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父の三回忌の法要を営みました。総勢16名で、とても賑やかなものとなりました。父は姓を継ぐ唯一の男子だったので、自分の子供、孫、ひ孫と、家族の数が増えていくことをとても喜んで、家族の絆を大事にしていました。皆んなが集まってくれるのは、父の人徳だと思います。私は前日に実家入りして、広間の掃除、仏壇周りの設営、お菓子の買い出し、お墓の掃除と準備におおわらわでした。法要後、皆んなはお墓参りに、私は時間的に次の会食までの時間の余裕がなかったので、一人残りお供えを各家族分に分ける作
私は毎朝毎夕、勤行(※)をするときに人生の師匠である池田大作先生と心で対話しています。本日はその池田先生の三回忌という特別な日を迎えました。これまで創価学園や筑波大学での学恩の師の訃報に接するたびに、その御恩を忘れず報いる誓いを込めて、ささやかな追悼文を記してまいりました(学恩を胸に抱きて)。とりわけ母校創価学園の創立者である池田大作先生は、学園入学前に始まり卒業後の今日に至るまで大きな影響を与えてくださった人生の師ですから、2年前のこの日ご訃報に接したときから、どうにかして先生の御恩と感
ふと気になったことがあり、調べてみました。ずっと、これまで法事で説法があって、毎回いい話で、わりと楽しみにしてました。説法とは、法事後の、お坊さんからのお話のことです。いつも、お経を読み上げて、お焼香をした後、お坊さんから、お話があり、それが心に残る、とってもいいお話だったんです。でも、今回、終了後に説法、法話がなく、すぐに、去られました。もちろん、それはそれで、そもそもお経をあげていただいたので、問題なく、七回忌が終了したのですが、これまで、法話があっ
29日は、義母の三回忌を塩釜で執り行いました。10時半に三兄弟(姉・弟・妹)夫婦と、義妹の姪のNちゃんの7人が、お寺に集合。お彼岸も終わり、平日だったので静かなものです。滞りなく三回忌も終わると、今は空き家になっている家人の実家に集合して一休み。義兄は家の中のガラクタを軽トラを借りて捨ててくれて、ちょっとがら~んとした感じがしました。そうこうしているうちに、時間になったので、法事会食を予約しているグランドパレス塩釜の和食処「汐彩」へ向かいました。葬儀や一周忌は、松島のホテルで、四十九日は、塩
夫の三回忌法要後のお返しの手配?配送作業が終わってホッやっとなんか終わった一応、返礼品とは言え、気を使いますそこまで考えんよっていう方もあるかもしれないけれど(実際、以前姉に言われた💦)一応、家族構成、好みなど法要に参加した親類は同じものですが遠方に住む、私の親類は御仏前(現金)を送ってくれたり、私が気を使かわないようにお供えを送ってくれたりお供えのみでも、目上の方から頂くのですから気を使うし、返礼品にも家族構成とか考えますデパートでまとめて購入して送ってもらおう
法事がやたら多い家うちの実家は、法事が多い家だった。一周忌、三回忌、七回忌。あとは色々(忘れました)とにかく、なにかと理由をつけて集まる。子どもの頃は「また法事?」という感じだった。親戚が来て、座敷に座って、お経を聞いて、そしてご飯。子どもにとってはかなり長い時間だった。⸻大人になって思う。あれは先祖供養というより、親族を集める仕組みだったのかもしれない。人は理由がないと集まらない。だから「供養」という理由をつけて定期的に集まる。ある意味、よくで
山梨県甲府市御岳町2041夫婦木神社の上社には、樹齢1000年といわれる栃の大木が「男性のシンボル」として祀られています。この霊木は、男女が参詣して祈れば必ず結ばれ、子宝の欲しい夫婦が揃って祈願すれば必ず授かるとされる霊験あらたかな結びの御霊木です。武田信玄公以来、和合・生産・繁栄・結びの神として崇められてきました夫婦木神社の上社には、樹齢1000年といわれる栃の大木が「男性のシンボル」として祀られ、古くから信仰されてきました。参拝の一般的な回り方としては