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9日の土曜日、名古屋に音楽療法の講座を受けに行ってきました。バイオグラフィーワーク仲間もたくさん出席していたしライアーの友人も来ていたので名古屋なのに地元にいるような心地よい時間を過ごせました。ドイツ語の詩を読んだりオイリュトミーをしたり星座のシンボルを描いたり盛りだくさんの講座でした。そして・・・笛を吹いたりシルクのワークがあったり。一体、次はどんなことが起こるのかな?とワクワクしました。講座が終わった後には友人とカフェに行っておしゃべりできました。
「真似なんてしていません!真似したいと思う人もいません!」それは「あなたなんか目指す対象ではない」という揶揄も込めた反論だった。昔、いわゆる「パワハラ上司」に遭遇したことがあった。「上手くいったことは自分のおかげ上手くいかないのは人のせい」を座右の銘にしているのではないか?という仕事ぶり(笑)とはいえ、それ以上に、愛すべき人間性の人だったし、決して嫌いではなかった。もちろん遺恨もない。ある時、お香典か祝袋か、記憶が定かでないのだが、とにかくそこに
序章:沈黙する宇宙の声を聴いた男ニコラ・テスラ(1856–1943)は、単なる発明家でも、科学者でもなかった。彼は「宇宙の振動」に耳を傾け、それを技術に変える“預言者的”な存在だった。彼が晩年に構想した「フリーエネルギー(無限自由エネルギー)」の夢は、科学的というよりは、神秘的・宗教的インスピレーションに支えられた壮大なユートピア構想であったといえるだろう。第一章:フリーエネルギーとは何かテスラの言う「フリーエネルギー」とは、単にコストゼロのエネルギーではない。それは、自然
発達障害の子育てって本当は「諦める」のが一番大切なんじゃないかな、そんなことを最近思う。子どもの成長を諦める、ということではなく「これをすればきっと発達するに違いない」とか「このエクササイズをすれば子どもがもっと落ち着くかも」という過度な期待をあまり持たない、ということ。期待を完全に捨てることなんてできません。親が子どもの成長を願うのは当たり前ですしね。けれど、それが強すぎると反対に親を苦しめることになるのですよね。特に発達障害の子育てにおいては。「何か変わるかな?
【オンライングループレッスンレポ】8月は、4年生のお子さんと手拭いで「あずま袋」を作った。🧵縫い終えて、畳み方を変えた瞬間に立体ができる不思議にみんなで感動✨その形を折り紙で再現したらおにぎり🍙のような三角の立体ができた。作った形の、面の形をよく見てみたり、面の数を調べてみたりした。お子さんたちの気づきの数々↓「全部、同じ大きさの三角形だ」「直角があるから"直角二等辺三角形"だね」「面の数は6個」「サイコロ🎲と同じだね」同じ形がそんな多面折り紙作れる!
🌿【55歳の誕生日】すべてが繋がり始めた日〜合気【愛魂】体験会と導かれるご縁〜🎂4月28日55歳の誕生日4月28日。本名さんの55歳の誕生日を迎えました。このタイミングで起きている出来事を振り返ると、ただの偶然では片付けられない、見えない流れの中で配置されているような感覚があります。四捨五入して還暦、僕がまだ若き頃、50歳以上の先輩達の声が身体に響きます(笑)▶︎宇宙名ハルさんのプロフィールはこちら『プロフィール本名と宇宙名』西島守彦/宇宙名ハル合氣【愛魂】探求家
娘はちょっとした痛みにも過剰に反応します。「本当にそれ痛いの??」って時でもクリーム塗って絆創膏貼ってとせがむ。この痛みへの弱さ、過剰な反応は「感覚処理の未熟さ」からくるもの。具体的に言えば内受容感覚が未発達であるということの表れです。内受容感覚はシュタイナーの12感覚の生命感覚。身体の中で感じるお腹がすいた、痛い、寒い、熱いといった感覚が内受容感覚です。自分の内なる感覚、といってもいい。内受容感覚(生命感覚)が過剰だと自分の感情や体の痛みを
シュタイナーのカルマ論――カルマの開示1910.5.16~28の連続講義訳:高橋巌氏1996.1.20発行(上記画像)*2015.6.10発行の新装版もあります前回は、こちらの著書の「アーリマンとルツィフェル」の概要を中心に記載させていただきました。今回は、「転生に関連するカルマ」の概要を簡単に紹介させていただきます。人によっては、受け容れるのが難しいと感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、ルドルフ・シュタイナーの解説に沿って紹介させていただきます。■
トイレ用スリッパは、玄関に置かれたら悪になる2000年前に行われたゴルゴタの秘儀人間イエスの肉体に受肉した神キリストは、痛み・孤独・迫害…など、人間としての苦しみを体験し、死を迎えました。死から復活までの3日間、キリストは死後の世界を訪れます。当時、知的になったことにより、霊的視力を失った人類は、死後の世界で目覚めていることができなくなりました。ですから、人類にとって、死後の世界は暗く、寂しい闇の世界として体験されるように。ホメロスの『オデュッセイア』にある「