薄い皮で作られ、なかなか立派です。吉徳コレクションにUPされている写真によく似ていますが有職故実に基づく節句飾りを作られるたのは京都でしょう
https://news.yahoo.co.jp/articles/701e3dacc0d0fb7dca5cdae55d672139ccd94c0b被害者の地元、京都の地方紙、京都新聞も社説を遅まきながらだしました。まぁ、被害者は地元、京都の漬け物屋さんですから、これに蓋するわけにはいかなかったでしょう。既出の社説を焼き直した感はありますが、地元新聞が書かないと、地元京都市民から叩かれますさかいに。京都市出身の現役、OGは何をおもうのだろうか?
おばんです!GW後半始まりました。梅田の地下は、人でいっぱい。あたしゃ、仕事ではや足。かき分け、かき分け…(笑)これも、日曜日まで続くんや。お疲れ✋💦京都新聞拡大です。ジュリーはなにしてんのか?GWやけど…料理作ってそうな…(笑)買いもん行ってネギ買うて…腕ふるってそうやな❤️楽しそうに🎵知らんけど・・ピー先生ブログ更新瞳みのる『「過去の遺産オムレツ、Ohー猛烈」』20230503.悠々
今回は、京都の近代を語る上で、記憶に留めておくべき一人の人物についてご紹介します。かつて1960年代の終わり~80年代前半にかけて、京都市民の間で知らない人はいない、ある有名人がいました。その名も「河原町のジュリー」。誰が名付けたか、当時国民的大スターであった、沢田研二さんの愛称ジュリーにちなみそう呼び始めると、瞬く間に京都中にその名は知られるようになりました。「あの頃、河原町のジュリーがいたよなぁ・・・」昭和40年代生まれより上の世代の人たちは、今でもそう呟くことがあります。何故彼