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※注・このエントリのアクセスが多く、かつ酒本氏のポストが消えていたので魚拓のリンクにスクショを追加しました。高市は自身の著書、高市早苗の熱い風(1994年、飛鳥新社)で子供の頃、日本人に酷くイジメられた経験を書いている。石を投げられた、教科書を隠された。日本人にいつしか強い怨みを持つ様になった。仕返しの時が来たのだ。一重は二重にし、顎のライン、鼻も変わった。https://t.co/RRHnJTWdj6pic.twitter.com/O1lomhMrw9—酒本正夫(@Sak
🚨すごい!イラクが超大型タンカーでホルムズ海峡を通じて200万バレルの原油を輸送したばかり。これはDECADESぶりの同種の作戦だイラクは今、自前の超大型タンカーを購入したいと考えている。OILが大幅に急騰している。基本的に戦前レベルの流量に戻りつつあるフェイクニュースはそれが不可能だと言っていた。続けろ!トランプが勝った!🇺🇸https://x.com/ericldaugh/status/2106704952395464793?s=46&t=r29yGK6HpIQtkCnKdaY2N
9月シルバーウィーク期間中に、トランプ政権に動きがありました。ホワイトハウスから大手メディアの追放劇、そして、米NYで開催された国連会議で、トランプ大統領と高市首相は何を語ったのか。これらに関連するニュースについてまとめてみたいと思います。大手メディアが追放かつて世論を牛耳った大手メディアの姿がホワイトハウスの記者室から消えた。フェイクニュースを垂れ流し続けたCNN、MSNOW、Politicoが締め出されたのである。CNNなどのホワイトハウス立ち入り禁止
昨日は、多くの方にフェイクニュースの恐ろしさを知って頂けたと思います。応援メッセージもたくさん頂きました。コメントもありがとうございます。チャーシー「ありがとうね!元気出る!」後編もご覧いただいたかと思いますが、改めて!刑事告訴した女性が実名で語る「SNSの誹謗中傷」。特定された2人の「犯人」、それぞれの言い分とは現代ビジネス(講談社)(後編)SNSで保護猫活動を誹謗中傷…犯人の言い分とはNPO法人ねこけんの代表、溝上奈緒子氏は昨年4月、SNS上の虚偽情報により400匹以
済州島で8月に4人の行方不明者の遺体が見つかり、「済州島は危ない」というイメージが広がっています。その中で済州島の犯罪率が韓国全体で一番高いことも報道され、さらにイメージを悪化させています。しかし、統計データを見ると「済州島が韓国国内で特別危ないというわけでもない」という話を前回書きました。↓前回の記事『済州島は本当に危ないのか②』済州島で8月に4人の行方不明者の遺体が見つかり、「済州島は危ない」というイメージが広がっています。その中で済州島の犯罪率が韓国全体で一番高いことも報道
最近、インスタなどSNSで見かけるこの看板が撤去されるというニュース。マジで????数ヶ月前に噂で聞いたときは、そんなことないでしょ、って気にしてなかったけどえ??この投稿はパロディ(ジョーク)アカウントによるもので、実際にハレイワの看板が撤去されるわけではありません。画像のアカウント「cnchonolulu」は、ホノルル市郡(CityandCountyofHonolulu)の公式アカウントを模した風刺・パロディ用のアカウントです。画像も合成またはAI等で作成されたジョーク
2013年武蔵野舟木組ブログからコンサート会場では、たくさんの花束や紙袋のプレゼントがファンから贈られるのだが、これがまた凄い。舞台の後ろに作られたプレゼント置き場が、みるみる埋まっていく。あれだけのプレゼントは、その後どこに行くんだるかなどと考えたりもする。舟木一夫のコンサートでの3大疑惑と言うのがある。口パク疑惑曲を歌いながら花束やプレゼントを受け取るのだが、前かがみになっても声が乱れることはない。その事から口パクではないかとの疑惑が生まれるのだが、そんな事は
「関東大震災での朝鮮人虐殺を否定する日本、百年前と何が違うのか」【インタビュー】:文化:ハンギョレ新聞関東大震災100年の「朝鮮人ヘイト」振り返る日本のジャーナリスト、安田浩一さん「地震はきっかけに過ぎない…差別と偏見が虐殺につながった下位階級の朝鮮人は殺してもよいと思っていた…日本は歴史否定表現の自由を最も保障されるべきは抑圧されている人々」1923年の関東大震災の朝鮮人虐殺を描いた絵巻。日本の古書店で見つかったもので、震災後に「淇谷」という名で大原弥市とい
アラカンはるかのブログにおいで下さいましてどうもありがとうございますこんばんは今日は、しとしと雨が降り何とも寒い東京ですさて、"スマホありき"の世の中になり人々は日々、大量の情報を手にすることができるようになりましたが巷の噂では、現代人が一日に受け取る情報量が江戸時代では一年分、平安時代では、何と一生分に相当するそうで!その根拠はよく分かりませんがインターネットが出現したころまだ元気だった義父が今で言うところの"ネットサーフィン"をして「とてもじゃないけど沢山