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1969年(昭和44年)7月に発売された園まりさんのカバーアルバム「恋のささやき」のジャケット写真です。1968年から1969年にかけてヒットした下記の楽曲12曲をカバーされています。4月12日に亡くなられた事が昨日、報じられた佐川満男さんの大ヒット曲「今は幸せかい」もカバーされています。園まりさんのムードに合った曲で、このアルバムの収録曲では「雨の赤坂」の次に好きな曲です。●ブルー・ライト・ヨコハマ(いしだあゆみ1968年12月発売オリコン最高位1位)●知らなかったの(伊
昭和歌謡1968年昭和43年年間オリコンチャートカウントダウン形式1)00:00乙女の祈り「黛ジュン」(1968/01/05)2)03:01ラブユー東京「黒沢明とロス・プリモス」(1966/04/01)3)06:01星を見ないで「伊東ゆかり」(1968/06/01)4)09:41雨の銀座「黒沢明とロス・プリモス」(1967/11/01)...youtu.be
1963年(昭和38年)6月に日本グラモフォンから発売された園まりさんの7枚目のシングル「赤い風車」のジャケット写真です。園まりさんにとって初めてのオリジナルの歌謡曲でした。「赤い風車」の作詞は天童よしみさんの「道頓堀人情」などが代表作の若山かほるさん、B面の「月夜の渚」の作詞は赤木圭一郎さんの「霧笛が俺を呼んでいる」西田佐知子さんの「アカシアの雨がやむとき」渡哲也さんの「くちなしの花」川中美幸さんの「二輪草」などが代表作の水木かおるさんでした。作曲と編曲は両面ともエミージャクソン
今日の1曲めはホント、思い出したの何十年ぶりだろ…、というほど忘れていました。曲名もバンド名も知らなかったのですが、60年代のヒット曲集みたいな、よくあるYouTube番組で偶然耳にして「ああ、なつかし~」と。フランク・ザッパは、演奏はもちろん彼自身のギターも好きで、かれのギターソロなら24時間聴き続けても苦痛じゃないなと思うほどでしたね。(笑)ロックの範疇に入る音楽家で、30歳を越してから夢中になったのは、ザッパだけとは言いませんが、少ないですね。その気
中村晃子の「虹色の湖」は1967年リリース彼女の7枚目のシングルで80万枚の大ヒットになったGS(グループサウンズ)の全盛期は1967年から1969年頃100組以上のグループがレコードデビューしたがその中でガールズグループは「ピンキー・チップス」の1組だけだコミカルなお色気バンドといった感じでGSと言っていいのかどうかよくわからないGSブームに便乗して歌とダンスのグループに無理やり楽器を持たせたそんなバンドだった
最近最も気に入っているのが黛ジュンのこの歌。霧のかなたに-Google検索www.google.com当時はビジュアル的にさほどタイプではなかったがこの年になると全く問題ないどころか十分すぎる。甘く粘る歌声にやられる。気になったので売り上げを調べたらなんと1万台!個人的にはミリオンでもおかしくないのに。ちょっと紆余曲折したこともあったようだが今も健在で自己所有のマンションの管理人に収まって平和にやっているようでファンとしても一安心。67年発売なので当然霧のカレリアザ・
こんばんは😃🌃1月16日の夕食はこちら⬇️ごぼうサラダ、トマト🍅、きゅうり🥒、ブロッコリー🥦、パスタ最近アップしたYouTubeから僕が歌う黛ジュンさんの「天使の誘惑」です🤭【SALE/30%OFF】FrancfrancディズニーVILLAINSNIGHT/アースラ/ルームスプレーフランフランインテリア・生活雑貨ディフューザー・お香・アロマオイル・キャンドル楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}【送料お得・まとめ買い×9個セット】クラシ
私はユダヤ教とかキリスト教とかでよく言う「安息日」の、「安息」というコトバが好きですね。「安心」よりさらに深く安らいでいる感じがします。こういう時に「息」という字を使っているところが体感的です。ところで自分が心身ともリラックスした状態かどうかを客観的に確かめたいときに、私は息を細く長く吐き続けられるかで判断します。なめらかで途切れない吐息を続けられたら安らいだいい状態。すぐに途切れ勝ちになる、落ち着かない吐息ならリラックスできていない状態。私の場合、前者なら血圧
坂本九。上を向いて歩こう。加藤和彦と北山修。あの素晴らしい愛をもう一度。はしだのりひことシューベルツ。風。はしだのりひことクライマックス。花嫁。はしだのりひことエンドレス。嫁ぐ日。尾崎紀世彦。また逢う日まで。黛ジュン。天使の誘惑。
今は夜は父に付き添って寝てるけど、父は深夜でもラジオつけっ放しで寝てるよっ♪毎晩「ラジオ深夜便」流して寝てるよっ♪今夜の3時台は「作家で綴る流行歌:鈴木邦彦作品集」だったよっ♪<セットリスト>黛ジュン「天使の誘惑」ザ・ダイナマイツ「トンネル天国」ザ・ゴールデン・カップス「長い髪の少女」黛ジュン「恋のハレルヤ」奥村チヨ「恋泥棒」内山田洋とクールファイブ「恋唄」西城秀樹「情熱の嵐」森田健作「さらば涙と言おう」朱里エイコ「北国行きで」しばたはつみ「合鍵」江利チエミ「酒場
3人娘は、美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみから始まって、スパーク3人娘(中尾ミエ・伊東ゆかり・園まり)、小柳ルミ子・南沙織・天地真理、そして花の中3トリオ(森昌子、桜田淳子、山口百恵)まで続いた。数ある3人娘の中で、もっとも色っぽかったのは?あくまでも私見に過ぎないが...それは、東芝3人娘だろう。小川知子、奥村チヨ、黛ジュン。松本隆の別れ歌、聴き比べ|十川ジャンマリどうも怪しい、彼には私以外に誰かいるらしい?そんな時、女はどうするのか?松本隆は
〈ひそかの季節〉を代表する曲を<月光のノクターン>と言ってしまえば、【無類十傑】のひとつなのだから当たり前で、話は終わってしまうのだが、この時期には代表に祭り上げたい曲が山ほどある。<悲しみのエース>もそのひとつ。私が知り得た何千何万の楽曲の中でも、ベスト50に確実に入ってくるだろう。フォーク調の曲というと案外軽く見る人がいるけれども、得も言われぬ味わいのある曲である。まだ蒸し暑い日があったりして、前期は多分に秋の気配を残しているのだが、後期となると気温が下がってくるなどで、前期に引き続
るそんべえです。1968年第10回のレコード大賞は、黛ジュンの「天使の誘惑」でした。この時、黛ジュンは、まだ19歳でした。私のイメージとしては、当時のレコード大賞といえば、ベテラン歌手というイメージがありましたが、こういった若い歌手も当時は多かったわけですね。で、実は新人かと思うと実は、16歳で歌手デビューは果たしているようです。事務所を移動したりして、この「天使の誘惑」でブレイクしたようです。この曲を主題歌にした映画にも主演で出ています。この時期の楽曲と映画のコラボはよくあっ
★全曲へのリンクリストは←こちら~~♪あのときあそこで…思い出の歌♪~~「夕月」とらカラNo.593作詞:なかにし礼、作曲:三木たかし、唄:黛ジュン、カバー:とらじろう昭和43(1968)年9月10日発売、黛ジュン5枚目のシングル。レーベル:キャピトル・レコード(東芝音楽工業)。作曲の三木たかしは黛の実兄である。~~♪お耳直しは↓↓↓」こちらでどうぞ。♪~~恥ずかしながら懐かしい昭和の歌を歌っています。よろしかったらお聴きいただけるとうれしいです。とらじろうのすべて
2月18日生まれの歌手越路吹雪奥村チヨ佐々木行(ダークダックス)J-HOPE(BTS)影山ヒロノブ中村一義ドギョム(SEVENTEEN)バーノン(SEVENTEEN)チャンミン(東方神起)オススメ曲は…SweetNothin'Records奥村チヨ「嘘でもいいから」1970年発売のヒット曲作詞川内康範作曲筒美京平奥村チヨ21枚目のシングルデビューが1965年だから5年間で21枚すごい~っと思ったら…この時代
https://youtube.com/watch?v=K4ZtJrLwdu0&feature=sharedアイドル歌手時代の1986年5月1日に7枚目のシングルとして発売。オリコン週間35位。TBS系ドラマ『花嫁人形は眠らない』の主題歌に起用されました。TBS系列で放送された音楽番組『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」(1986年5月29日)で初出演を果たしました。楽曲について、長山洋子さん本人はこのようにコメントしています。「黛ジュンさんの大ヒット曲のリバイバル・ナンバ
この面子でいったい何枚でているのだろう?東芝音楽工業所属の女性シンガーを集めた編集盤。10周年記念謝恩レコード、とあるが、なんの10周年か。これは1960年10月1日づけで東芝音楽工業が誕生してから10年ということ。ひとり3曲、全12曲収録。鈴木邦彦、いずみたく、なかにし礼なんて超一流の作家陣が紡ぐヒット曲の宝庫。プロの音楽だよなあ、歌い手さん(死語)みなうまい。あいかわらずこの時期の小川知子はかわいいし。音像がいいんだよ、この時期の日本の歌謡曲は。軽い12弦エレキ・ギターにニキ
恋狂い奥村チヨ嘘でもいいから1970💕恋泥棒1969💕恋狂い1970"Groove"CHIYOOKUMURAよそにいい人いないからあなたを追うのよそにいい人いないから追うのよいつまでもしつこいなんていわないで嘘でもいいから笑顔になって笑顔になってたまには頭をなでなでしてね黛ジュン、小川知子と「東芝3人娘」と称し、「ごめんネ…ジロー」(1965年)、「北国の青い空」(1967年)などをヒットさせる。1969年-1970年に発表して51万枚を販売した「恋の
今日1月11日はらじおんぱの日でした☆radikoでは聞きのがしても1週間以内は聴くことができます!ぜひ1度聴いてください!http://radiko.jp/share/?t=20240111200000&sid=OBC#radiko****************放送後に行こうかと思った、えべっさん。思い立って朝からお参りしました。福がきますように!というわけで、今週も穏やかに嫋やかに、お届けすることができました。****************「パルナスの歌/中
歌ネタもたまに入れないと〜Applemusicに「sing」という機能があり、歌詞が出るのでカラオケ可能という記事を読みました。ボーカルの音量を調節できるのでカラオケにもなるし一緒に歌う事もできる。バックボーカルやデュエットまで??すごすぎる!!Apple、AppleMusicSingを発表AppleMusicSingは、音節ごとにタイムリーに正確に表示される歌詞と、ボーカルの音量調節により、好きな楽曲に合わせて歌うことができる素晴らしい新機能です。www.apple.com
園まりさんと杉良太郎さんは1967年(昭和42年)12月9日に封切られた日活映画「愛は惜しみなく」で共演されています。原作は1967年4月から雑誌「ヤングレデイ」に掲載された川内康範さんの小説です。この小説を基に川内康範さんが作詩され宮川泰さんが作曲された園まりさんのシングル盤「愛は惜しみなく」が1967年8月に発売され大ヒットしたので、今度は小説を映画化する事になったようです。当時の園まりさんの後援会の資料によると10月から11月にかけて撮影が行われ10月15日から19日までは長
[¬º-°]¬しみしみうまか〜👏〜👏💡そだbreakfast🥢札でも有名純連すみれ?なまらうんめぇ〜〜〜っ🏪7ー11ઽᵃⁿから👛ってきてくれた。(⁎⁍̴̛ᴗ⁍̴̛⁎)化け✨️いいかな.。oO⁑͛🌀👚は2回目待ち2時間🦌寝とらんᜊﬞﬞᶻᶻᶻ.。oOたまらん𐤔𐤔しかし🎍普通普通普通🌈💕🎶日常🌈💕🎶なんか急に黛ジュン³•*¨*•.¸¸♬すきなのぉに歌ってるC𐤔𐤔覚えているからすごい自分👏によりいちばん?にばん?
2023年12月23日(土)はレディス3人とじじばばバンドの練習をしました。好きになった人・わたしの城下町・恋の季節・瀬戸の花嫁・二人でお酒を真っ赤な太陽・この広い野原いっぱい・やさしさに包まれたなら天使の誘惑・ルージュの伝言以上9曲です。前回の練習から追加したのが「天使の誘惑」です。黛ジュンさんの元歌を聞いてから練習をしました。こちらからのリクエストは黛ジュンさんを真似て歌わないでください。黛ジュンさんは甘ったれてねっとり歌いますが、これを真似
歌手で女優の黛ジュンさんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。黛さんには、苦労や家族縁に注意。逆境に陥る事もある。病難に注意。大成功か大失敗か極端。努力家だが、失敗や目上との関係に注意。といった暗示があります。引き続き黛ジュンさんの出生名、渡邊順子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。渡邊さんには、引き立てがあるが、無理をしない事。人の上に立つが、成功後は注意。努力家で人に好かれるが、陰陽の配置は、最凶。といった暗示があります。常盤英文です。皆の幸せを願います。また、どこかで。
ミニスカート黛ジュンさんといえば当時大胆なミニスカートで歌う可愛い子というイメージが私の中では強い。1964年に渡辺順子の名でデビュー。シングル3枚出すもヒットせず、1967年東芝音楽工業から黛ジュンと改名し「恋のハレルヤ」で再デビュー。ミニスカートと共にパンチの効いた歌声で一気に注目を集める。グループサウンズのブームと同時代に活躍したこととサウンドから、中村晃子さんらとともに一人GSとも呼ばれた。1967年2月15日発売このバックで演奏しているのはブラック・ストーンズといって当時数多くあ
音楽のカルチャーマガジン、レコード・コレクターズの2023年12月号の特集が「この曲のベースを聴け!日本編」GS(グループ・サウンズ)が好きな人達にとっては必見の内容もうすぐ次号(1月号)が店頭で入れ替わる頃なので、この表紙をみたら手に取ってみたほうがいいですね、、、この曲のベースを聴け!(日本編)の惹句では1960〜80年代までのGS、歌謡曲、フォーク、ロックなどから選ばれた数々の名演、それらからは日本の音楽におけるベースという楽器の使われ方など、欧米の音楽に影響を受け
皆様おはようございます。菅井隆行です。重要なことを言います。今日は父親の誕生日なので小柳ルミ子か森山良子を選ぼうと思いましたが、黛ジュンも聞いていたなあと思い出したので、乙女の祈りで祝おう。黛といえば黛ジュンか黛敏郎の両方浮かびます。私もどっかで好きな人と固く結ぶ女性いませんかねえ・・・。相鉄バスも1960、70年代女性歌手とくれば横浜営業所のいすずのバスになります。やばい撮影するする詐欺になっている・・・。
「砂に消えた涙」ミーナ1964年に発表。作曲:ピエロ・ソフィッチ作詞:アルベルト・テスタ。漣健児の日本語詞でミーナ本人が歌ったシングルが発売。数多くの歌手によってカバー。弘田三枝子、伊東ゆかり、ザ・ピーナッツ、黛ジュン、安西マリア、榊原郁恵さんなど。青い月の光を浴びながら私は砂の中に愛の形見をみんなうずめて泣いたのひとりっきりで・・・早速、聴いてみましょう。