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犬神にとって夜のドライブはいつもこうだ。ふと気づくと、車は不思議なところを走っている。道路脇に等間隔に並んだ照明灯が近づいてきては、すぐさま、唸りを上げて後ろに吹っ飛んでいく。対向車は全くない。昼間通れば、川向こうは果てしなく続く緑地帯なのだろうが、今は黒々とした空間でしかない。どうやら、辺見はそこに入りこもうとしているようだ。スピードを落としてカーブし、小さな木橋を渡った。道幅が極端に狭くなり、とうとう砂利道に変化した。街の灯が遠くの方でまるで星屑のように光っている。周りの水田には何千
しばらく前に出張で東京に出かけていた。天気もよく駅から歩く。もう散っているだろうけども、その時は満開を過ぎた頃。こちら(insta)江戸城平川門に渡る木橋1635年頃にできたようなのだが、その頃のお武家さんも町民も農民も見ていた景色。まぁ、その頃の桜の木がどの程度だったのかはわからないが、建築後、およそ390年の間、ここを通った人と同じ景色を見ているわけだ。平和な時代の一つとも言われる江戸文化時代、幕末の争乱、明治時代の文化の幕開け、大正ロマン、昭和、戦
“ちわっす”ビビリアンチキンけっ駆け抜け“ワープ”先にあったのがコレコレって、何なんですかネ多分、この辺に圏央道のトンネルが走っていると思うので、通気・換気関係の設備ですかネでも、他に同じ様な物は見当たらなかったんですけどでも、何かに似ている何処かで見た事がある暫しの“回想タイム”あっ、コレだ今は昔、パチスロ🎰で遊んでいた頃、嫌違うパチスロ🎰に遊ばれていた頃に少し打った機種«戦国コレクション»のキャラクター〖武将ガチャ〗だしかし、やっぱりどう見ても似ている〖武将ガチ
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2024年2月10日(土)の記録です。が、その前に追記いたします。本日、異常なアクセス数でございまして、16時50分現在、71,000アクセスを超えています。普段は700~1,000程度ですが、いったい何が・・・@@【茶屋前橋とは・・・】島根県松江市佐陀川の河口に架かる茶屋前橋、橋脚から欄干までまるごと木で造られて宍道湖の風情によくマッチしてい
3年近く前と同じコースを辿ってみたが、一言、全く異なる印象。そう、この山を愛する人たちの手によって整備され、見違えるほどよくなっていた。前にはなかった東展望岩へ渡る手作りの木橋。ちょっと強度が心配だがロープや欄干もあり助かる。ここからの展望も素晴らしいが、圧巻はその先にある西展望岩。思いっきり開けていて、琵琶湖を両手で抱きしめることができる。いやはや、同じ山がこれほど様変わりするとは驚き桃の木三途の川⁉️違った💦ともかく、この低山にしてこの大展望。数多く登って来た中でも三本の指
木橋の上のココペーバーとホタル夜、外に出てみたら!!!これは!これは!!・・・・・・・・・ココペーバーcocopaver.comgcl@cocopaver.comCopyright©2024GCLInt'l.Allrightsreserved.
下大和橋大阪府大阪市中央区島之内2丁目大阪市中央区内を流れる道頓堀川に架かる橋。道頓堀1丁目と島之内2丁目とを結ぶ。土木学会関西支部「浪速の名橋50選」に選定。江戸時代、近松門左衛門の戯曲「生玉心中」の舞台ともなった。付近には大和橋と中橋が架かっていた。大和橋が廃され、上大和橋が架けられたことにより、中橋が下大和橋に改称。1928年、架橋以来木橋であった。1987年、現在の橋に架橋。
今日は管内の工事現場を見に行ってきました。現場から上を見上げると珍しいものがありました。木で出来た橋です。何十年も経過していますが大丈夫です。車も通れます。やはり山の風景、自然はいいですね。今の時期、至る所で様々な花が咲いています。
4月3日(明治44年・1911)今日は日本橋が木橋から現在の石橋に架け替えられ開通式が行われた日です。橋の中央には国道の起点「日本国道路元標」が設置されています。そんな日本橋には新入社員らしき人たちが多くいます。この光景は今週いっぱい続くかな。初々しいな~自分が新入社員だったころは何十年前だったかな?あぁ、あの頃に戻りたい。
〈お元気ですか?今日は、何の日・〉https://sunnyhomewor.thebase.in/ドライりんご発売中です。おはようございます。「五街道の起点であり、今も距離を測る際の始点となっています」終日晴れ最高気温9℃の予報です。今日は日本橋開通記念日です。1911年の今日東京の日本橋が木橋から石橋に架け替えられました。日本の道路交通の中心日本国道路の元標、いいね!Ifwerethelastdayofmylife,Iwanttodo
最近、中津川宿から南木曾駅までの中山道歩きが人気です。中津川方面から馬籠峠までは上り坂です。峠を越えればあとは多少の上り坂はあっても下り坂が殆どで快適なハイキングコースです。馬籠宿、妻籠宿など見どころいっぱいの歴史街道です。しかし、コースの最終地点の南木曾駅には何もありません。待合室で列車を待つだけです。列車は時間によっては1時間に1本しかありません。そんな時おすすめの名所が南木曾駅の近くにあります。10分程で行ける桃介橋です。「桃介橋」は別名「桃の橋」と呼ばれ、電力王と称された福沢
【23年10月1日探索・24年3月8日公開】現在地はこの辺昭和15年の今昔マップで示すのはこのあたり怪しげな木橋を渡って振り返った。地図にはこの橋は描かれていないが、国道の旧道にあたる(当時は県道だったと思われるが)部分になんとまあ味のある橋が架かっていたもんだ。左の方には東京電力の鉄塔に至る道もあったが、進むべき道は・・・少々ピンボケで申し訳ないが、この草の道だ。今昔マップでは結構太い道のように描かれていたが、本当に車道だったのか?
【23年10月1日探索・24年3月7日公開】現在地はこの辺埼玉県秩父郡小鹿野町三山国道299号線だ。この先、法師落人(ほっしょうど)橋と桃木平橋という2本の橋で国道の現道は直線的に延びている。50mほど進んだ。右側の現道には先の方に法師落人橋が見えるが、橋があれば旧道があるのがよくある話。この左側が旧道であるっぽい。民家っぽい雰囲気もあるがちょっと行ってみよう。車の左側の道が奥まで続いているようだ。探索時には彼岸花が咲いていた。舗装はされていな
ブックマーク★レトロ系建物22022-09-19蓮が咲く蓮田の隣には大きな池がありました。この池は龍神池と言って龍神池龍の化身である白蛇が棲む池だそうです。大きな赤い木橋が印象的ですね。ここからも慈母大観音像や三重ノ塔が良く見えます。慈母大観音像は会津村の敷地全体を見渡してる様に見えます。龍神池には猪苗代湖を水源とする落差五メートルの観音滝があります。周辺には観音滝の落水が岩に当たる音が響き渡ります。また赤い木橋の周辺には立派な錦鯉がたくさん泳いでいます。拝観料一般料金大
休日出勤の代休をとった日、ストリートビューで見て気になった橋を見に行きました。何故ここをストリートビューで見ようと思ったかは覚えてないのですが…。場所はこの辺、静岡県掛川市大渕。既にバリケードが両側に置かれているのが見えてますね。橋脚はコンクリート製で桁は鋼製のようで、そこだけなら十分な強度がありそうですが、それ以外が木製で、しかも通行止めっぽい…。中央部がカクっとなってるのは元々の構造なんでしょうか?正面まで来ました。正面のお宅の専用橋というわけではなく、対岸の県道から
【23年12月23日探索・24年2月15日公開】現在地はこの辺いつの架橋なのかはわからないが、けっこう最近の事だろうと思う。そんな新しい橋の袂には・・・旧橋の残骸があった。台風で破壊された??そして、橋の先には500mの標柱(キロポスト?)があった。一体コレの起点はどこだ?さらに進んでいくと、グレーチングの床板が放置されている場所があり、その向こう側には木橋らしきものが見えてきた。欄干、というか手すりは破壊されているようだ。
【23年12月23日探索・24年2月14日公開】現在地はこの辺路肩は明らかに補修されていた。人が普通に通れるようにはなっているという事か?だとしたら、前回の撤収地点はどういう事なんだろう?小さな木橋が架かっていた。トラス橋だが、森林鉄道時代のものではないだろう。この左カーブは雰囲気が残っていて往時を偲べる。足元に枕木らしきものが埋まっていた。これ、よく見ると・・・犬釘が刺さったまま残っていた。その5m先には謎の「200
(前回記事の続き)(軌間610mmのナローゲージ@成田ゆめ牧場まきば線)2023年(令和5年)12月17日(日)羅須地人鉄道協会まきば線まつり成田ゆめ牧場(千葉県成田市)内の「まきば線」で軽便鉄道の動態保存を行う愛好家団体「羅須地人鉄道協会」。羅須地人鉄道協会設立50周年、成田ゆめ牧場まきば線着工30周年を記念し、まきば線で動ける車両を全て動かす企画「まきば線まつり」が2023年(令和5年)12月17日(日)に開催。《羅須地人鉄道協会公式HPより》●スケジュール木板を敷き詰めた
叫ぶ声がやはり自分を呼んでいるようでそちらへ粗末な木橋を渡っても夜の闇を衝いても無はどうしても自分の思いを埋めたい荒れ地のようでもあってそこに多角形が渦を巻いて待っているようでそれなら様々の図形を描くのも菱形も円錐も自分の可能性のひとつとして
コメリパワーを後にして…つくばみらい市の小貝川沿いにやって来ましたエリー、雨ん中ご苦労ちゃん川の畔まで降りて行きますやって来たのは「小目沼橋」↓つくばみらい市観光協会HPより昭和31年、小貝川両岸の村(下小目と平沼)を結ぶために作られた木製橋。橋幅は狭く1.5mほどで、欄干はありません。木橋のため車では通れませんが、趣のあるその風景は、市内にあるワープステーション江戸と同様に、映画やドラマの撮影に度々使用されるほど。
『錦帯橋温泉岩国国際観光ホテル@山口県岩国市』はい!どうも!いやぁ~アップしていないホテルが結構溜まってたんだなぁ・・・今日は山口県岩国市にある錦帯橋温泉岩国国際観光ホテルです!山口県に泊まったの…ameblo.jp上記記事で予告した通り錦帯橋の記事を書いていきます。日本三名橋、日本三大奇橋に選ばれている橋!知らない人がいないくらい有名な橋ですね!1673年(延宝元年)に、岩国藩主吉川広嘉によって建造されたものです。五径間木造アーチの形が有名!けれど、1950
久しぶりに都心で仕事。😽そういえば日本橋の高速道路、地下に潜るんだなぁ。大工事になるよね。😯目的の一つが景観の復活らしい。日本の道路基点である日本橋が高速道路に隠れて50年以上。・・でも、高速道路が地下に潜っても周辺の開発が進んで気がつけば高層ビルばかり。🙄景観戻るかなぁ。😿どうせなら江戸時代みたいに木橋復活したら・・クルマが渡れないか。😵💫尤も、工事👷♀️の最大の目的は老朽化対策なんだろうけど。
寒くなる前(2023/10/)に埼玉南部のさいたま⇒川越⇒所沢をぐるっとまわってネタ集めしてきた。この地域は都市部ということもあってなかなか足を向けなかったので。行程などはココ等を参照。さらに笹目川に沿って北上していって主目的の1つの橋に到着。場所はココ↓戸田市との境付近埼京線と笹目川の間の市道を北へ進むと見えてきた(木に隠れてる)。ココのもアーチ橋だ。主目的な理由は、木のアーチだということ。真ん中ら辺。歩行者用なので低い。埼
今日は濃い霧の中、DuxburyBeachへ行ってみました。BeachまではPowderPointBridgeという木橋を車で渡って行きました。こんな長くて車が走れる木橋なんて珍しいなぁと思って調べたところ、なんとこの橋は1986年に火災のための損傷を修復するまでは、世界一長くて、古い木橋とギネス世界記録に認定されていたようです😮橋を渡って少し歩くと目の前に広がる大西洋。視界が悪くてよく見渡せませんでしたが、ビーチの砂の感じといい、波の感じといい、やっぱりハワイとは違う。貝掘
ここは大学病院の多いところ。神田川の向かい側では中央線・総武線が通過しています。神田上水懸樋跡(かんだじょうすいかけひあと)江戸時代、東京の水道だった神田上水が神田川を越える施設が懸樋で、木樋(木製の水道管)と木橋、石樋で神田上水が神田川を越えていました。
【23年8月27日探索・12月3日公開】現在地はこの辺川又八間橋が架かるすぐ隣には工事用仮設橋が架かっていた。川又八間橋は木橋で以前5t制限の標識があったくらいの橋なので工事用車両の通過には耐えられないという事だろう。通行できないが一応撮影しておこう。工事中のせいか、川又八間橋も通行禁止になっていた。この橋は滝川森林鉄道の起点になる場所だったので通行できないのは残念だ。欄干には古レール、またその下にもレールらしきものが転がっていたのが気になった。
自分では若いと思っていますが、一日の仕事が終わると、体力の衰えを感じるようになりました。今日は朝から御影用水(下堰)の仕事でした。温水路の下流部にある木製柵の塗装作業綺麗に仕上がりましたが逆光でよく見えません塗装は執行部理事が担当ですが応援の理事さんには温水路の河床に溜まった土砂をトラクターで攪拌して流す作業をお願いしました。温水路は水深が20㎝しかないのでヘドロや藻が付着します。トラクターで攪拌しながら下流へ流します。我ら塗装班は上流の頭首工を管理するための木橋塗装
【23年6月25日探索・11月25日公開】現在地はこの辺気になっていた橋に着いたのはいいんだが、A型バリケードが設置されており、どうやら渡ることは出来ないようだ。そもそもで言えば、私有の橋か?で、ここで気になったのが・・・こんな鉄板が掲示されていた事だった。書き込みではなく、わざわざ文字を打ち抜いている。こんなものは初めて見たかも。裏側からも見た。なぜ普通の看板にしなかったのだろうか?橋の先に建物があるが、橋が通行禁止、という事はほかにも行ける
【23年6月25日探索・11月24日公開】現在地はこの辺路肩に何かの支柱跡があった。これも古レールで、おそらく9㎏レールであろう大きさだった。他にも路肩にはこんな構造物もあった。ガードレール代わりであろう事はわかる。そう言えば同じ造りのものを県内で見たような・・・古レールの流用支柱、こんな使われ方もされていた。林道沿いにポツンと一軒家があった。こんな立地もなかなかうらやましいが、クマが出るよな・・・その先へと進む。