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2年10か月経過城:4(常陸半国、下総国の一部)武将:11兵数:約7200収入:+181政策:制度改新(LV1)、制度改新・弐(LV1)、灌漑整備(LV1)奉行・家宰:鉄砲教練弱小大名があらかた北条に吞み込まれた北関東において、小田家を糾合するも今もって弱小の大掾家は、小山晴朝の翻心により、辛うじて結城城を切り取り、威風を駆って古河御所を落とす。●1556年2月ん~赤いな。当分古河御所見張ってないとですね。6部隊か。また威風
マルです。常陸国の不死鳥小田氏治戦国最弱、ポンコツ大名などとも云われますが、驚くほど人々から愛され慕われた殿様でもあります。確かに敗戦落城の数はちょっと、、、とは言えないくらい多いのですが、不死鳥と云われる程に何度も再起し、城を奪い返しています。城の奪還は優秀すぎる家臣団の活躍に依るところも大きいかと思いますが、何度負けても諦めない氏治のド根性も凄いのです。そして、これほど負けても領民達に慕われ続けたという謎の人望。だって領民達、戦の度になかなか酷い目に遭っているんです。15
2年0か月経過城:3(常陸半国、下総国の一部)武将:11兵数:約9700収入:+25政策:制度改新(LV1)、制度改新・弐(LV1)奉行・家宰:鉄砲教練弱小大名があらかた北条に吞み込まれた北関東において、小田家を糾合するも今もって弱小の大掾家は、小山晴朝の翻心により、辛うじて結城城を切り取る。●1555年8月つかの間の平和。全国に目を移すと…九州は島津が固まってきた感じですね。少弐家が生き延びてるのは誇らしい。まぁす
1年8か月経過城:2(常陸半国)武将:9兵数:約4200収入:+336政策:制度改新(LV1)、制度改新・弐(LV1)奉行・家宰:鉄砲教練初手で小田家を攻め滅ぼし、その年のうちに北条家を2度撃退、その間、留守になった府中城を佐竹家・結城城に狙われるもこれらも撃退。しかし、結城家を攻め滅ぼした北条家が武田家を連れ、当家に対し総勢1.5万の兵を興す。●1554年11月なんかね。「三好家が1.5万」て言われたら、「ああ、そう」って感じなん
第4回動画完成。~以下、2023年9月26日加筆~城:2(常陸半国)武将:8兵数:約1500収入:+498政策:制度改新・弐(LV1)奉行・家宰:鉄砲教練初手で小田家を攻め滅ぼし、その年のうちに北条家を2度撃退、しかし留守になった府中城を佐竹家に狙われる。●1554年1月あとから見返すと、ほんま何やってんねんって突っ込みたくなるところありますわ。ここもですね、そのまま戦場まで行けばいいものを、帰城しちゃってるんですよね。
第3回動画完成。~以下、2023年9月26日加筆~城:2(常陸半国)武将:8兵数:約3500収入:+477政策:なし奉行・家宰:鉄砲教練初手で小田家を攻め滅ぼし、すぐに北条が攻めてきて撃退、今度は当家に対して臨戦開始したところ。●1553年9月臨戦が開始されたとき、そのまま待つ、というのも一つの手だと思います。待ってる間に兵と兵糧が幾分か増加するので。あ、あれっすよ、「北条の」「当家に対する」臨戦が開始された、ということですよ。
調子に乗って第2回動画完成。~以下、2023年9月25日加筆~城:2(常陸半国)武将:8兵数:約2300初手で小田家を攻めて倒したところから再開。●1553年6月佐竹か~。確かに。鹿島神宮で、戦闘時の士気が優位になるんですよね。これのレベルアップのためには太田城が必須条件です。それに。佐竹領内にいるこの江戸家が大掾家を滅亡寸前にまで追いやった者たちなので、恨み晴らさでおくべきか。?うちにも国衆がいます
皆様こんばんは。ちょっと試しに動画にしてみようかと思いまして。まぁそんなんで、もしよろしければご笑覧くださいな~~以下、2023年9月24日加筆~無印のときに少弐家(九州)、PKになって赤井家(真ん中ちょい西)ときて、今度は関東辺りでやってみたいなぁ、と思ったんですが、関東の大名って、どれも思い入れがなくてですねw、じゃぁ新しい大名作ってしまえ!ってことでこのシリーズが始まりました。皆様ご存知の例のソフトで女の子キャラを5人作りまして、関東で旗
当店の屋号「佐竹」常陸国の佐竹氏からいただいたものであり、暖簾には佐竹氏の家紋「扇の月」が描かれております。それを知ってか、知人から扇の月の形をした瓦をいただきました。正直、使い道がわからずにオブジェとして店頭に置いております。瓦のことなんてわかるわけないですが、立派なものだとは想像が付きます。もし、欲しい人がいれば譲ってもいいと思います。
幕末~明治期「常陸国鹿島社内之図末社略之」1点/古書古文書/木版摺り/古地図/鳥瞰図/上田恭輔旧蔵品です。33cm×80cm。木版刷り。上田恭輔旧蔵品。『データ』【書名】常陸国鹿島社内之図末社略之【巻冊】1点【成立】幕末~明治期
常陸国に行ったので風土記には、何が書いているのとお勉強。
鹿島神宮は常陸国一之宮です。明治以前、『神宮』は伊勢、鹿島、香取の三社のみでした。都から遠く離れた鹿島、香取が神宮とされていたのはなぜなのかずっと気になっていたんです謎解きしていくうちにどんどん情報が押し寄せてきて壮大になってきました✨鹿島神宮概要社伝によると鹿島神宮の創建は皇記元年(紀元前660年)。藤原氏、中臣氏が氏神として崇敬し、その後の武家社会においても武神として厚く信仰されていました。鹿島神の謎現在の主祭神は武甕槌神ですが、鹿島の神が武甕槌神で
大甕神社参拝の後は、みんなでお昼ごはんを購入して直ちゃん宅へお邪魔させていただきました。ひかりちゃんが用意して下さった甘酒で弥栄〜常陸国の話しで大盛り上がり楽しい時間を過ごしました。直ちゃんが、高級茶葉のマルコ・ポーロを淹れてくれて、ロールケーキとご馳走になりました。とても美味しかったです。本日は、たくさんのことが、繋がる素晴らしい1日となりました。とても有り難い1日でした。皆さんご馳走さまでした、ありがとうございました。
常陸国太田郷鎮守である若宮八幡宮「夏越の大袚式」が斎行されました。ブログ続き⇒夏越の大袚式…!夏越の大袚式…!、茨城県常陸太田市議会議員の藤田けんじOfficialSiteです。「この大地は我々のものでなく、未来からの借り物である。」これは私の好きな言葉です。次世代からの借りものである愛する常陸太田を「住みたい」「住んでよかった」「住み続けたい」と思えるまちにみんなで創っていきましょう。これが私の「常陸太田熱愛宣言!」です。fujita-kenji.net
こんばんは。鹿島神宮に行って来ました。常陸国一宮鹿島神宮楼門御手洗池剣は人を殺める道具にあらず、人を生かす道なり。【剣】SWORDSタロットでは風のエレメント(四大元素)人間の進化や知性の象徴である、人智、言語、技術、文化などを表しています。淡路国一宮伊弉諾神宮ところで、伊弉諾神宮でレイラインという考え方を認識したのですが出しなに地図を見ました。富士山と鹿島神宮。その先は豊川のようです。三河国一宮砥鹿神社奥宮豊川稲荷終
みなさんごきげんようずっと訪れたかった、鹿島神宮を参拝してきました。とっても清々しくて気持ちが良かった。参道から見える大鳥居。日本三大楼門の一つ。奥宮。御手洗池。湧き水が飲める場所もありました。鹿島神宮駅。またお参りしたいな。*こちらの記事もおすすめ本郷李來『[茨城県日立市]御岩神社』みなさんごきげんよう茨城県日立市にある御岩神社へお参りに行ってきました⛩上野駅から特急に乗って、日立駅まで1時間30
おはようございます。発行者の月読です。今回は特別企画『常陸国神社巡り(改)』のお知らせです。今回の特別企画『常陸国神社巡り』ですが昨日、ちょうど良い感じのバスツアーを偶然見つけまして、そのバスツアーを利用して各神社を参拝するコトにいたしました。それは常陸国(ひたちのくに)内の五つの神社を巡るバスツアーです。その結果、大洗磯前神社と常陸国出雲大社と笠間稲荷神社に加えまして、大甕神社(おおみかじんじゃ)と御岩神社の二社にも参拝するコトになりました。つまり今回の特別企画『常陸国神
全成殿を救ってほしいという実衣さんの願いを叶えることももちろんだが……比企殿をこのままにしてはおけない……かといって戦にするつもりもない「戦の支度を整えます」御家人たちを集め仲裁してもらうのですこの策で必ず「救い出します」と言おうとしたら小四郎に最後の言葉を言われた………なぜ?小四郎……策を言うよう私に仕向けておき最後は自分がかぶせてくるとは……巻狩りの時もそうだったが義兄であることを示してくるのか……いつもではないのだ……だからこそ気になる一度だけちえにきいたことがあった
1130年常陸国から甲斐国に配流となった源義清・清光親子の土着が甲斐源氏の誕生となりました清光は流れ山の小山に谷戸城を築城します別名、茶臼山城・逸見城と呼ばれています清光の子には武田信義などがいてこの流れから武田信玄に続いています信義の弟の加賀美遠光は鎌倉幕府創建に関して頼朝の厚い信頼を得て武士として最初の国司に任命された鎌倉武士を代表する存在となります。土塁や空堀に守られた城ですがすぐに落城してしまうような城です
おはようございます。昨夜降った雪が太陽の光を浴びてキラキラ自然の浄化を目で楽しんでる西宮早紀です♪先日、青空が眩しい日に常陸国一の宮鹽竈神社へこちらは景色が素晴らしい空の青,海の青が美しい〜自然の色や空気は気持ちをリフレッシュしてくれます。参拝の時に偶然太鼓の音が鳴り響きましたこれは神様と繋がったサイン!嬉しくなりました神社を参拝すると気づくこといろいろです✨神社参拝で誰もが幸せのサイン!に気づき幸せを感じて欲しい〜そう思った鹽竈神社の参拝でした今日
米叟上人は、何人たることを詳にせず。また其常住の所を知らず。能く音楽に通じて、其秘曲を知りたりと云ふ。---(その秘曲を得たる経緯を述べる。土佐国の藩士谷好井は鞍馬山に於て米叟に遭遇して秘曲(催馬楽等)を授かる。米叟は常陸国なる岩間山にて出会たる【異人】より習う。この【異人】が平田篤胤の許に通う寅吉を仙境に誘う。この寅吉が、山にて催馬楽という音曲を聞いていた。これを、土佐国の藩士谷好井の男、谷満作正兄が聞いて、さては米叟が謂える事は事実なりと大いに感じけり、とある。)---斯くて此米叟は、自
“2023年、自分のハートにとって、美しく心地良い選択を徹底にし続け、『私も貴方も素晴らしい💕💕💕』を広めながら素敵な仲間と繋がりたい❣️”言魂セラピストのHanakoです💕明日は、『大寒』予定では、鹿島神宮の『大寒禊』の御神事に参加する予定でした。タイミングが今ではなかったのか?想いは叶いませんでした。2024年は、参加出来るように心の準備をしていこうと思います。常陸国一宮『鹿島神宮』御祭神武甕槌大神中々厳しい神様です。HPは、こちら御由緒・御祭神|鹿島
2023年初のブログです✨皆様、明けましておめでとうございます(遅っ)元旦に茨城県の静神社へお詣りしてきました。常陸国二ノ宮であり豊臣家や徳川家から寄進を受けて大切にされていた神社です。徳川光國(水戸黄門)公が参拝し、祝詞を奏上したこともあるんです。主祭神は倭文(織物)神の建葉槌命です。『常陸国風土記』に、この地が静織(しどり)の里と記され、綾織の技術を持った人がここで初めて機織りをしたと言われています。この日本古来の織物を倭文(しとり、しどり)織物を織る集団
シリーズ3作品目。今回はなんと、タイムトラベル!毎回、色々なシチュエーションだけど、平将門とは!!坂東武者の代名詞ともいうべき強者であり、時には悪人なんて言われる将門…でも、個人的にはそこまで悪い印象はなかったんだなぁ。凄く歴史に詳しいってわけでもないけれど、名前くらいは知っている。そして、「首」の伝説も…。この物語りを読んだら尚更、悪人には思えなかったなぁ。まあ、歴史の見方はそれぞれだから、なんとも言えないが…。しかし、思うのは、やっぱりいつの時代も人間の野心には限りがなくて、そし
『出張の合間の神社巡り茨城編『飛龍神社』~長寿の泉~』『出張の合間の神社巡り茨城編『常陸国三ノ宮吉田神社』~幻の天皇~』『出張の合間の神社巡り茨城編『☆大甕神社☆』~星を織りこんだ神~』さて、8月以来の出張は…ameblo.jp↑のつづき。さて、笠間市の飛龍神社での参拝を終えた後は電車で南下した。最寄りの宍戸駅から水戸線で隣の友部駅乗り換え。友部駅から常磐線で約20分。石岡駅で下車。この石岡市は、かつて常陸国の国府があった土地。大甕神社のカガセオは、この地にも祀られているとい
今年も明日で終わりですね一年がとても早く感じました年越しそばに新メニーの米粉麺のタイラーメンは如何でしょ~か小麦の中華麺(黄色いやつ)とか色々試しましたがやはり米粉麺がスープにあいますトッピングは手作り鶏団子とササミ肉葉野菜と筍ですが季節によりかわります普通のラーメンと違ってあっさり味です運が良いときはお酒の肴もあったりします焼きソーセージとタイビールで乾杯~
『出張の合間の神社巡り茨城編『☆大甕神社☆』~星を織りこんだ神~』さて、8月以来の出張は茨城県水戸市。前日入りした12月25日は奇しくもクリスマスだった。町で見かけたツリーのてっぺんの五芒星は、フラグだった🚩🎄🎄🎄�…ameblo.jp『出張の合間の神社巡り茨城編『泉神社』~天降る速玉~』『出張の合間の神社巡り茨城編『☆大甕神社☆』~星を織りこんだ神~』さて、8月以来の出張は茨城県水戸市。前日入りした12月25日は奇しくもクリスマスだった。町…ameblo.jp↑のつづき。さて、大甕
今年もあと4日です毎年年末になると言うセリフ「一年早いな~」それと今年はすごく大きな変化があった1月2月は特に何もないがNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にのめりこみ佐殿散策ツーリングに出掛ける【波多野の地2月27日】引き続き佐殿散策ツーリングでいつもの真鶴半島へいってみた少し温かくなってきたが合わせて花粉もやってきて大変な時期に突入する【まなづる3月11日】そ