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エリザベス女王の「秘密の番人」、のっぽのポールの物語。|Culture|madameFIGARO.jp(フィガロジャポン)エリザベス2世にとって、いなくても困る人はいなかった。ただひとりの男を除いて。その人は「のっぽのポール」の渾名を持つポール・ウィブルウ。女王に40年間仕えた、お気に入りの従者だった。女王から打ち明け話をされることもあった彼の横顔を紹介しよう。この投稿をInstagram…madamefigaro.jp女王のために独身を貫いた侍従の方のお話インスタのショート動画では寝室
4日連続で、チャールズ国王とカミラ王妃は、ウィンザー城から競馬場までのパレードの先頭馬車に乗車しました。お二人の競馬顧問であるジョン・ウォーレン氏と、競走馬オーナーとして有名だった故ハリド・ビン・アブドラ・アル・サウード王子の息子であるサウード・ビン・ハリド・ビン・アブドゥッラー・ビン・アブドゥルラフマン・アル・サウード王子も同乗しました。(以下サウード王子と表記します)サウード王子は、サウジアラビア王室の著名な一員であり、国際的なサラブレッド競馬界の重要人物であり、世界で最も成功した競走馬
9月19日の午前、秋篠宮皇嗣両殿下は、万博の為に来日中のバーレーンのサルマン皇太子と、長男のイーサ王子と面会されました。19日午前、秋篠宮皇嗣殿下邸にてサルマン皇太子が、成年式を終えた悠仁親王殿下に「いつか会いたい」と希望したことから、悠仁さまも急きょ懇談に加わり、歓談されたそうです。悠仁親王殿下も加わり、記念撮影悠仁さまのはにかんだ笑顔が初々しいですそして同日、同じく午前。。。イギリスのエドワード王子御夫妻が、
来る5月14日は、ケイト・ブランシェットの56歳の誕生日です。(1969年5月14日生まれ)それを記念して、ケイト・ブランシェットの作品を紹介しています。(過去の投稿の再掲となります)■ケイト・ブランシェットは、1969年5月14日に豪メルボルン生まれました。父はテキサス出身のアメリカ人、母はオーストラリア人。地元メルボルン大学で美術史と経済学を専攻したのち、国立演劇学院で演技を学び、舞台へ進出。1993年シドニー劇場批評家協会賞で史上初の新人賞と主演女優賞同時受賞。19
美智子皇后のフルムーン旅行に関しては当時、そう呼ばれていたので私は否定しません。ご自分で調べたらよろしいかと思います。小説の中で后宮については、その行動などははしょるつもりでおります。が、1993年9月に始まった「皇后バッシング」はタイミング的に誰かがしかけたものだとはわかります。しかし、正直昭和の後期、つまり香淳皇后のおでましがなくなってから常に「皇后代わり」を務めていたのは美智子妃殿下で。その言葉の権力というか、皇太子を後ろだてにしてかなりの強権をふるってただろうことは想像がつきます
今日は都内散歩・散策のお話です。先週末、日曜日のお昼前。私は東京・赤坂にある迎賓館見学に出かけました🚶(東京・赤坂迎賓館の本館)迎賓館をざっくりご紹介すると、内閣府所管の施設で、洋風建築の本館と和風別館からなり、そこで海外の要人をお迎えして、歓待する場所なんです🏛️今回私は、事前に見学の申込みを済ませ、和風別館と庭園、本館を見学すべく、見学会に参加しました(ちなみに洋風建築の本館だけであれば、事前申込みなしで無料見学可能ですよ❗️)そんな見学会の手順ですが、まずは参加者は西門から入館
ご覧いただきましてありがとうございます・:*+.🫖英国好きな主婦のゆるりとした日常をティータイムやお得な情報とともに綴っております2022年よりうさぎさんとの暮らしについても時々発信しておりますよろしくお願いいたしますこんにちは⑅◡̈*Ameliaです✿NHKで新しく始まった番組『その時世界が動いた』月曜午後10時〜そう、あの番組の続編的な⁈『その時、歴史が動いた』世界のその時はあなたの今につながっている。というコンセプトだそう第一回のテーマはエ