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昭和のテレビアニメシリーズ今回は1960年代が終わり1970年代が幕を開けた僕が小学校に入学した1970年(昭和45年)からの出題になります。1970年に放送が始まったテレビアニメのラインナップはご覧の通り。個人的には知ってる作品と知らなかった作品が約半々くらい。この時代は一般家庭にほぼカラーテレビが普及したという事で殆どの作品がカラー放送で制作されていますが個人的にこの頃のテレビの記憶は1968年(昭和43年)から放送が始まったUHF放送を観るためのテレビコンバーターの設
今日の出品レコード。おぼたけし/あしたのジョー~美しき狼たち~A面「あしたのジョー~美しき狼たち~」作詩/たかたかし、作曲・編曲/鈴木邦彦B面「ローリング・ファイター(インストルメンタル)」作曲・編曲/鈴木邦彦A面は感動的なバラードB面はインストのグルーヴィーなジャズ・フュージョン~ファンク吉沢dynamite.jp氏+Chintam氏・監修の「和モノAtoZ」という和モノ・グルーヴのディスク・ガイドで紹介されていますA面は映画「あしたのジョー」主題歌
銀座の歌舞伎座に「さこんぬ」の襲名披露の歌舞伎を観にいった。昨年の夏、京都南座で彼の「かぶく」姿に一目ぼれして、静かに「押し活」よろしく応援させてもろうている。尾上左近、かわいい顔しているので「さこんぬ」の渾名で親しまれてきた。今回3代目尾上辰之助を襲名した。天真庵の常連さまで、その筋にクロく、大向こうをさせても天下一品の通の方がいて、今回は「襲名披露ですから、いい席をおとりします」ということで、おまかせしたら、花道側の「桟敷席」をとってくれた。ひとり2万円也。京都の暮れの「顔
🌺石垣島「林寛子&タケ・ウケタランチショー」昼の部レポート(2026年4月25日・南の美ら花ホテルミヤヒラ)4月25日(土)、石垣島の「南の美ら花ホテルミヤヒラ」で開催された「林寛子&タケ・ウケタランチorディナーショー」昼の部に、寛子さんの応援で行ってきました。寛子さんがタケ・ウケタさんと石垣でライブをされることは以前から伺っていましたが、浜田店長や撮影班の山本さんも行かれると聞くうちに、気持ちがどんどん高まり…気づけばショーのチケットを手配していただき、石垣島へ飛んでいました。
https://www.instagram.com/p/DRnY_MgE3uH/?igsh=MWsyejZ0NHEzOWRmaQ==makoshonInstagram:"「アニメのエンディングを聴くと胸が痛む症候群」アニメのエンディングは楽しいひとときの終わり#80年代#90年代#思い出#エッセイ漫画#実話漫画イラスト"4,010likes,204comments-makosh.4onNovember28,2025:"「アニメのエンディングを聴くと胸が痛む症
2025年10月19日第48回練馬まつり特別企画練馬文化センター大ホールで開催された『あしたのジョー』上映版&トークショーにいってきました。ゲストにジョー役のあおい輝彦氏とアニメーターの野口征恒さん。練馬区が主催なので500円という破格のイベント、大ホール1000人近い客数が3日で完売したとか。すごいです。会場に入る前に練馬駅中央北口すぐねりま観光案内所でジョーのマンホールカードをゲット。受付で「マンホールカードをください」と伝えると一人1枚無料でもらえます。練馬文化
なんとか描き終わりました当時気にかかっていたことがあって…男子に人気のあった『あしたのジョー』の登場人物の力石徹のお葬式が執り行われた事例に倣い、『ベルサイユのばら』のオスカルもお葬式をしたら?という話が一部で出ていたようです田舎暮らしの中学生にはとてもとても異世界の話すぎてどうすることもできませんでしたが…結局『あしたのジョー』クラスのものは行われなかったと思います後になって調べてみるとファン自ら自主発生的に行われたものではなく寺山修司発案
昨日の事だが、ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング2回目を観て来た。いや〜。2回目でも十分楽しい。潜水艦、飛行機でのアクションはハラハラドキドキで手に汗握る。トムクルーズはやっぱり凄い。前回時間が合ったのは字幕だった。今回の2回目は時間が合ったのは吹替。内容がちょっと複雑な所があるから、字幕の方が分かり易かった。これまで映画館で複数回観た映画は色々あるけど、1番回数が多かったのは1980年公開の「あしたのジョー」(歳がバレるね。笑)当時は入替制では無かったから2回