ブログ記事1,929件
国王と王太后の退席を合図に、大広間の奥の扉が開かれた。侍従たちの案内のもと、列席者たちは隣接する迎賓室へと順に進み、宮殿の夜は次の歓談のひとときへと移っていった。高い天井から吊るされた幾つものシャンデリアは変わらぬ光を降り注いでいたが、張りつめていた空気は少しずつほどけ、弦楽四重奏の穏やかな調べに重なるように、グラスの触れ合う澄んだ音や人々の談笑が、夜の宮殿へ再び華やぎを取り戻していた。それでも、その夜の視線が集まる先は一つしかなかった。王自らその名を呼び、グランチェスターの名を公に認めた
港には、薄い霧が漂っていた。春の終わりの海風は、岸壁に並ぶ人々の薄手の洋服の裾を静かに揺らしている。巨大な客船がゆっくりと汽笛を鳴らした。低く長い音が海へ溶けていく。甲板の手すりに寄りかかりながら、キャンディはゆっくりと遠ざかるアメリカの海岸線を見つめていた。シカゴ。ポニーの家。アルバート。アニー。ステア。アーチー。パティ。たくさんの人たち。たくさんの思い出。嬉しかったことも。苦しかったことも。全部があの大陸の向こうへ残っている。けれど不思議だった。胸は痛むのに
快晴。朝のうちに公園に散歩に出た。まだ早い時刻だったが若者たちが大勢いた。陸上競技場で高校生の大会があるようだ。野球場からも選手の掛け声が聞こえてくる。堀の蓮は花が終わった。向こうに見える南葉山の方向に車を走らせた。コシヒカリの稲刈りもそろそろか。FMからピーターさんの紹介でロバート・パーマーが流れてきた。そのあとボニー・ブラムレット。知らない人だと思ったが「デラニー&ボニー」のボニーだそうだ。久しぶりにレオン・ラッセルの名前も聞く。フレディ・フェンダー「you’lll
それから十日ほどして、アルバートはシカゴへ戻った。長く留守にしていた執務室には、彼の帰国を待っていた書類がうずたかく積み上がっていた。そのほとんどに目を通し、必要な指示を出したあと、アルバートは二人の男を呼び出した。レイモンド・ラガンと、その息子ニールである。午後三時を少し回った頃、二人は執務室へやって来た。窓の外には薄い雲が広がり、四月半ばのシカゴの空は静かに冷えている。冬を脱ぎ捨てたばかりの木々が、どこか頼りない枝を淡い光のほうへそっと伸ばしていた。二人から少し離れた場所に、ジョルジュが静
五月七日。モンヒーガン島の春は、まだ少し頼りない。陽の当たる斜面には若い草が伸び、石垣のあいだから小さな花々が顔を出している。それでも海から風が吹くと、冬の名残が袖口から入り込んでくるのだった。「ほんとうに来てくれるなんて思わなかったわ」「ひどいな。大切なキャンディの誕生日じゃないか。何を置いても僕は来るよ」「だって……しばらくは、難しかったでしょう。仕方がないって、わかってはいたけれど」「そうだね。でも、いろいろなことがやっと片付いたからね。もう何も心配いらないよ」アルバートはキャ