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こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。家康くんの『光る君へ編』のまとめ記事です(・ω・)「約束の月」『【進め家康くん(・ω・)】『光る君へ』を語れ!「約束の月」』こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。1月7日放送の大河ドラマ『光る君へ』。今年の大河ドラマが始まりました。平安時代…ameblo.jp「めぐりあい」『【進め家康くん(・ω・)】『光る君へ』を語れ!「めぐりあい」』こんにち
NHK大河ドラマ『光る君へ』第18回。道隆の死を受けて、道兼が新たな関白になります。善人になっていた道兼はいい政治を志したのですが、疫病で就任後1週間で亡くなってしまいます。これは史実通りです。道兼は、見舞いに来た道長を「うつるから帰れ」と追い返そうとしますが、道長は道兼を抱きしめます。わ~、感動的😂。もう究極の兄弟愛じゃないですか。まひろは母親を殺した道兼に対する恨みを克服したのでしょうか。冥福を念じて琵琶を弾きます。ただ、もしこの時点で恨みを克服したのなら、事件の重
お天気が崩れるとの天気予報ですが、お日さまがニコニコ顔です。このまま、居座って欲しいな、、。お日さま大好き人間の私の言いぐさです。新録の季節ですね。庭に出ると気持ちがいいです。クリスマスローズが静かに花をいっぱいつけていました。今日の予定は、のんびり、、すごそう、です。ラジオ体操もストレッチ等もすんだし、後は夕方の散歩だけ、、合間に本をよもう、。5月5日(日)教会に行きました。朝9時に玲やんのお迎えです。若いのに親切で面倒見の良い人です。聖書は人生の
お天気が崩れるのですね。お日さまがゆっくりです。でもね、さわやかn初夏の風です。外へでると心地よいです。「けんさん、おはよう」、トコトコと19段の階段を降りて新聞をとってきました。そしてお庭です。「けんさん、元気よく、朝の日課も終わりました」。お庭を楽しんだら、朝の体操です。ストレッチにラジオ体操、かかと落とし40回に、片足立ち40回×左右です。お日さまはお休みだけど、私は元気な朝のスタートです。5月5日(日)朝9時に玲やんのお迎えです。親切で面倒見の良い彼女の
毎日がお疲れ様過ぎて、聴き逃しギリギリセーフでございました!春は曙ようよう白くなり行く山ぎわ少しあかりて紫だちたり雲の細くたなびきたる明るい言葉の裏に隠された絶望を読み解くことがテーマのような今回の絶望名言でした。♪今回の絶望音楽はシャルル・トレネ「ブン」そんなこんなで、ではまた🤗
清少納言は紫式部と会ったことがない」説は本当なのか?大河ドラマ『光る君へ』では仲良く交流している清少納言と紫式部だが、実際は宮仕えの時期が重なっておらず、二人は顔を合わせたこともなかったというのが通説である。しかし、本当に1パーセントも可能性がないのだろうか?また、清少納言は和泉式部、藤原道綱母、菅原孝標女らともある縁でつながっていたのだが、どのような縁だったのだろうか。■清少納言の男性遍歴まずは清少納言の生い立ちを見ていこう。生まれは、およそ966年頃のことか
大河ドラマ光る君へ、藤原道兼が流行り病に倒れ、関白の座は道長に転がり込んできました。ドラマでは、関白の就任に欲がない故の姿が演じられていました。思いがけず関白になった道長ですが、その逆転劇の後、道長を支えた大河ドラマ光る君へ~道長を支えた四納言たちがいます。それが、ドラマでは藤原のF4と呼ばれていた、あの若者たち、藤原の公達たちだそうです。藤原公任(きんとう)役の、町田啓太さん。和歌が上手いイケメン公達です。藤原行成(ゆきなり)役の、渡辺大知さん。書道が達者。藤原斉信(なりのぶ)
いやあーーー道兼が死んでしまったよぉ🥲🥲🥲なんかめっちゃいいやつになったなあ〜☺️なんて思った矢先に😂ひどい!(7日関白は史実だけど・・・)今日も良いシーン盛りだくさん♪・まひろ「あの人、人気ないのね・・・」・母上(女院)の必死の演説・心苦しいお上(一条天皇)、定子さまへの愛を感じた・すっかりまひろLOVEなさわさん&なんか振られた惟規・余裕の落ち着き、倫子さまと母君・あれ?道隆の生写し?な、伊周「皇子を産め〜❗️👹👺👽」定子かわいそう。※多分心の中ブチギレ・"好きではない
皆人の花や蝶やといそぐ日もわが心をば君ぞ知りける中宮定子(枕草子)歌意人々がみな花よ蝶よといそいそ浮かれるこの日も、私の心の中をあなた清少納言だけは分かってくれていたのですね。君=清少納言前掲記事で、このように解しましたが、やはり君は一条天皇ではないかというコメントをいただきました。とすると、歌意はこのようになります。人々がみな花よ蝶よといそいそ浮かれるこの日も、夫である一条天皇は、私が一途に思っているその心のうちをご存じです。(
日本人の何%がこのドラマを見ているのか知らないが、昨年の大河ドラマは、新し事をしたかったのだろうか、主演俳優さんの視聴率に負んぶに抱っこだっかのかな?タイトル名は、横文字。いろんな事は、セットではなく陳腐と言えるCG合成。陳腐な盛り上げ方では、納得できなかったし、芝居を見ることができない、大河ドラマは面白くなかった。今年の大河ドラマは違う。今まで、男のドラマだったのが、女のドロドロした気持ちと執念。男たちの出世欲などが絡み、その中で、俳優さんの「芝居」が繰り広げられてい
定子は中関白家の没落で、内裏から排除され追放された前代未聞の悲劇の皇后である。そしてその背景には、天皇にも匹敵し上皇に準じた地位を手に入れた女院・東三条院詮子の存在があった。定子と詮子のその後を詳しく見ていこう。藤原兼家の娘・東三条院詮子は円融天皇に多くの女御がいたにも関わらず、天皇の唯一の皇子・懐仁親王(のちの一条天皇)を生んだ。懐仁親王の出産が、兼家の九条流藤原氏に大きな幸運をもたらした。しかし円融天皇は兼家が勢力を伸ばすことを嫌い、皇子を産んだにもかかわらず東三条院を女御のままに
【聴き逃し配信が今晩までです!】明日の朝5時に消えます!よろしかったら、その前に。NHK「ラジオ深夜便」『絶望名言』今回は「清少納言」の名言です。プレーヤー|らじる★らじるNHKラジオラジオ第1(R1)・ラジオ第2(R2)・NHK-FM放送の音声をライブストリーミングで同時提供しています。聴き逃し対象番組は、放送された音声を楽しむことができます。www.nhk.or.jp(5月6日(月)午前5:00配信終了)どうぞよろしくお願いいたします!私は『枕
まひろは回復した。道長が一晩寝ずに看病してくれたことを乙丸から聞かされた。道長は道隆に「悲田院が用をなしておりません。救い小屋を設けたい」道隆「これまでも内裏に疫病が及んだことはない。放っておけば良い。どうしてもやりたければおのれの財でやれ。お前と道兼は何故に結託しておるのだ。不可解極まりない。まさか私を追い落とそうというのではあるまいな」道長「追い落とそうと考えていたら、頼みに参りません」道隆「道兼が思っているかもしれん」明子の兄・俊賢は明子に「女の子を産んで、入内させろ」自宅
源義経像「六日の菖蒲」とは、時機に遅れて役に立たないことのたとえ。菖蒲は5月5日の端午の節句に用いるもので、5月6日では間に合わない・・・。『平家物語』には、屋島の戦いに遅れて到着した梶原景時が源義経に「六日の菖蒲」と嘲笑されたことが語られています。『吾妻鏡』によると、1185年(元暦2年)2月18日、暴風の中を五艘の船(150騎)で摂津国を出航した義経は、通常では3日かかるところを翌朝には阿波国に上陸。19日には屋島に拠る平家軍を攻めて敗走させ、21日には志度寺に籠る残党を服従させま
【光る君へ】清少納言が大人の絡み、相手は枕草子に登場する公達『光る君へ』第17回より、藤原斉信(金田哲)から迫られる「清少納言」ことききょう(ファーストサマーウイカ)(C)NHK吉高由里子主演で、日本最古の女流長編小説『源氏物語』の作者・紫式部(ドラマでの名前はまひろ)の人生を描く大河ドラマ『光る君へ』(NHK)。4月28日放送の第17回「うつろい」では、まひろがうれしい再会をきっかけに作家の業に目覚めるとともに、宮仕えを楽しむ清少納言の快進撃も描かれた。
清少納言は、小野道風らとともに三蹟の一人に数えられる能書家でもある藤原行成と恋仲となり、宮中の人々の噂となった。清少納言と藤原行成のその後を詳しく見ていこう。清少納言は宮中に上がって、一条天皇の中宮・定子の女房となったが、一条天皇の担当となったのが藤原行成であった。藤原行成は摂政・藤原伊尹の孫であったが兼家が兄・伊尹の死後、権力を一手に握ったために行成の家は没落した。しかし学問に優れ達筆でもあった行成は、やがて昇進して一条天皇の蔵人頭となった。そして行成は、定子の女房となっていた清少納
ご訪問ありがとうございます。今日はまたまた藤原斉信タダノブと橘則光ノリミツの話なのですが、この前の「光る君へ」の清少納言(ファーストサマーウイカさん)の藤原斉信タダノブ(はんにゃ金田さん)への「深い仲になったからといって、自分の女みたいに言わないで」は痛快でしたがw実際、斉信は清少納言の回りをうろうろしていたようで(^o^;)次のような話が「枕草子」に書かれています。頭の中将=藤原斉信が、少納言についての根も葉もない噂を聞いて、「どうしてあんな女をひとかどの人だと思ったのだ
大河ドラマ『光る君へ』は、関白道隆の薨去により、新たなステージへと進み始めました。道隆の没後すぐに「中関白家」が消滅するわけではないし、清少納言の出仕が終わるわけでもないのですが、道隆存命期の『枕草子』の映像化は、これで消え去ってしまったことになりますね…。まぁ、『光る君へ』は「清少納言大河」ではなく「紫式部大河」なので、『枕草子』は「いくつか見れたら喜ばしい」くらいに思っていましたけど、なんだかもったいないなぁ…という気持ちでいっぱい。じゃあ、大河でやらないんなら、うちのブロ
数年前、自宅の郵便受けに入っていた「NHKから国民を守る党」(現在は「みんなでつくる党」)のチラシに一瞬煽られて、普段全然NHKも見ないことから、受信料を不払いにすることを考えたことがあります。その後、私に素晴らしいドラマを勧めてくれる人が現れて、今ではNHKの朝ドラ、朝ドラ受けの「朝イチ」、夜ドラ、そのほかもいろいろ、NHKプラスも駆使してNHKをたくさん見ているので、今はもう、喜んで受信料を払っています。今一番沼なのは、「VRおじさんの初恋」「寅に翼」「光る君へ」でしょうか。
995年(長徳元年)4月10日、一条天皇の中宮・藤原定子の父の道隆が死去。清少納言の『枕草子』によると、定子は毎月10日に道隆の供養をしていたのだといいます。9月10日の追悼では、清水寺の清範の法話に皆が感動。その後、酒を飲んだり、詩をそらんじたりしていると・・・蔵人頭の藤原斉信が「月秋と期して身いづくか」と詠い、とても素晴らしかったのだとか。(秋の月を愛でた人はどこに行ってしまったのだろう?)清水寺説教をした清範は、興福寺の守朝の弟子。清水寺の別当となって清水律師と呼ばれました
道長の兄「道兼」頂点に君臨後"7日で死去"の衝撃父である兼家に抱いていた複雑な思いとは道長の兄「道兼」頂点に君臨後"7日で死去"の衝撃藤原道長の兄であり、関白だった藤原道隆は、995年に43歳でこの世を去ります。その年は疫病が流行しましたが、道隆の場合は、疫病ではなく、度重なる深酒による糖尿病が死因だったようです。道隆は内大臣となって…toyokeizai.net「兄達が突然死去」道長に立ちはだかる"最大の敵"甥である伊周と繰り広げられた後継者バトル「兄達が突然死去」道長に立ちはだかる
昨日は憲法記念日なのに「みどりの日」の講釈を垂れてしまったお爺でした。そろそろボケが始まったのかも知れません。アップしてすぐ気づき「今日」を「明日」に変えました。(笑)気を取り直して今朝は大河ドラマ「光るの君へ」の雑感です。主人公は「まひろ」と言い、源氏物語の作者、紫式部です。恥ずかしながら、紫式部も清少納言も、ワタクシはずっとそういう名前かと思っていました。ところが式部も少納言も位なんですねぇ。となると紫とか清は名前?それとも苗字?なんてくだらないことを思ったりしています。江戸
こんにちは。カルーアミルクです。5月3日はゴールデンウイークらしく、滋賀県大津市の「光る君へ」の大河ドラマ館に行って来ました。看板が出ていたり、のぼりが立っていたりで盛り上がっておりました。作中でも「石山寺詣で」の話がありましたが、その石山寺に大河ドラマ館があります。こんなチケットです。大人600円のところ、JAFの会員カードで500円になりました♪ラッキーまひろのパネルとききょう(清少納言)のパネルパネルにもサインがしてありました。ここは撮影スポットになっているので2人の間に
先日、NHKのEテレを見ていたら、木村多江さんの「いまさらですが」という番組で源氏物語などについて解説していたので見てしまいました。木村多江さん、素敵ですね。その中で、藤原道長の人生についての説明がありました。藤原道長は966年、藤原兼家の五男として生まれました。987年、22歳ころ左大臣・源雅信の娘・倫子と結婚しました。(---大河ドラマではまだここまでですね---)996年、31歳、自らも左大臣へと上り詰めます。
🌷✿🌷✿🌷✿🌷✿🌷✿🌷✿🌷✿🌷✿🌷✿🌷✿🌷✿🌷✿🌷🍀新緑が美しい5月になりましたね🍀☆(⁎^∀^⁎)☆世の中は賑やかなGWですがꕤ。.:*我が家は通常モードのGWです✰(*ˊ▽ˋ*)娘✰の応援団のお仕事&自治会のお仕事の隙間時間を見つけては楽しいことを探して気分転換しています☆(*^▽^*)vイエーイ!!ブロ友のはるちゃんとは「源氏物語」がきっかけでご縁が繋がれて以来ブログ記事で学ばせて頂いていますがNHK大河ドラマ「ひかる君へ」が始まってからは更に紫式部
後ろ髪を引かれながらも上高地(長野県松本市)を後にして、二日目の宿を予定している別所温泉(長野県上田市)へ下りてきました。別所温泉は信州最古の温泉地といわれ、清少納言が『枕草子』の中で「湯はななくり(七久里)の湯、ありま(有馬)の湯(兵庫県神戸市)、たまつくり(玉造)の湯(島根県松江市)・・・」として三大温泉の筆頭に挙げた“ななくりの湯”が別所温泉の別名という説もあるほどに歴史ある名湯です。ひとまず宿に荷物を預け、いただいた街歩きガイドマップを見ると、別所温泉の見どころはいずれ
みなさん、ごきげんよう🌷先日、徳島県鳴門市里浦で清少納言と出会い彼女の墓所といわれる天塚堂を訪れましたその日ブリを食べに行こうと予定していた香川県東かがわ市引田白鳥神社のおみくじ引田はハマチの養殖が盛んです引田町安戸池(あどいけ)にも、清少納言が夫と別れて京を離れ、晩年を過ごしたという安戸清少納言宮があるらしく、改めて行ってみました「ワーサン亭」ハマチの刺し身やカツが美味しいと評判のお店この日は残念ながら、定休日でした💦ワーサンとは、安戸池でハマチ養殖を始めた野網和三郎氏
最近、清少納言を主人公にした小説を読み終わりました。大河ドラマの影響で読み始めたのですが、読み進めるうちに、清少納言の中宮定子への深い深い推し愛を感じて、最後は泣きそうになりました。「私は永遠にあなたに片思いし続けている」という意味の歌が小説の最後のほうに出てくるのですが、それほどまでに推しを愛し抜けたら幸せだろうな・・・なかなか思い通りにならない推し活ですが、推しが好きならとことん沼にはまるのもそれが自分の心を温め豊かにしてくれるのかもなんて思っています。【中古】はなとゆ
能登の地震から4ヶ月が経ちますが、いっこうに進まない復興ですね。傾いた三階建の建物が突然に倒壊したけれど怪我人は居なかったとか。他にも倒壊寸前の建物は多くあり時折ギシギシ音がするらしい。近所の住人は恐くてたまらないそうである。東北の防潮堤も残り僅かの所で止まっているらしい。これは予算が途中で終わったらからだそうだ。することが杜撰ですよね。国葬にしなくても良いのに余分なお金を使ったりしてね。早く進
『光る君へ』のやる気に満ち溢れる宮仕えとは異なる初出勤での緊張している様子などが清少納言の随筆『枕草子下(ちくま学芸文庫)[清少納言]』の第182段に描かれています。中宮定子様のところでの宮仕え、当初はかなり気が引けていた様子を思い出しながら書いている清少納言さん(NHK大河ドラマ『光る君へ』で定子様の下に宮仕えすることになった清少納言(C)NHK)『枕草子』第182段の出勤したてのエピソード『光る君へ』で内裏で女房として生きたいと希望を述べ、みごとに中宮定子のもとで宮