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2023年10月8日。江戸時代以前は「神田山」と呼ばれていた現「駿河台」にたちどまる。駿河台はこれまで何度も立ち寄り、このブログで触れてきた。ここで、なぜ、あらためて歩いたかというと...。先週のNHK大河ドラマ「どうする家康」で、いよいよ江戸、現東京づくりはじまるにあたって、神田山を切り崩して新橋・日比谷を埋め立てるという、一大プロジェクトが計画された場面があったからだ。そうなのだ。江戸・東京という世界一の大都市づくりは、この「神田山削ぎ」からはじまるのだ。この、東京のまち
インターネットで「神田山切り崩し」をキーワードにしで検索してみると、ほとんど「徳川家康が江戸の町を神田山を切り崩して日比谷入江を埋めた」という記事ばかりです。ネット空間においては絶えざるコピー&ペーストの繰り返しで、いまやこの説は定説→常識にすらなっているようです。国土交通省•東京港湾事務所のHPでも以下の説明がなされています。しかし、芳賀ひらくの本『江戸の崖東京の崖』(第7章)を読んでいて、素人なりに“成る程なぁ、疑わしい?”と疑問が湧いてきました。芳賀氏の疑問(問題提起)は、
懐石「龍雲庵」が再開しました。千代田線の新御茶ノ水駅近くの駿河台3丁目です。猛暑の中、準備が大変だったと思いますが、後藤先生もお店の皆様もお元気です。早速お料理をいただいて参りました。お膳にはお祝いのお赤飯、味噌汁、枝豆豆腐、紅白膾。「煮物椀」は出会いの鱧と松茸「造り」「焼物」は子持ち鮎「炊合せ」の冷やし鉢