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その瞬間に「あ、お母さん、これから朝ごはん作らなあかんな」といつもソファに寝ていた後ろを振り返るともちろん誰もいない。それで悲しいかというとむしろ逆でなぜか安心した気持ちになりました。母と一緒に日々を過ごすことが私の命の水だったのだなと改めて深く感じました。それで一日が始まっていたのです。今はAMの6時か夕方の6時かわかりません。寝るのが不定期で夜中の2時に目が覚めてそのままずっと起きていたり。お母さんという言葉は毎日数百回口から出ます。
母はマグロの刺身が大すきだった。焼き肉が大好きだった。この二つに手を伸ばそうとすると急に胸が苦しくなる。最後の最後は私の家に連れて帰るべきだった。その公開が日々大きくなる。母の身体を抱きしめながら息を引き取るのを見届けるべきだった。その公開が私を責めたてる。ホスピスなんかで死なせるべきではなかった。お母さん、本当にごめんなさい。起きているときはほとんど泣いている。大好きで大好きなお母さん。いろんな旅行が思い出される。その時の言葉と表情も一
標高1100mの高原に移住をした、マクロビ料理家の三田実由です🎵今年の冬は、2月が暖かくて、春が早いかも…と呑気に過ごしていたら、3月に入ってから気温が下がり、雪の日が多くて、しかも降ればどか雪⛄春分の日は荒れに荒れて吹雪で、20~30cm積もってさすがにゲンナリだった😖⤵️駐車場スペースは、祐くん(夫)と力を合わせてなんとか2台分を死守している💪ようやく翌週に入って、晴れ間が増えて、一気に気温が上がり、雪がようやく解け出した🌤️久々に大好きなお散歩に🚶♀️🎵雪
まあ恋人ではない。サクラを見るためにあちこち行き、おなかがすいたら喫茶店でコーヒーを飲んだり、食事をしたり。とにかくきれいな景色をいつもともに楽しむのは親子というより友達でした。親孝行じゃない。私も楽しんだ。病院へ連れて行くと黙っていつも私の横に座って順番を待ち静かに検査を受けていた。子供だった。時々戦時中のことを教えてくれたり、あまり言うことを言きかなかったけど今から考えれば生きる知恵を与えてくれていた。姉だった。でもやっぱり一番しっくりくる表現は無二の親
今、生まれて初めてそんな気になっています。とにかく生きていく意味が全くない。生きているから死なないために食べたりしてるだけ。災害の際に我が子を救うために抱きかかえてなくなる母の様子が時々報じられる。「ああ子供を愛する親の気持ちってすごいもんだな」と思ったものだ。でも今は違う。年齢的に言っても私は生きてもせいぜい20年。母親はもうとうに平均寿命を超えていた。でももし私が死んだ後、母が四季折々の花を楽しみ、おいし食事に舌鼓を打って喜ぶのがたとえ3年でもその方が
今日は朝から義父の付き添いで病院でした。私は少し頭が痛かったんですが。どうしても行きたいと言うので。もう運転はやめさせた方がいいのでこれからは私が連れて行かないとダメなんです。もう85なので。母の死からち元気がなくて。同い年なので。その後に食品の買い物にも付き合いました。しばらく食べられる物を買いました。日持ちがする物とかも買いました。それを運んであげました。手押し車で歩かないと歩けないんです。母と違って立ち上がる事はできるので介護しててもまだ楽ですが。今日は結構早く病院が終わったので
「悲しむこと」母の死で泣くのはやめよう!一歩前に歩きだそう!春だから!ありがとう!お母さん!和子より
今の目標は『頑張らないこと』生きているだけで、もう充分に頑張っている。だからこれ以上は頑張らない。ゆっくり、ひとつずつやっていけばいいよね。今、これ以上頑張ったら壊れちゃうよ。
なにも世間で話題のサクラなどでもなくてもいい。家の付近で見事に咲く桜を見て車から降りて、写真を撮ったのが私にとっては一番の名所。そういう名所が、家に近くには数多くある。昼はよほど用事がない限り外には出られない。悲しすぎて寂しすぎて心がつぶれそう。お母さん、あなたは去年はいたのにね。いた人がいないってどういうことなの?
父が入院してから、もうすぐひと月になる。体力は消耗して、1人で起き上がる事も座ることも出来なくなった。以前は車椅子の乗り降りも、1人で出来たけど。年齢が98歳だから仕方ないと周りは言う。母の死からすっかり気力がなくなった父。3ヶ月経った。気持ちって肝なんだなと思った。周りが心配しまくっても、父の気力の復活が1番。どうか元気に退院できますように。
先月母が長くて短い闘病生活に終止符を打ったこの表現が適切かはわからない母の介護で泊まり数回だったが泊まる時は必ず母が夢に出てきた生きてる母の葬儀生きたまま火葬されるの?思いを私に伝えて自ら棺桶に入り火葬場へそして目が覚める夢か…母が亡くなってからもちょくちょく夢に出てくる母が亡くなる前に姉弟と衝突したこんなにも母の事を思っているのに…こんなにも母に尽くしているのに家族を犠牲にしてまで母との時間を大切にしているのに…何故私だけ?悲しくなった正直母が亡くなった後は姉弟
本日で、四十九日の法要が無事に終了しました🌸桜吹雪が舞う中で、お坊さんの読経が聴けたり、とても美しかったです😊寂しいことにはかわりはないけれど、49という日数は不思議です。今朝、すーっと引き上げられるような感覚がありました。それまでは泣いたり、落ちたり、やっぱり疲れたりしましたが、49日で節目を迎えたような、見切りをつけるような、諦めがつくような感覚になりました。迎えの宇宙船が来たような、タクシーが来たような、、、人間時代が終わってしまったんだなと、そんな感じでした。親子
サブブログからだと皆さんお久しぶりです!!なんやかんやでかけていなかったのでちょっと前に見た「ミギとダリ」というアニメの感想をつづりたいと思います★「ミギとダリ」アニメ公式サイト佐野菜見が描くミステリアスな悪童の物語が堂々のアニメ化!養護施設にいた双子の美少年ミギとダリは秘鳥(ひとり)という名の少年として、子供のいない熟年夫婦の家に養子としてやってきた彼らは、すり替わりながら協力して母の死の真相を探っていくが……migitodali.comあらすじ★とある子供の
先日亡くなった母の死とゼラニウムの枯れ方は少し似ているところがあるかも?ゼラニウムは花を咲かせてたりして一見元気なように見えていつの間にか根が枯れてしまっていて(根腐れ)そのうち全体が枯れてしまう。先端の方は強いので刺し芽で助けることは可能だが、花などを咲かせて根付いているように見えて腐っていることも多い。うちの母はとても元気とはいえない状態だったが急に亡くなるとは誰も思っていなかった。呼吸やSpO2には問題はなかったので右肺があんな状態になっているとは全くの想定外。在宅生
ショッピングモールやアミューズメントパークで仲良くふるまう親子たち。ほほえましい。昔と比べて父親が娘をかわいがる姿は確かに増えた。でもいつか人は死ぬ。その親も死ぬ。その時に娘や息子が父母を失う悲しみは今よりもっと大きく、もっと増えるだろうな。ある宗教は人間が将来復活すると教えているそうな。そんなことが起きればどれほど素晴らしいかと思うが、それを信じた人が非常識な行動をとるのもうなづける。
坂道を見上げた時に母の死を確信したように思います。家の前の桜が丁度散り始めていて家に入ると玄関には埋め尽くすように沢山の靴がありました。祖母が泣きながら母の死を教えてくれました。それから後の記憶が殆どありません。私が望んだから?という自責と開放された気持ちと客間にいる母の亡骸の横に一緒に寝ていたり………。葬儀の時には、菊の花がたくさん届いていて母の棺に入れる時にはむせ返るくらいの香りでした。それからは、桜を見るのも辛くなり、菊の花の香りも苦手になりま
こんばんは。あなたのココロにぽっと灯りを。。。かのんです。長らくこのブログをお読みの方はご存知だと思いますが私は空を見るのが大好きです。空を見ると旅立った人たちのことを想い自然という大きなものに包まれている安心感を抱きどうしようもなく涙が溢れて来るのです。それは悲しみの涙ではありません。ままならない現状に対する歯痒さの涙でもありません。ただただ生きていることへの感謝の涙なのです。辛いことも悲しいことも含めての感謝の涙なのです。今という今まで生きて
とてもとても辛いですこれも人生の節目として、残しておこうと思い、ブログに書きます。昨日4/4、朝方に母が亡くなりました。心臓発作による突然死でした。年齢は74歳。あともう少しで誕生日を迎える予定でした。後期高齢者だわってため息ついてました。母の誕生日プレゼントに、私はサプライズでオイルマッサージをプレゼントしようかなぁと考えていました。一昨日まで風邪を引きながらもご飯食べてご満悦だった母。私が風邪をひいて、先週の火曜日から調子が悪い所、飲み物を買ってきてくれた母。認知症
そんな時、急に警察から連絡が入りました。「健ちゃん、ママが事故にあったって。どうしよう。ママが…。」「リオン、待ってろ。すぐに帰るから。」警察に着いた時にはリオンの母は、もう冷たくなっていました。あんなに憎んでいたはずなのに、現実に母の死に直面するとリオンは動揺しました。ひとりで立ってられなくて、健斗の腕にすがって泣きました。健斗は小さい頃、リオンを守ると決心したことを思い出しました。あの頃に戻ったように、健斗はリオンを支えてそばに寄り添い心配してくれているのがわかりました。葬儀の時に
近頃特にだめだ。母親がいない寂しさと悲しさが洪水のように押し寄せてくる。例えば私が自分の朝夕の薬を飲むときも、「そういえばお母さんの薬に世話もしなあ」と思うだけで号泣する。どんな気晴らしも気晴らしにならない。トイレに行くのが面倒だ。
《新古今和歌集・巻第八・哀傷歌》795母の思ひに侍りける秋、法輪寺(ほふりんじ)に籠(こも)りて、嵐のいたく吹きければ皇太后宮大夫俊成憂(う)き世(よ)には今はあらしの山風にこれやなれゆくはじめなるらん☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆母の喪に服していました秋、法輪寺に籠って、嵐がひどく吹きましたので皇太后宮大夫俊成つらい世には今は住むまいとまで思うが、これが、荒い嵐山の
母が元気な時から、いつか母が死ぬ時が来るんだなと思っては泣いていました。去年、実際にその時が訪れました。その上、自宅で母を看取るという私にとっては、とてつもなくつらく悲しい経験もしました。母の死は、私にとって人生で1番つらい試練です。これ以上、つらい悲しいことはもう起きないと思います。母は私にとって、自分の命よりも大事でした。よく母にも話していました。だから、1日も長く、元気で長生きして欲しいと。それが私の1番の願いだと。母も頑張るねと言って、実際に頑張っていて、脳
オクニョ運命の女(ひと)INTRODUCTION16世紀半ばの朝鮮王朝時代。監獄で生まれ育ち、明るく利発な女性に成長した女性オクニョが、数々の困難に立ち向かい、愛と人生を取り戻す波乱の歴史超大作。監獄で学んだ知識と武芸を活かし、母の死の真相を追いながら、自分の夢のため、愛する人のため、苦しむ民を救うために奮闘していく。さらに、オクニョが3人の男たちとの出会いによって、逆境を乗り越え力強く運命を切り開いていく。ABEMAオクニョ運命の女(ひと)よりReview-★★
おはようございます♪札幌でパーソナルカラー診断(似合う色)パーソナルスタイル診断(似合うデザイン)メイクレッスン、お買い物同行であなたの魅力を200%引き出すイメージコンサルタントの郷司千容子です。今日、4月2日は母の誕生日。60代でのちょっと早い旅立ちでした。生きていたら、89歳。来年は卒寿だなぁ〜。母の死を受け入れることができず、何もしてあげられなかった自分を責める後悔の毎日。そして、私は心と身体を壊しました。行ってみたいと言っていた〇〇に連れて行きたかった
2024/04/02(火)いいお天気だなぁ〜✨桜も咲いてます京都でお墓参りしたあとにいただいた腸活ランチ♡今年は花粉がすごいらしいですね電車の中でも鼻をすする人がたくさん💦(あの音苦手やわ)気の毒ですがね💦母が亡くなってもうすぐ3ヶ月2月に両親の結婚記念日があり3月には両親の誕生日もありました1月上旬にお葬式が終わってから妹と私との折り合いが悪くなりました。そして、覚悟の上とはいえ母の死がショックだったこともあり生理は止まるし耳掃除をよくするようになっていま
こんにちは、世界を飛ぶパラレルキャリア乗務員YACHIです!(初めての方⇒プロフィールインタビュー動画))YACHIってどんな人?今年の桜は、遅かったですね。3月後半のフライトでヨーロッパのお客様少々残念そうでした。去年は、思いがけず3月20日ごろのフライトまさか見れると思っていたなかった桜が見れて嬉しかったのを思い出します。私の備忘録となりますが少し綴りたいなっと思ってます。時間が経ってしまっているけど、な
桜のあとはつつじ、そして藤、紫陽花。毎年車いすに乗せてあちこち連れて行った。あのうれしそうな顔がもう見れないだなんて。喜んでいたのは母ではなく私だったんだと今初めて気が付く。写真が見れない。悲しくて見れない。
悲しくても、お腹は減る。母の死を経験した直後でさえ、私のお腹はぐうっと鳴いていた。(お昼ごはんを食べ損ねたから)生きてるって、体って、正直で、たくましい。食べられる、眠れる。外に出られる。母を亡くしたら、もうできないだろうと思ってたことが、今できている。緊張の糸が緩んで、ふっと一人になったとき、どっと悲しみが襲ってきそうだけれど。それもまた、いい時間。母を失くす前の不安と戦っているときよりは、苦しくないのかも。母が
会いたいなと思ったら、すぐ夢にでてきてくれる。昨日久しぶりに母の夢を見ました。一緒に昔のアルバムを見ながら、懐かしいねー、こんな頃あったね、と笑い合う夢でした。本当は会いたいけど会えないので今は夢の中だけでも会えたら十分です☺️次男に寄り添う猫🐱猫を飼いだしてから、本当に寂しさは埋められています。猫に感謝です😌噂のサジー、飲み始めました🍺鉄分はメンタル安定にも必要なので、効果があるといいなと思っています😍豊潤サジー1000mlサジージュース【紙パックタイプ】200種類の
血が繋がっているから、わかり合えるわけじゃない。むしろ血の繋がりが濃いほど、人間関係は厄介だったりする。私の霊視のセッションには、年老いた親御さんとの関係をご相談にいらっしゃる方が多い。いらっしゃって下さった方のガイド(守護霊)さんが伝えることを私はその都度お話するけど、その内容はだいたい共通してるという話を以前の投稿で書きました。『親でなく、自分を優先して。』霊視のセッションに寄せられるご相談で結構な数があるのは、老いた親との関係性のお悩み。年