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朝から階段を何百段上ったんだろう坂道もね・・・。三方を山に囲まれ平地が極端に少ない地形から斜面に家々が並ぶ「坂の町」として知られる長崎。車が入れないところもいっぱい。日々生活をしている人大変でしょうね先を元気に駆け上がる主人に「後どれくらい?」って何度聞いたことか何回か来たことあるけど毎回もう二度と行かないからねって言ってる気がする(笑)翌日筋肉痛まちがいなし長崎港を見下ろす高台の風頭公園の龍馬像。かっこ良いね薩摩藩や長崎の豪商小曽根家の援助をうけて坂本龍馬
先日来、高知への家族旅行について書いてきました。この中で、桂浜近くの「坂本龍馬記念館」の資料を基に、「坂本龍馬記念館にみる幕末の土佐藩海運」を書きました。今回も、この中から「亀山社中」について取り上げてみます。これまでの通説では、慶応元年閏(1865年)、神戸海軍操練所の解散に伴い、薩摩藩や商人(長崎商人小曽根家など)の援助を得て長崎の亀山(現在の長崎市伊良林地区)において「亀山社中」が結成され、当初は貿易を行い交易の仲介や物資の運搬等で利益を得ながら、海軍、航海術の習得に努め