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藤原定子と彰子はともに一条天皇の中宮となったが、定子がわずか25歳で没したのに対して彰子は87歳まで長生きした。定子と彰子のその後を詳しく見ていこう。定子は976年貞元元年、藤原道隆と高階貴子の長女として生まれた。そして定子は990年正暦元年、わずか14歳で3歳年下の一条天皇のもとに入内している。定子の母高階貴子は、高才と謳われた学者・高階成忠の娘である。高階家は没落貴族であるが、成忠は学問には優れ、そのため娘の貴子も漢詩文などにも造詣が深かった。貴子は、円融天皇に仕えた優秀な女房で
きょう土曜日から連休が始まりましたね。年中連休中のワタクシですが、友の会が祝日でお休みになったりとか、3B体操やフラのお稽古がお休みになると思えばなんとなくゆっくり出来るかなーと大型連休に相乗りです♪先週の木曜日になりますが、図書館利用者の連絡協議会の主催で、今回のNHK大河ドラマにちなんでの図書館員さんのブックトークと、防府市の学芸員さんによる講話で「光る君へ」に出演中の?清少納言が父の赴任先である国府周防に幼少期に滞在した、という…ムカシは海上輸送、清少納言も舟で都から周防国府に来た
拙著『古典の効能』の第4回読書会は明日4月28日(日)の開催です。テーマは「忘れたい失敗」。自分の失敗談を話すことで気持ちを軽くしたい人の失敗談を聞いてみたい失敗したときの心の整えかたを知りたいそんな方は、会場でご一緒いたしましょう。当日は私が講師と進行を務めさせていただきます。主催は版元の雷鳥社さまとなります。詳細・お申込みは以下をご参照くださいませ。-----------------------------------------------古典を参考
期間:2024/04/23〜05/09※GWチケット2024が必要星5武将のみ掲載呪)出雲阿国:歌舞伎の神髄呪)安倍清明:護国の陰陽師呪)芦屋道満:鏖尽の呪術師呪)望月千代女:窺見諜知の巫呪)清少納言:才華爛発の文呪)斎藤道三:弑逆の蝮蛇呪)橋姫:法界悋気の怨呪)斎藤小少将:紅顔翆黛の頂呪)明智光秀:弑逆の赫焉呪)南光坊天海:天下随風©コーエーテクモゲームス
暑くなったり、雨が続いて不順ですね💦シダだけ取り除いて放置、なぜかランタナが増えました😓そしてクンシランはまだまだ咲いています♪それでは、振り返りの光る君へ15)おごれる者たち初回放送日:2024年4月14日道隆(井浦新)は、強引に定子(高畑充希)を中宮にし、詮子(吉田羊)を内裏の外へと追いやった。二年後、一条天皇(塩野瑛久)は麗しく成長。道隆の独裁には拍車がかかっていた。伊周(三浦翔平)らに身内びいきの人事を行い、定子のために公費を投じ始める。道長(柄本佑)は兄のや
今回のドラマの中で描かれた都を襲う疫病ですが、「もがさ」と呼ばれる疫病だったと言われていますいわゆる天然痘(疱瘡)の類いで九州から感染拡大し、都に及んだのだそうです天然痘とは紀元前より、伝染力が非常に強く死に至る疫病として人々から恐れられていました治癒した場合でも顔面に醜いあばたが残るため、江戸時代には「美目定めの病」と言われ、忌み嫌われていたとの記録があるらしいですワクチン開発により1980年5月以降は感染者は出ていないと発表されていますただ、似たような病はありますよね私も子どもの
紫式部日記で清少納言の悪口を綴った後に悪口書いてる自分こそ将来がないわと嘆いているとか。動画で聞いた。かなりこじらせて葛藤したのかな以下は記憶を頼りに書いて想像してますよ。紫式部は宮中に入ったときに源氏物語を一条天皇に誉められて妬まれた。そんなに漢字がお得意なら漢文の先生におなりになれば?などと言われ、引きこもり半年くらい。それで1という字も知らないふり。定子のサロンは知識がある女性ばかり。あそこなら紫式部も楽しくやれたかも。でも彰子のサロンは違う。ひけらかしていると思われてはならない
2024年4月27日何となく成り行きで、NHKの大河ドラマを見ていたのです。今年は、紫式部がドラマの主人公だということは、繰り返しますが何となく成り行きで知っていたのです。で、こないだの回を見ていたら、いきなりこのヒトが登場したので吃驚しました。私の役者についての頼りない知識では、確かこの人は「ファースト・サマーウイカ」さんではないかと思って調べてみると、やはり間違いなくその人でした。「清少納言」の役なんだそうです。ふーん、NHKの演出もなかな
ご訪問ありがとうございます。前回の「光る君へ」は「香炉峯の雪」でしたね❗怒涛の展開でしたが、サロンの華のシリーズでは、清少納言のいる中宮御所に焦点をあてるので恋愛パートは記録にある史実じゃないので、素直に楽しみましょう(*´艸`*)そういえば、予告で斉信と少納言のびっくりシーンが一瞬映ったので、斉信はちょっと次回を見ないと書けない~💦ということで、今回は藤原行成(渡辺大知さん)が登場するエピソードに注目します!さて、まず「光る君へ」はドラマだから絵面が大事なので、仕方ないこととはい
元日の新聞に載った、着物姿の女性を見て、一瞬これは誰だ?と思いました。それが「光る君へ」の記事である以上、主演の吉高由里子だということはすぐに分かりました。平安朝の貴族階級の女性といえば長い髪を両側に垂らして額を見せる、ストレート伸ばしっぱなしの髪型と決まっています。それがなんか似合ってないなーという感じだったわけです。トリスのコマーシャルに出ている吉高さんを見てみると、まひろほど長くはないにしてもやはりロングヘアーですが、軽くウェーブがかかって自然な感じです。例の写真は
香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看る白居易大河「光る君へ」。今回、枕草子の有名な「香炉峰の雪」の場面が描かれました。やはりTVドラマという動画を見ると、自分の中でそのシーンが劇的に明確になるものですね。一条天皇妃、中宮(皇后)定子に、仕える清少納言。TVドラマでも、初対面にして清少納言は、定子の高貴さに、目が♡になります。時は993年。定子17才、清少納言27才。このことは、枕草子に書かれていることですが、高慢な清少納言がこの後定子に
みなさん、ごきげんよう🌷高松市飯田町岩田神社で孔雀ふじを観た後、『清少納言もブームです①木の花は、藤と牡丹@岩田神社(高松市)』みなさん、ごきげんよう🌷桜は散りましたが、花々が色とりどりに咲き乱れる季節ですねちなみに教養の高い殿方は「”花”、って国語辞典には何て書いてあると思う?」と…ameblo.jp鳴門市里浦町観音寺の牡丹祭りで清少納言の像に出会い『清少納言もブームです②牡丹寺の出会い@観音寺(鳴門市)』みなさん、ごきげんよう🌷岩田神社の孔雀ふじの次に『清少納言もブームで
弘徽殿は、平安御所の後宮の七殿五舎のうちの一つ。転じて、弘徽殿を賜った后妃の称としても使われる。皇后・中宮・女御などが居住しました。天徳4年(960年)の火災で焼失し、河内国司によって再建されました。しかし正暦5年(994年)と長保元年(999年)にも焼失。再建後、弘徽殿についての記録は13世紀前半まで残されており、内裏が廃絶されるまで存在したとされています。平安宮内裏弘徽殿跡の説明版がある住所は、京都市上京区東神明町297-1。説明板以外に史跡を示す石柱もあるので探しやすいと思います。◇
藤原隆家は兄の伊周とともに、藤原道長との権力争いの末、花山法皇に矢を射って流罪となった。藤原隆家の最期を詳しく見ていこう。藤原隆家は979年天元2年、藤原道隆と高階貴子の間に四男として生まれた。天下の「さがな者」とささやかれた中関白家の御曹司が藤原隆家である。さがな者とは「性悪者」「荒くれ者」という意味で、隆家は若い時は手に負えないやんちゃ者だったようだ。隆家は弓の腕もなかなかだったらしく藤原道長が書いた御堂関白記には次のように記述されている。「宮中行事の弓場始では権中納言がよく射た第
こんばんは~新年度もろもろありすぎ~~プラベでもいろいろ起こるし、職場も混乱してるしでストレスはコロナ以来のMAXに近い所まで来てますアーユルヴェーダサプリ飲んだり、散歩の時間を長くしたりでなんとか乗り切ってるけど、良くない感じのいっぱいいっぱいな自分をひしひし感じてます。仕事も含め、今週が終わるとそれらとしばし距離置けるから少し余裕も持てそうで、GWはゆっくり自分の体と心を解放させる何かをしないと、またコロナの時みたいに思考がダークサイドに行ってし
前回の予告で『映像で、あの有名なワンシーン『香炉峰の雪』を見ることができるの~?!』とテンション上がりまくった私なのですが…。確かに『香炉峰の雪』は美しく、その後に雪遊びをする一条帝&定子様の麗しいお姿、公任様、斉信君、行成くんのキャッキャする姿も可愛かったのですが…。(行成くん、道長のこと…そうだったのね(←え?私、鈍い?))それよりも今回は、道隆兄上のダメさ加減が、気になって気になって(-""-;)一条帝&定子様を中心にしたサロンで笛は吹かれ、琴は奏でられ、舞は舞われ。それはそれ
NHK大河ドラマ「光る君へ」源氏物語を書いた紫式部が主人公です。当時もっとも権力を持っていた藤原道長と紫式部の恋愛話というストーリーが斬新です。平安時代の記録はあまり残っていないので、もしかしたらそんなこともありえるかな?と思わせてくれます。藤原道長といえば、「この世をばわが世とぞ思ふ望月(もちづき)の欠けたることもなしと思へば」の歌で有名です。これは、権力の絶頂期にあった道長が、「まったく欠けている部分がない望月(=満月)のように、オレって完璧だぜ」
みなさん、ごきげんよう鳴門市里浦の観音寺の牡丹祭りに訪れ、清少納言の像に出会いました『清少納言もブームです②牡丹寺の出会い@観音寺(鳴門市)』みなさん、ごきげんよう🌷岩田神社の孔雀ふじの次に『清少納言もブームです①木の花は、藤と牡丹@岩田神社(高松市)』みなさん、ごきげんよう🌷桜は散りましたが、…ameblo.jp昼食を予定していた引田にも彼女の墓所があったりと縁を感じた私たちは、里浦の墓所を訪れてみました地図を見た感じ、すぐ近くなのかと思い歩いて行ったら、意外と距離があ
NHK大河ドラマ『光る君へ』脚本/大石静音楽/冬野ユミ語り/伊東敏恵演出/中島由貴×佐々木善春×黛りんたろう×中泉慧──────────────────────────────────────────お久しぶりの『光る君へ』です。「乱」とか「変」とか起きないと筆が進まない質なのをご容赦ください。待ってんですけどねえ、「長徳の変」まで今少しかかりそうですねえ…。そんなこんなしてる間にまひろと三郎は別れるわ(想定内)三郎が結婚するわ、然も源氏の姫二人と(史実)道隆んとこの息子・
『光る君へ』を録画で見ていたら…アタマが気になり始めた。清少納言初出仕の場面で軒のあやめが目に入って…。そこには初対面の中宮定子をまじまじと見つめ「キレイ〜」と感嘆する清少納言がいて確か『枕草子』には恥ずかしくて几帳の陰に控えているというような記述があったなぁでも顔をあげず口も開かないではドラマにならないから致し方ないのだろうそもそもフィクションなのだしと思ったが、ドラマでは何故初出仕をあやめふく頃に設定したのだろうという疑問は残った。あやめふく(菖蒲葺く
賀安倍晴明は四十代で陰陽師として天皇に仕えました。五人の天皇に仕え、職を辞したのは八十代でした。そして、一条天皇から晴明神社の土地を下賜されました。一条天皇から下賜された土地は、現在の神社の敷地より広大だったそうです。一条天皇のお妃には清少納言がつかえた定子や紫式部のつかえた彰子たちがいました。晴明神社近くに一条通りがあります。平安時代は一条大路といい道幅は30mあったといわれています。平安時代藤原道長、紫式部、清少納言などなどの人々が賀茂祭り(葵祭り)を一条大路のどこかで見物したことでし
登華殿で帝や定子さまと雪山を作って遊んでいた公任・斉信・行成は藤原公任-Wikipediaja.wikipedia.org藤原斉信-Wikipediaja.wikipedia.org藤原行成-Wikipediaja.wikipedia.org皆さま藤原家の公達で極官は権大納言または大納言もう一人源俊賢を加えて一条朝の四納言と称されました源俊賢-Wikipediaja.wikipedi
清少納言の墓所(天塚堂)が・・・鳴門市は、里浦町にあります・・・清少納言の父清原元輔がこの知を領有していた縁で・・・晩年をこの知で過ごし、没したという伝承があり・・・この天塚堂には、墓碑があります・・・さて、この天塚堂の道向かいには藤棚があり・・・『天塚ののぼり白藤』と呼ばれています・・・藤棚を裏側から眺めると・・・藤の花・・・藤棚って、下に垂れ下がってるイメージがあるんですが・・・この白藤は、上に向かって咲いているので・・・『のぼり白藤』と呼ばれているそうな・・・
何で定時上がりしたかったのかというと1️⃣夕食を美味しく作りたかったから。(いつも朝準備をしていくのに解凍するのを忘れててできなかったから。)2️⃣娘の宿題と明日の準備を一緒にしてあげたかったから。3️⃣次男の音読をきいて、私自身も暗記したかったから。(今は清少納言の春はあけぼのをしています。)次男と一緒にバレーをしたかったから。4️⃣長男は1日ウチにいるので話し相手になってあげたかった。そして、忘れちゃいけないコレ⇩5️⃣夫くんが帰ってきて美味しいご飯を食べてほしくて♡とにか
今回も見るのが遅くなった「光る君へ」ですが、GWも近いし、ほっとくとまた書けなくなるので、ささっと気になるところ・・・というか、引っかかってるところを(^_^;)第16回は、華やかな中関白家の様子が目をひいて(^^♪食べ物がいっぱい並んでるシーンもあり調べてみたいですが、時間がありません(^_^;Aそして、今回も清少納言が輝いてましたね(^o^)v私、枕草子をよく知らないんですが、コレ名場面「香炉峰の雪」の映像化なんだそうで(^^ゞ一方、まひろはというと、悲田院で疫病の患者達を看病
『光る君へ』の第16回で登場したエピソード「香炉峰の雪」は清少納言の随筆『枕草子下(ちくま学芸文庫)[清少納言]』の第282段に描かれています。『枕草子』で一二を争う有名な段。中宮定子とのやり取りではもっとも有名な段。二人の知的センスあふれるやり取りがポイント(NHK大河ドラマ『光る君へ』で御簾を巻き上げる清少納言(C)NHK)『枕草子』第282段の「高炉峰の雪」エピソード『光る君へ』の第16回で中宮定子が清少納言に投げかけた香炉峰の雪」について、清少納言が漢詩の知識を
夏ミカンの皮を使って、ジャムを作りました。少し苦いけれどクロワッサンを焼くので、併せて食べると美味しいかも。今日は雨なので、明日、予約してある本を受取に行きます。図書館「藤原摂関家の誕生」米田雄介「藤原道長」山中雄電子書籍「枕草子」清少納言「世界の歴史14ゆれる清・中華民国」岸本美緒世界の歴史は予約の都合、中国の歴史を先に読みます。番号順では無いけれど。枕草子、再び読みます。
みなさん、ごきげんよう🌷岩田神社の孔雀ふじの次に『清少納言もブームです①木の花は、藤と牡丹@岩田神社(高松市)』みなさん、ごきげんよう🌷桜は散りましたが、花々が色とりどりに咲き乱れる季節ですねちなみに教養の高い殿方は「”花”、って国語辞典には何て書いてあると思う?」と…ameblo.jp徳島県鳴門市の観音寺へ牡丹を愛でに行きました牡丹まつりが開催されており、(上手に無人で撮りましたが😉)ひっきりなしに参拝客が訪れていました牡丹の花手水がお出迎えなんとも贅沢な😳ご本尊は聖観音
こんにちは、じきです。今回は、一昨年末に20年程勤めた会社から退職し、現在アラフォーヒモニートである私の、物の価値について思うところについて書いていこうと思います。不快な方は、いつも通りブラウザバックしていだたくようよろしくお願いします。今後ずっと続くであろう物価高現在進行形で、色々な分野で、物やサービス等の値段が急上昇中ですね。食品にはじまり、光熱費やおまけに社会保険料等も値上げが進むという、とんでもない時代に突入です。
長徳の変とか?まだまだかあ、道長とまひろが会いそう、ワクワクしながら光る君へを待つワタシ道綱が間違えて、さわがいじけて大変。何度か文をまひろから、さわへ送るとそのまま返してきます。あるとき乙丸が返された手紙といっしよにたねを連れてました。たぶんまひろを頼ってウロウロしていたのでしょう。悲田院へ行った父母が何日か帰らず。3人で悲田院へ向かう。華やかな定子のサロン公達も出入りしてます。定子のお兄さんの伊周は見目麗しく、平安時代は美しいものが好きなので、女房たちには人気がありそう。