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モーリス・ベジャールとジョルジュ・ドンこの二人は実質夫婦だったのだと思っています。形などどうでも良くて、心が夫婦。ドンさんの最後の入院中、ベジャールは毎日病院に通い、ドンさんの病室にはベジャール用のひじ掛け椅子が置いてあったそうです。そして、ドンさんが亡くなった後のベジャールはかなり憔悴しきっていたという複数の人達の証言がまた、取材でドンさんのことを訊かれても、話したがらなかったり、逆にドンさんの事ばかり話したり。10年経った後の取材でも「この10年、ドンのことばかり考えている」
ジョルジュドンのこと㉙で書いたベジャールローザンヌのDVDに出てくる「恋する兵士」ですが最初に映っていたのは日本人の那須野圭右さんという方で、その後ドンに映像が変わります。ドンに変わって一気に感動するのですが、先ほど見ていたら、そういえば体型的に以前youtubeで見た「恋する兵士」の学生さんのような方??と思って再度、youtubeを見たらその動画は小林十市さんのようでびっくりしました(kjuichさんがあげてそのコメントから)。最初に見たときは、バレエを志しながら、芽が出ない
ベジャールは常識人なんだけど、個人の自由な部分では桁外れに枠を飛び出しちゃっている人両性具有の素晴らしさについて語る性別の枠歴史上の人物でも「友達だ」と信じている時空の枠(ベジャールをよく知らない人がベジャールの自伝を読む時には時空のごちゃ混ぜに迷ってしまうのではないだろうか?)黒人差別が強い中、自分の先祖に黒人の血があることを喜ぶ民族の枠東洋思想に惹かれながら、それを捨てずにイスラム教に改宗する思想の枠(禅を学んだベジャールとドンさん)あらゆる枠をこえちゃってる。「黒人の遺伝子は
少し前ですが、昨年の12月にスイスに出張に行ってきました。スイスのフランス語圏のローザンヌという街で、ここには2004年と2005年にも訪れたことがありました。当時追いかけていた美しいダンサーが所属しているカンパニーの本拠地がローザンヌだったのです。(過去のブログ2022年6月27日『神様GPS』をお読みいただけると詳細が書かれております💦)約20年ぶりに訪れるローザンヌは、関東近県の柄の悪いヤンキー駅っぽい雰囲気が抜け、少し洗練されていましたが、やはりとても静かなところでした。羽田からパリ
※2019年10月24日に投稿したブログを加筆修正したものです。『愛と哀しみのボレロ』ラストのボレロシーン⚠️ネタバレ含みます⚠️『ボレロ』のシーンは最後に持っていくと提案したのはベジャール……成長したセルゲイ(ジョルジュ・ドン)の登場シーンで、ドンの輝くばかりのアポロ的なものを観せておいて最後の最後に、思いっきりディオニソスなドンを………ドンさんの観せ方をよくわかってる20世紀バレエ団の男性ダンサー達総動員しかしこの写真では、ベジャールの左右にいるミシェル・ガスカールとジャ
ドンさんに話しかけている女の子は誰でしょうか?後で書きますね。『愛と哀しみのボレロ』劇場上映再び!この映画の最後のボレロは圧巻です。ドンさんの役のモデルは、亡命に成功したルドルフ・ヌレエフです。エッフェル塔の前たくさんのエキストラヘリコプター撮影のために許可された時間は限られている。撮影前には雨が降り、気温はとても低いベジャールが「この寒さではドンは踊れない。踊れたとしても上手く踊れないだろう」と、心配するほど。ドンさん、カメラテストかな?みんなもいます。圧巻のボ
9月、NHKプレミアムシアターで放送されたものを録画し忘れたので、U-NEXTで観ました。どれも大好きな作品ばかりです(≧▽≦)『火の鳥』出演:マチュー・ガニオ、フロリモン•ロリュー不死鳥が現れる部分は感動![EXTRAIT]L'OISEAUDEFEUdeMauriceBéjart(MathieuGanio,FlorimondLorieux)DécouvrezleprogrammeMauriceBéjart,jusqu'au28mai2023
31日は忙しいので30日のうちに下書きをしておきましたら、31日の紅白歌合戦にクィーンが出演したのでびっくりしました🤯このブログ、なぜかこんなシンクロがちょくちょくあります。ベジャールさん、お誕生日おめでとう🎂生きていれば97歳です。私のこのブログを99歳以上の方も何人か読んでくださっているようで。ベジャールさんと同年代なんですね、読んでくださってありがとうございます。バレエフォーライフ1991年の11月にフレディ・マーキュリーが45歳で、92年の11月にジョルジュ・ドンが45歳で
なかなかレンタル屋さんにも動画配信サービスにも無くて、観れてなかったのですがやっと!クロード・ルルーシュ監督が、1968年フランス冬季オリンピックを撮影した記録映画の中の20世紀バレエ団登場シーンを観れました。『白い恋人たち』北海道のお菓子の名前ではありません(人*´∀`)。*゚+若き日のドンさんelviaje1968,JorgeDonnBalletdelsigloXX"13joursenFrance"isaFrenchfilmfr
※2020年7月28日に投稿したブログを加筆修正したものです。今年2023年の12月2日はマリア・カラスの生誕100年だったそうです。リアタイで知らない人であり、オペラも全くわかりませんが、マリア・カラスだけは時々聴いています。🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀ベジャール「え?タイトル、どーゆー意味?」ちょっと!その前に、ベジャールさん!最近知ったんですが、ジル・ロマンって、子ども時代にお父さんを亡くしているようですね。やっぱり、親絡みで何かありそうと思っていました😓ベジャールに対して、師としての
※2019年10月23日に投稿したブログを加筆修正したものです。⚠️ネタバレ含みます⚠️『愛と哀しみのボレロ』リハーサル中のベジャールとジョルジュ・ドン戦争が終わり次の世代の活躍が始まります国に妻がいるカールの子を、彼に知らせず産んだエブリーヌその娘エディット母は亡くなり、父を知りません婚約者がいるパリに向かいましたが、その婚約者は迎えに来ませんでした収容所から生きて返ったアンヌは、子どもを探し、かつて赤ん坊を置いた場所に通い続けます何十年間も娘エディットの存在を知らぬ指
ドンさん、お誕生日おめでとうございます。本当の誕生日が25日で戸籍上は28日。この2月28日は、ニジンスキーと同じ誕生日になるらしいのです。ニジンスキーの誕生日は3月12日なのですが、ロシア旧暦では2月28日になるのだそうです。それを知って自分でも計算してみましたが、よくわからず。でもドンさんがアルゼンチンでそう話して、しかも「気にいっている」らしいので、きっとそうなのでしょう。ニジンスキーを愛していましたからね。生涯で2度ニジンスキーを熱演したし。アルゼンチンで電撃的に結婚しち
2019年11月22日に投稿したブログを加筆修正したものです。今日はジョルジュ・ドンの御命日です。亡くなったのは1992年、45歳。🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀ベジャールの自伝②の中の、何度読んでも泣いてしまう箇所「11月30日、月曜…。ドンはその晩の7時から8時の間に死んだ。冬だった。暗かった。私が彼の腕を握りしめているうちに、彼は息絶えた。私は、迎えにきた車に乗って、今すぐ病院に行くようにと言われたのだった。ドンは左手の小指に、私の母の婚約指輪をしていた。それは、私が以前彼に託したの
*2020年10月17日に投稿したブログを加筆修正したものです。🍀🍀🍀🍀🍀ベジャール作品、71年版『ニジンスキー、神の道化』この作品の写真は数多存在しますが、その中でもこの1枚は、よくぞこの一瞬をとらえてくれたと思っています。すごい……ですね、完璧あらかじめしっかり構図を考えぬいた絵のような……。ベジャールは20代でニジンスキーの手記を初めて読んだ時、感動はしたものの、特にそれ以上、真実をさぐる気持ちにはならなかったそうです。理解できないものがあったからだそうです。(この辺はフラ
ベジャールが振付を担当し、ジョルジュ・ドンが出演した映画『愛と哀しみのボレロ』が、再び劇場上映されます。前回のブログで、1人で1役演じたのは、この方だけであるかのように書きましたが、完全なる違いでした😅(ブログ訂正済み)よく考えたら、リタさんやカラヤン夫婦、グレン・ミラー……戦争を生き延びた人達は、ずっと1役です。フランスで出版された、映画の撮影の記録本。ドンさんは、バレエ関係者で父親役のボリスとセルゲイの二役。ボリスは戦争へ。倒れたドンさんの顔に積もっていた雪はスプレーだそうで