ブログ記事1,355件
今ジョナサンに来ています修理のため車のディーラーへ行くまでの時間調整のために寄りました。節約のためランチではなくクーポンを使ってコーヒーゼリーを注文しました。今日は丸一日休みですすごくいいお天気で朝から簡単に洗車をしました。そのあと面接に行きました。スーパーの惣菜部の仕事です。今は履歴書不要なところも多く筆記用具のみ持参なので気楽でした。ここに決まってくれれば安心です。面接後にお墓参りをしてお線香をあげてきました🙏そのあと三嶋神社⛩️さんへ参拝させてもらいまし
『『建布都神社』出張の合間の神社巡り阿波徳島編~吉野川から舵を取れ~』『『建嶋女祖命神社』出張の合間の神社巡り阿波徳島編~土の女神と出雲の神々~』『『勝占神社』出張の合間の神社巡り阿波徳島編~古代海人族の聖樹~』『『金山神…ameblo.jp↑のつづき。さて、タケミカヅチを祀る建布都神社を後にして次の神社へと向かう。車で10分ほど走らせた。徒歩なら40分以上かかっただろう。ここは素直に文明のリキに感謝。この素晴らしい景色。鳥居の向こうには、ワタシが最も大好きなアノ神
『『高忍日賣神社』出張の合間の神社巡り愛媛編~ウガヤフキアエズ誕生日秘話~』『『惠依彌二名神社』出張の合間の神社巡り愛媛編~常世の国とスクナビコナ~』『『二つの伊豫神社②』出張の合間の神社巡り愛媛編~ホツマツタヱのイヨツ姫~』『…ameblo.jp↑のつづき。さて、愛媛県の次は高知県でのお仕事。土佐高知の神社を記事にする前に、とってもとぉーっても重要な話を先に記事にしておきたいと思います。仕事で様々な土地に行く道中、電車やバスの中で必ず読むのは各地の風土記。釈日本紀には
摂津国一之宮の坐摩(いかすり)神社です。「坐摩」とかいて「いかすり」と読むのは、土地や居住地を守る「居所知(いかしり)」が転化したといいます。けれども地元では、「ざまさん」と呼ばれているようです。摂津国一之宮というと住吉大社もそうなのですが、ここはかつて住吉大社の末社だったという説もあり、関係は深いようです。創建も、住吉大社と同じく、神功皇后(じんぐうこうごう)によるようです。三韓征伐の帰路、坐摩神(いかすりのかみ)を祀ったのがはじまりといわれています
『『金山神社~立岩神社』出張の合間の神社巡り阿波徳島編~八咫鏡の生まれた町~』『『王子神社』出張の合間の神社巡り阿波徳島編~猫神サマと根子神サマ~』『『朝宮神社』出張の合間の神社巡り阿波徳島編~猿田彦、瀬織津姫の川へと至る~』『『…ameblo.jp↑のつづき。さて、鍛冶集団の聖地多家良町を後にしてバスで10分、「勝占支所・ガラススタジオ」で下車。徒歩で徳島市勝占町を歩く。向こうに見える形の良い山。あそこが今回の目的である。勝浦川水系『多々羅(たたら)川』を渡る。多々
私は龍さまと相性がいい!と勝手に思っているのですが(笑)めっちゃワクワクしながら『神旅行くよ〜✨』と気合い入れて家を出たら…!えぇ〜〜⁉️なにこれ〜〜‼️なっが‼️こちらの龍さまが導いてくださるのね🐉と、この日1つ目のミラクル✨今回、魂友ちゃんと行ったのは、茨城県下妻市にある【大宝八幡宮】⛩(※応神天皇(誉田別命))詳しい情報は神社ネタの方でそのうちお伝えしたいと思いますが、こちらは金運アップ⤴️で有名な神社です。またまた金運アップ神社⛩(笑)お金さん💴大好きなので❤️(笑)
『『土佐国二宮朝倉神社』出張の合間の神社巡り高知編~事代主の后と赤城山~』『『高忍日賣神社』出張の合間の神社巡り愛媛編~ウガヤフキアエズ誕生日秘話~』『『惠依彌二名神社』出張の合間の神社巡り愛媛編~常世の国とスクナビコナ~』『…ameblo.jp↑のつづき。さて、朝倉神社での参拝後、高知市街で仕事。歩いている途中、思わず立ち止まってしまった。『河田小竜生誕地』❗河田小竜は、坂本竜馬に当時の世界の情勢を語った人物。竜馬の先生である。偶然、こんな重要な場所にたどり着いた
【菊と稲荷】の始まりの物語はコチラです→『プロローグ。』<あらすじ>『怖いと思われている稲荷の誤解を解いてほしい』その言葉と共に、六甲山の高取神社で「神様」という存在に、接続してもらった私。前からついていたという高野山の清高稲荷大明神さまの子狐眷属の姿も確認できるようになり、奇妙な共同生活(?)が始まっていた。***『西宮神社講員参拝見学会』これは西宮神社の『本えびす講』に入っていると参加できるスペシ
急遽、書きます。ブログ再開は5月7日と言いましたが、りまりまさんのブログを見たら居ても立っても居られず〜なので今日ブログを書いて、明日お休みするということで宜しくお願いします!さてさて…今回、りまりまさんのブログを読んで「お!」と思ったのが、伊豆大島からやってきた波布姫鎮座の浅間神社になぜかインドの石像がある、というくだり。これを読んでビビッと来た!『【星の民】三島が繋ぐイの国とインドの記憶鬼子母神はインド由来伊豆はインド?阿波の三島の軌跡』道の駅尾瀬街道みしま
『『事代主神社』出張の合間神社巡り阿波徳島編~大物主と二柱の事代主~』『『建布都神社』出張の合間の神社巡り阿波徳島編~吉野川から舵を取れ~』『『建嶋女祖命神社』出張の合間の神社巡り阿波徳島編~土の女神と出雲の神々~』『『勝…ameblo.jp↑のつづき。さて、阿波市から吉野川を渡って吉野川市鴨島町にやってきた。吉野川市は元々「麻を植えた地」を意味する『麻植(おえ)郡』と呼ばれた。麻植の地名は阿波忌部氏の祖神天日鷲命が麻種を植えたことから名づけられたのだそうな。鴨島町の
神坐日向神社■表記*天日方奇日方命(アメノヒカタクシヒカタノミコト)*久斯比賀多命(「新撰姓氏録」による)*武日方命・櫛御方命・阿田都久志尼命・鴨主命(「系譜三輪高宮家系」による)■概要「先代旧事本紀」に都味歯八重事代主命(ツミハヤエコトシロヌシノミコト)の子とある神。◎都味歯八重事代主命が活玉依姫命の元へ通い生まれた子が以下の通り。*天日方奇日方命*媛蹈鞴五十鈴媛命(ヒメタタライスズヒメノミコト)*五十鈴依媛命*天八現津彦命(アメノヤアキツヒコノミコト)◎
奈良県天理市にある大和(おおやまと)神社です。創建は、第10代・崇神(すじん)天皇の世だといいますから、およそ2000年前ですね。この時代は、天災や疫病によって人口が半減するという国家存亡の危機だったといいます。そこで天皇は、祭祀によって治めるべく宮中で祀っていた天照大神(あまてらすおおみかみ)と倭大國魂(やまとのおおくにたま)を宮中の外で祀ることに決めたのでした。天照大神の御霊は、笠縫邑(かさぬいむら)に遷し豊鍬入姫(とよすきいりひめ)に祀ら
続きです。『楯崎神社*大己貴命は饒速日命~渡半島の祓いの神2~』続きです。『楯崎神社*神功皇后の伝承地~渡半島の祓いの神1~』前回の記事。『鬼門神・艮金神~祓いの神5~』続きです。『英彦山*大己貴神と宗像三…ameblo.jp続いて、楯崎神社のご由緒書、宗像姫の項。概要。<宗像姫>宗像三神は、天照大神と素戔嗚命の御子なり。田心姫神、湍津姫命、市杵島姫命は、沖ノ島、中津宮、辺津宮の三カ所に厳重に鎮座。奇瑞(*1)は、今も変わらず、今も昔も国
貴方の周囲に対して情に流されず、冷静に細かな配慮ができる穏健派で、幅広い知恵と「情報収集能力」があります。全部知っていたいという気持ちが大きなエネルギー源になります。偏りのない人生感を持ち、仲間やチームのために「助け合いの精神」で行動するため、周りから信頼がとても厚く、年上から信頼され、年下から慕われます。シュミレーションを通して考え、戦術を練る事を好みます。友人や仲間に対しては思いやりが深く、長く付き合っていきますので、抜け駆けや、仲間はずれを嫌います。堂々としているように見えますが
大和国葛上郡葛木御歳神社■表記記…高比売命その他、高姫、高照姫命等(本文にて詳述しています)■概要紀には登場せず、記に高比売命として記される神。出雲国や大和国の葛城地方で多く祀られ、「カモ族」が奉戴した神であろうかと。神名から「太陽神」として崇められていたものと考えられます。◎下照姫神と同神であろうとするのが趨勢ですが、こちらでは別神と捉えます。知名度は決して高くはなく、これまであまり研究のなされていない神ですが、大和葛城地方の開拓に携わった重要な神であると認識しています。
毎年、春分の日は太陽の道に居たくて檜原神社さんへ行く『2023.3.21桧原神社・龗神社、山ノ神遺跡』北緯34度32分の太陽の道にある神社で元伊勢の一つでもある桧原神社。おととし、昨年、と春分の日は桧原神社にお参りに来ていた。『春分の日桧原神社2022.…ameblo.jp『春分の日桧原神社2022.3.21』…思えば。昨年も春分の日は桧原神社にお参りさせてもらった春分の日はなんとなく太陽の道に居たくなる桧原神社に行くときはいつも大神神社に参拝させてもらったあと
天稚彦の物語が神武東征での出来事を基に創作されたのなら、気になる関係がある。それは、天稚彦の妻が味鉏高彦根神の妹「下照姬(高比賣命、亦名下光比賣命)」であるのに対し、饒速日命が長髄彦の妹「三炊屋媛(古事記では登美夜毘賣)」を妻としている関係性に全く重なる事だ。嘗有天神之子、乘天磐船、自天降止、號曰櫛玉饒速日命。是娶吾妹三炊屋媛、亦名長髄媛、亦名鳥見屋媛、遂有兒息、名曰可美眞手命。味鉏高彦根神が長髄彦なら、下照姫が三炊屋媛であり、下照姫を妻とした天稚彦は饒速日命がモデルとなる。
最初に謝罪いたします。ごめんなさい!表現に不快・不愉快・下品を感じたら、ごめんなさい。また、今回の“西宮神社・えびす様”の表現内容について発表をするか、少し考えましたが、やはり発表いたします。けして、“西宮神社・えびす様”を愚弄するものではなく、神社や神様が大好きなゆえ想像してしまいました。同じようなものが“猿田彦様や比良夫貝”にも有りましたが。改めて謝罪いたします。(クレームは有りませんでした)☆数日がたち、私は今の札幌の気候の様に、スッキリとそして清々しい
八坂神社(やさかじんじゃ)は斉明天皇二年(656年)に、この地に素戔嗚尊を祀る社殿を建てたことが起こりとされている。祇園感神院、祇園社、祇園天神などと呼ばれたが、明治元年(1868年)に八坂神社に改められた。祇園えべっさんの「三社詣」は、本殿・大国主社・北向蛭子社の三社を新年に参拝し、祖神(素戔嗚尊)・御子神(祖神六世孫)・孫神(大国主命の御子神)の強いご神徳をいただきます。御祭神:祇園社ーーー素戔嗚尊(厄除・災難除)大国主社ーー大国主命(良縁成就・家内安全
天河村から北上して御所市へ寄りましたずっと高い山が見えているのですが金剛山なのか葛城山なのか・・次の目的地は高鴨神社古代の名族である鴨氏の根拠地です朱色の鳥居をくぐるとすぐ左手に神池があり舞殿のような桟敷があります正面に見えているのは拝殿主祭神は阿遅志貴高日子根命(迦毛之大御神)事代主命・阿治須岐速雄命・下照姫命・天稚彦命京都の上賀茂神社や下賀茂神社はこの鴨氏ゆかりの神社で有名ですがこちらが総本宮にあたりますkam