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心学抄論「人の欠点」自分の欠点をさておき人の欠点ばかり目につく人間心の奥底に劣等感が潜んでいる意識せずともその劣等感を補う為に人の欠点を探すこれも人間の生命活動でもあるが度が過ぎると自分自身の心が荒れて来るその荒れた心が無意識となって心の奥に沈みやがて自分自身の人格となるそれらを治すのが仁徳学である自分の欠点を探されたら嫌なはず人間誰しも欠点はあるでもそれを治しながら人は生きている仁徳学問所「自己修養」講座より
心学抄論「日々の反省」今日も一日終わろうとしている今日自分自身の言動を省みる人間何も考えずに過ごす人間双方是非はないが自省した人間は明日の自分が異なるほんのわずかな時間を自省に使ってみようこの修養が続けば自分は大きく変わり成長する仁徳学問所「自己修養」講座より
心学「活かされている」人間人生の中で多くの喜怒哀楽を得るそれぞれに自分自身を鍛える要素が隠れているが人間自分にとって都合の良いことばかりに感謝をするしかし腹の立つこと悲しいこと情けないことそれらも自分自身を鍛えてくれる栄養素を持つでもそれらに心から感謝できる人間は少ないそれらを補う為に仁徳学がある人生仁の心によって様々な喜怒哀楽が起きる仁はいろいろと変化しながら自分に訪れる仁徳学問所「自己修養」講座より
心学「日々の修養」大きく見せても自分自身の質量に変化はないただ自分を大きく見せて自己満足をしているだけ他人から観ればその見栄の愚かさや劣等感を見抜くだけである逆に自分が小さい器に思われ小細工せず自分自身の質量はそのままで良いもし大きくするならば常に謙虚で修徳を心掛け多いに聖賢の書を読み少しでも実践することである仁徳学問所「自己修養」講座より
心学「心の風船」自分を大きく見せなくとも良い自分は自分の心が持つ質量しかない当然学問という仁徳を学び質量を高めることは良いが高まっていなのに大きく見せるのは風船を膨らませるようなもの息が続かなくなればまた元の風船に萎み疲れるだけ*仁徳学問所講義より
藩校跡和歌山県和歌山市湊紺屋町1丁目10江戸時代、紀伊国紀州藩によって設置された藩校、学習館。徳川頼宣が登用した那波活所により、紀州藩の家臣に対する儒学教育を開始。1713年、徳川吉宗は儒学振興のため、湊に講堂を開設。仁斎学者・蔭山東門や朱子学者・祇園南海が講師を務めた。1776年、徳川治貞は藩政改革の際、思想的統制を目的に仁斎学者・伊藤蘭嵎や朱子学者・祇園餐霞などの講釈日割を定めたが、天明の大飢饉により、廃止。1791年、徳川治寶は湊の講堂を学習館として開校。1792年、国学者
会社に向かう途中にある湯島聖堂は、孔子廟(こうしびょう)や昌平坂(しょうへいざか)学問所跡を含む史跡であり、江戸時代は官立の大学のような役割を担い、明治初期には文部省も置かれていたそうです。お茶の水女子大や筑波大学の前身となった大学も開かれていた場所で、日本近代教育発祥の地と呼ばれていたそうです。昭和10年再建されたとの事でした。
心学抄「人の欠点」自分自身の欠点を探さない人間ほど人の欠点を探し周囲に他言している人の人格を陥れて自分を高めようと自慢気に話している自分自身の欠点を正すことをしない為にさらに自分の人格を下げていくまさに底なしの泥沼から抜け出せない相*仁徳学問所講義より
開運タロット雅麗(がれい)です!御茶ノ水にある湯島聖堂に初めて行ってみました。徳川綱吉によって建てられた、孔子廟と朱子学の学問所。元々は儒学者である林羅山の屋敷内にあったものを移転して大きくしたもの。建物から異国の空気が感じられたのも納得しました。ここね、本当に静かで、まるで別世界!パラレルワールドのようでした。とても懐かしくて立ち去り難い思いがしましたよ。今も色々な講義が開かれているようです。湯島にあって学問所だったこともあり、合格祈願に訪れる人も多いとか。御朱印も出
心学抄「否定しない仁の心」何事も頭から否定せずまずは素直に受け取り話を最後まで聞いてから自分の意見を述べるようにするのが仁の心仁徳学問所講義より
心学「徳」如何なる人間も徳を持って生まれている。しかし、その反面歳月が経つほど我欲も発生する。徳は我欲を消し、人生を豊かな道に導くが、それができない人間が多い。無欲が幸福への近道であることを知らない人間は、人生の中で無駄な事が多過ぎる。無駄の道程も大事だが、できれば余計は無駄は省きたい。埋もれた徳を磨けば、心は光る。*仁徳学問所誰もが持つ徳の資質
心学「納得」人を説得させ、相手が納得すれば人間関係に問題は起き難い。説得とは相手の得を説くことである。説くとは相手が理解できるように話をすること。相手の得になる話とは「利の得」「心の得」の双方があるだろう。聞いている相手が「自分の得」を考え、それに納得すれば、説いた甲斐があったこと。納得までに及ばないのは、自分の得が観えていないからであろう。人間、自分が不得なことは避ける。これは当たり前の事象であり、それに善悪や是非もない。人間の都合に因るものが多い。「利の得」「心の得」
心学「不安」不安は心から生じる。我欲は考えなくとも良いことを心配させ、無駄な心の力を使わせる。不安に陥る人間は、自己中心的に物事を考え、自分を苦しめる。自分の事を思えば不安の量は増え、相手の事を思えば、自分への不安は減る。心が小さい人間は、頭は自分の事しかない。常に仁の心を修めよう。*仁徳学問所仁は自分自身の不安を減らす妙心
3年前の投稿です。菅原道真公の紅・白梅殿という邸宅と菅家廊下(かんけろうか)と称する学問所の跡です。菅原公生誕の地とも伝えられています。菅原公が太宰府に左遷させられるにあたり「東風(こち)吹かば匂ひをこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ」と詠んだ「飛梅の地」と言われています。それでは、また。(^_-)みんなの回答を見る
広島市街の最たる中心部に建つ頼山陽史跡資料館。ここにも、幼い頃から親に連れられ、頼山陽の遺した事蹟について徹底的に教え込まれてきました。なので、私にとって、やはり特別な地。ここは原爆投下時、ほぼ直下であったにもかかわらず、隣の日銀の陰になったため、奇跡的に倒壊を免れ、被爆後も使用され続けました(収蔵品はほぼ壊滅)。その後の老朽化によって、門塀と門碑以外は新たに建て替えられています。原爆で幹の大半を失った後、再び芽吹いた庭のクロガネモチを描いたふすま絵が無くなっていたのが、少し残念。頼
9月に入って信じられない日が続いている。この時期の連日の猛暑日はホントに応える。もうすぐ中秋の名月を迎えようとしているのに何てこった(笑)。自然の気まぐれに只々脅威を覚え、身を置き方を考えるしか...それでもほんの五日前の曇りがちな日に、京都御苑西側のある庭園の撮影に伺ってきた。このエリアは40年前からよく知っている所なので、この門構えは見ているかもしれないが、記憶は定かで無い。インターネットの紹介文によると、有斐斎弘道館(ゆうひさいこうどうかん)は、江戸中期の京都を代表する
心学「言葉」言葉は話す人間の心によって大きく変わる。相手を慰めることもできるし、反対に失意を与えることができる。言葉の本質は人間の心である為に、言葉は人格になる。自分自身における言葉の教育を訓練し、人を傷付けず、勇気を起こし、人生の栄養を与えよう。言葉は自分自身の心。*仁徳学問所言葉に仁徳を修める日々の会話
心学「修徳」常に自分を磨き、徳を修めようとする人間には福の道が開く。徳を修めもぜす、ただ自分の為にしか生きない人間には福が遠のき、貧しい人生を過ごす。徳は周りの人々を思いやり、我欲を抑え、利の配分を行う。他人からの信頼を得、多くの人々が安心感して集う。修徳は一生の勤め。*仁徳学問所仁徳を修めてこそ人生の負担は減少する
有備館(ゆうびかん)は、江戸時代の日本にあった教育施設。仙台藩の学問所。有備館は、江戸時代に岩出山伊達家の家臣子弟の学問所となった建物です。2008年、2011年の地震で被災したが、2016年に災害復旧されました。今日は天気が良いので、有備館とまわりの池と庭園とのコントラストがあってとても綺麗でした。
心学「徳」徳のある人間は、人を差別しない、蔑ろにしない、相手の欠点を優しく指摘する。また、人を甘やかしはしないが、その人が歩む人生を見守る。徳は人生の力であり、心の財産である。奪われることなく、減ることなく、善行によって増える。普段から「徳の有り方」を思うことが肝要。*仁徳学問所常に自分自身の仁徳を確かめる
中世の文化の継承が、和歌の古今伝授に代表されるように、少人数の間で特権的になされた(ただし民衆むけの説法のことはさしおく)のに対して、近世にはより自由に多人数の公衆にむかって伝達される。学問もその一例なのであった。仁斎や柤棟は、独創的な思想家である前に、優れた漢文教師であった。そのような高級な趣味(需語」述而篇の語によれば「遊芸」)は、上流階級の人々または上流階級に近づきたい人々にとってのたしなみであった。武家においては武術や学問の教師が「芸者」のうちに含まれた。十八世紀末、寛政の
心学「上に立つ者」上に立つ者が仁徳を修めていなければ、下の者はその仁徳を学ぶことはできない。仁徳を修めていない経営者は、仁徳のない経営を、仁徳を修めていない政治家は、仁徳のない政治をする。これは当たり前のこと。これは自分自身にも言える。自分自身の長は自分である。自分が仁徳を修めていなければ、自分自身を仁徳ある人間に育てることはできない。仁徳はじめ「義・礼・智・信」は人間の心として「修めるべきこと」であり、人間関係も潤滑になる。心の迷いや悩みを軽減し、心も安定する。まさに心の妙
心学「天候」天候は自然の呼吸。人間と同じように天地にも呼吸があり、その時々の体調がある。晴れもあれば雨もあり一定ではない。自然の法則は元々一定ではなく常に変化する。その変化の中に自然界の動植物が育つ要素がある。人間も常に変化を繰り返し、心に肥やしを与えている。天候の変化に怒っても仕方はない。人間の感情も同じこと、怒っても仕方はない。*仁徳学問所人間の心を観る時は仁を以って観る
心学「貪る」貪(むさぼ)るという言葉があります。むさぼるとは今という字に、貝という字が付きます。これはどんな意味かと言いますと、今心の中で思っていること、お金が中心になっている状態です。貝とはお金を意味しています。貪欲とは他人のことより自分のことだけを考えたり、自分の利益を中心に考える人の心の状態を言います。貪は決して裕福や幸福にはつながりません。他人を利用して生きている人は、貪りの人です。同じ行動でも他人の為、無意識に働いて、
少し時間が空いたので、ちょこっと寄って来ました湯島聖堂です〜ここには昔、コンテンポラリーダンスの公演を観に来たことがありますが、夜だったので建物の外観などは記憶に無い。【湯島聖堂(ゆしませいどう)は、東京都文京区湯島一丁目にある史跡。江戸時代の元禄3年(1690年)、江戸幕府5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟であり、後に幕府直轄の学問所となった。……「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある】聖堂というと、なんだかキリスト教の寺院かと思ってしまうけど、ここは孔子を祀っているのか。知
心学「謙譲」人間、自分も大事、人も大事。自分を愛するように人も愛する心はまさに仁愛そのもの。この仁愛の実践が「謙譲」である。「謙譲」(けんじょう」とは何事も謙虚で人を優先的に思いやる心。人間関係の基本は「仁」です。この「仁」があってこそ人間関係が円滑になる。仁は人を思いやる心、人を愛する心、人を慈しむ心、自分より人を優先し、人を労わる心。自分自身を後回しにして、人に「先にどうぞ」と気軽に言える自分自身を創る。最近、この「先にどうぞ」が少なくなり、「我先に」「自分を優先する」人
心学「学ぶ」自分と合わない性格の人間、嫌いな人間、いろいろと人間の好き嫌いの感情は起きる。それは当然のこと。しかし、世の中はそのような人間とも付き合う必要が多々ある。学問を修めた人間は、たとえ好き嫌いの感情があっても、それらの人間を否定することなく、「仁」の心を以って接するが、あまり近づかない。近づくほど感情に影響するからである。しかし、なぜ自分と合わないのか、なぜ嫌いなのか、それを自分自身の心を観ることによって心の器を計ってみる。心の器を観ることで自省と改善ができ、器が大きく
心学「陰陽」陰陽の陽は自らの力で光る存在。陰陽の陰は他の力で光る存在。天体で言えば太陽と月の存在と同じ。しかし、意外と気が付かない地球の存在。地球も月と同じで陰の存在である。陰陽こそ宇宙の存在でもあるが、人間関係の原点でもある。多くの人々からの恵みを受け、自らも影響を与えている。人間、光りはしないが、天恵をいただき、また与え、互いに活かし活かされ、生かし合っている。この陰陽を乱すのが我欲。自分さえ良ければと云う悪欲が、人を傷付け
心学「敬」人を敬う。老人に対する言葉に思われがちだが、すべての人へ敬う心が大事。人の事を軽蔑や馬鹿にする人間は、この敬の心に欠ける。その原因は心の劣等感にある。この劣等感の裏返しは優越感。自分の劣等感を隠す為に虚実の優越感が欲しくなる。人を軽蔑したり、馬鹿にしたりして、自分を優位に立たせる。人を敬うことは、すべての人が持つ人格や過去を認め、慈しむ徳が必要。それはその人の言動によって表れ、仁徳を知らしめている。まずはすべての