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今回は大楠公・楠木正成の「凄み」が十二分に発揮された回でした。思えば、楠木正成と言えば戦前の皇国史観で散々にその本質を歪められた一面がありました。「忠臣」という側面ばかりが強調され、その戦術家としての見事な軍略の天才ぶりが伝わらない。今回はフィクションも交えながら、その軍神の凄まじさ、そして新たな一面に着目した彼の凄みが十二分に発揮されています。やはりこれは南北朝のラスボス足利尊氏を倒せるのは大楠公のみという当時の人の考えを体現しているのでしょう。実際、本作を見たら、「彼なら倒せる!」と思
金沢までは新幹線が出来てターミナル駅にしかし昔はもっと交通の要衝だったようです北の備えが薄いので桓武天皇が勅令で作った神社なのです平岡野神社(ひらおかのじんじゃ)の石碑金沢駅駅から一番近く平安時代からある神社です延暦20年(802年)桓武天皇の勅命を受けて泰範上人が滋賀県坂本の日吉大社から御分霊を受けて創建されたらしい山王明神と呼ばれていたらしい手水舎泰範(たいはん)上人は最澄が病気になった時に比叡山総別当に命ぜられるぐらいの天
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきますみなさんこんばんは(´Д`)。本日は歴史好きなぶたさんの大好物!楽しい歴史系図でございます(´Д`)!ぶたさんは歴史上の人物の系図がとにかく好きなんです。本日注目するのは坂上田村麻呂(´Д`)!平安時代初期に征夷大将軍となり、蝦夷征討で活躍した人として有名ですよね。でもでも(´Д`)。坂上田村麻呂は有名だけど、子孫はあまり歴史の表舞台には出てこない気がしませんか?はて(
『逃げ上手の若君』は歴史を題材にした作品としてはそれこそ下手な大河ドラマ顔負けの高クオリティ歴史漫画といってもいいのですが、同時に「物語」として見た場合には構造的に大きな問題を抱えています。それは…南北朝のラスボス・足利尊氏が登場すると途端に主人公である北条時行くんの影が薄くなる試みに今までの過去回の感想記事を振り返ってみるとラスボスの尊氏が登場した回では殆どの文量を我ながら費やしているのですね。これはもう時行くんよりもラスボスの方がキャラとしては凄まじく確立している…というか松井センセイの
皆様、ご機嫌YOです!足利尊氏。皆様ご存じの室町幕府の初代将軍にてウヨ共には大逆人扱いされている御仁であります。ちなみに鶴ヶ魂的には後醍醐への「反乱」をどうこういう気はありません。後醍醐は背かれるべくして背かれた、と思ってますので(ちなみに後醍醐については、湊川へ向かう寸前の楠木正成にも手紙で上記と同様の指摘をされています。それへの後醍醐の反応は不明)。そんな彼ですが、最近の多くの歴史ファンから指摘され、僕も大いに同意している一つのポイントがあります。それは後で触れます。勿論尊氏
南北朝の争いは「南朝が正統」で決着しました。北朝の天皇が「北朝1」「北朝2」みたいな脇扱いされているのは、そのときの「政治決着」が今も生きているからです。北朝のスポンサーである室町幕府、足利義満が、三種の神器を南朝から取り戻すための方便として、名目上だけ妥協した、ということです。どういうことか、以下、説明します。天皇家が「持明院統」と「大覚寺統」の二つの家系に分裂したのは鎌倉時代のことで、これは純粋に天皇家の内輪もめです。後嵯峨上皇という困った人がいて、末っ子が可愛いからといって、兄
こんばんは、デジkota9です!突然ですが、室町時代を切り開いた人物として知られる足利尊氏。今回はその足利尊氏が九州に来たことがあるということでその足跡を辿る話なんですが…時の将軍といえば江戸幕府を開いた徳川家康とか鎌倉幕府の源頼朝などは有名ですし、とりわけ家康公ともなると歴史物でしょっちゅう出てきますし、日光東照宮などは世界遺産になるほどで、知らぬ人はいないといった感じです。鎌倉時代と江戸時代を挟む武士の時代の、帝は南北朝に分かれてのちには戦国乱世
『逃げ若』は大河ドラマ『太平記』を意識していているように思えてならない。今回の大楠公と後醍醐帝とのやり取りがかつての『太平記』と構成がよく似ているのですね。後醍醐帝が持つ多くの人々を惹きつける魅力とそしてその長所を台無しにしてしまう欠点が露呈する『太平記』第3話で主人公である南北朝のラスボス足利尊氏が初めて一目見て一目惚れに近い形でゾッコンとなったように、後醍醐帝という帝王は多くの人々がその魅力で惹きつけるほどの稀代のカリスマ帝王でした。実際、多くの人が「この御方なら乱れ切った世の中を変えて
前回からの続きです(令和元年9月28日のことになります)三条通りから上がって行って、御池通りへ向かいます御所八幡宮住所・中京区高倉通御池東亀甲屋町こちらには過去にも行ってるんですが、不在で御朱印が頂けなかったので、近くまで行ったので来てみました駒札祭神応神天皇・神功天皇・比売神もと御池堺町西南角の御所八幡町にあったが、太平洋戦争中、御池通の強制疎開によってこの地に移されるこの八幡社が「御所」八幡宮と呼ばれるのは、室町幕府初代将軍・足利尊氏が自らの邸宅内の守護神として勧請した
遂に逃げ若のアニメキービジュアルが公開!!それと共に主要キャスト全員の声が公開されました。それぞれの第一声を聞いた時の印象。TVアニメ『逃げ上手の若君』第1弾PV#逃げ上手の若君#CloverWorks#逃げ若「勝つまで逃げよ」幼き少年少女たちが挑むのは――天下を取り戻す鬼ごっこ!TVアニメ『逃げ上手の若君』2024年放送!◆スタッフ原作:#松井優征(集英社「週刊少年ジャンプ」連載)監督:山﨑雄太シリーズ構成:冨田頼子キャラクターデザイン・総作画監督:...www.yo
さて第1部が終わっての来る第2部となる今回の話。出だしがどうなるか気になっていたのですが…ちょっと待ってぇぇぇ!!!今回、完全に逃げ若版『太平記』になっているんですけど!?完全に南北朝のラスボス足利尊氏が主役になっているんですけど!?主人公の時行くんが完全に不在なんですけど!?いやむしろ大歓迎なのが困っちゃった所(苦笑)今回の舞台となる1336年はまさに日本史上でもこれほど凄まじいジェットコースターのような勝者が入れ替わる凄まじい逆転!逆転!逆転!はそうはない。そして何よりも南北朝最
後醍醐アンダーソン天皇鎌倉幕府の後に天下を制したのは持明院統の光明ラビン天皇を擁する足利スクワイア尊氏だった。しかし不満を抱いて京を脱出した大覚寺統の後醍醐アンダーソン天皇はモンセラト吉野に南朝(通称ABWH朝)を開いた。南北朝時代の始まりである。南北朝はそれぞれの正統性を訴えて訴訟合戦を繰り広げ、内戦状態に陥った。後醍醐アンダーソン天皇が開いた南朝は、非商業主義であり、三種の神器(ブルフォード、ハウ、ウェイクマン)を有すると、正統派プログレを主張したが、セカンドアルバムの制作が進まず
みなさん、おはようございます!こんにちは、こんばんは♪今回の投稿も前回に引き続き、栃木県足利市に鎮座する国の史跡「鑁阿寺(ばんなじ)」をみなさんにご紹介したいと思います📓🖋️✳️蛭子(ひるこ)堂✳️(市重要文化財)「時姫堂」とも称します!足利義兼の妻「北条時子(源頼朝の妻北条政子の妹)」を祀り、時子の法名から「智願寺殿」ともいいます。✳️校舎✳️(市重要文化財)「宝庫」・「大黒堂」とも呼ばれます!建築様式は「校倉」で、元来、当山の宝物を収蔵した場所です。✳️分福観音✳️①
遂に強大なる南北朝のラスボス足利尊氏が立ち上がる!!いやもう分かっていることなんだけどね…ラスボスの腹黒い弟直義を敗北に追い込んでも次に来るのはラスボスの出馬…そしてその結果どうなるかも。時行くんに有力な味方が増える一方で、南北朝のラスボスが遂に動き出したことで歴史は大きく展開していきます。このラスボスの出馬こそが当人の意志とは裏腹に色々な意味で時行くんだけでなく、当時の人々の運命を大きく変えることになります。それはまさに荒波のごとし。そして翻弄される最初の相手となった時行くんたちは…それでは
南北朝のラスボス、圧倒的絶望感で降臨!!今回の絶望的なまでの展開、これまで見てきた読者もまた時行くんと同様に絶望するしかありません。何しろあと一歩まで迫りかけたラスボスとの対決は一気にひっくり返され、更に最強の味方か敵になり代わってしまうという最悪の展開。そして遂に「その時」が迫りつつあります。これまで一心同体で進んできた保護者である頼重さんとの別れ…残念ながら南北朝のラスボス・足利尊氏は余りにも人間離れした存在だったで勝つことが出来なかった。南北朝のラスボス「ちょっと我が本気出すと真の
こんばんは。梅田で買い物をして、その足で神戸に久しぶりに遊びに行ったついでで何だったんですが、そういえば夏越の大祓の「茅の輪」がないか湊川神社を覗いてみると設置されていたので、28日(木)でしたが一足早くくぐってお参りしてきました。湊川神社の御祭神は楠木正成公。湊川の戦いで足利尊氏に敗れ、殉節した場所でもあります。創建はわりと新しく明治時代の1872年です。(本殿と茅の輪)茅の輪の左にはくぐり方が丁寧に書かれていました。今までちゃんとくぐってお参りした
福岡県飯田市の明正寺で「親鸞聖人御降会〜特別企画〜本堂コンサート」が、終了いたしました〜昨日も、寒かったですが、今日、とても暖かく、爽やかな一日でした。音響照明「STAGE249西九州舞台」会社のお陰様で、本堂は、とても幻想的な雰囲気になりました!本堂は、広いです。お客様は、いっぱい入って、コンサートホールみたいです。子供達もたくさんきていただきました。みなさんは、音楽と合わせて歌ったり、踊ったり〜楽しかった!会場は、とても盛り上がりって、こちらも、燃えて暑くて、汗汗汗でした。
こんばんは、デジkota9です!足利尊氏を追う!福岡編エラそーな題名をつけておりますが、尊氏公ゆかりの地を訪れてるだけです(;^_^Aそんなプチ歴史探訪ですが、福岡で訪れるのが多田羅という交差点と興国寺というお寺の二カ所。足利尊氏を語る上でおよそハズすことのできない戦いが福岡でありまして、それが多々良浜の戦いと言います。京での戦いに敗れ、再興を賭けて九州へと西走し、この多々良浜の戦いで勢力を立て直して再び京へと向かうことになるのです。
脳天大神龍王院からの階段を、月美結貴さんと共に上がって、蔵王堂までたどり着いた時には、二人ともすっかり息が上がってしまい、ゼイゼイしていました。大峯千日回峰行の阿闍梨(あじゃり)になるには、まだまだ程遠いようです。いや、絶対になれないから(笑)これから向かう予定の吉野神宮は、ここからかなり離れた所にあるのですが、バスは土日だけで、平日は通っていません。月美さんがタクシー会社に電話して調べてくれたのですが、どのタクシーも満席で出払っていて、送迎をするの
現在の天皇家は「北朝」の子孫です。なのになぜ、「南朝が正統」とされているのか?足利義満が「南朝を正統と認めます」という政治的決着で南北朝を合一したから、です。そんな馬鹿な、南北朝は「北朝勝利」で終わったから、南朝の子孫は消えて、北朝の子孫が今の天皇に至るのではないのか?実質的にはそうでも、形式的には、南北朝の分裂は「南朝正統」で決着したんです。「南北朝の戦い」というのは、実は「源平合戦」と同じくらい、誤解を招く表現です。南北朝時代を「南朝と北朝が戦った時代」と考え「北朝の勝利で終結し
神戸高速線新開地駅徒歩5分兵庫警察署前竹内典之シェフGeorgesBlancHôtelBeau-RivageGenèveフィレンツェやプーリア州等で3軒リーガロイヤルホテル大阪を経て2017年5月15日オープンムール貝・小海老・帆立・トマトエスカルゴバターココット焼き真鯛の香草マリネ、シーザーサラダカリフラワームースパイ蛍烏賊・ベーコン・菜の花ペペロンチーノ→予約時スープへ変更可連子鯛、ベーコンと春キャベツケッパー・焦がしバターソース兵庫産牛フィレ肉、マデラソ
京都府綾部市にある安国寺に行ってきました。993年に創建され後に足利尊氏によって尊崇を受けるようになった大変由緒あるお寺です。足利尊氏が生まれた時に産湯に使った水を汲んだ井戸や足利尊氏のお墓があります。それともうひとつ、ここはアニメ・一休さんに出てくるお寺のモデルになったお寺です。とても静かな環境にありました。境内横に無料の駐車場があります。ここ、地域の紅葉の名所でもあり、ということは、きっと新緑もキレイなはず、と今の時期に行ってみることにしたのです。境内はまさに輝く新緑に包まれて
京都マムです。NHK「究極ガイド2時間でまわる嵐山」のメモです。嵐山へお越しの際はご参考になさってください。スタート地点は嵐電の嵐山駅。朝8時からまわるのがおすすめ。↓地図はこちらからゲットできますhttps://www.nhk.or.jp/program/2hguide/arashiyama.pdfエリア1必見箇所は8カ所。No.1天龍寺参道天龍寺は嵐山エリア唯一の世界遺産。およそ700年前、室町幕府初代将軍の足利尊氏の命によって建立。
今回の出張プライベートタイムでは、久々に中国語原書も読みました。紙媒体の文庫本を皮切りに小説10冊+エッセイ1冊+原書1冊トータル12冊の本に触れました。気に入った順に番号をつけて、自分なりの感想を書いてみます。①『夜が明ける』西加奈子著素晴らしい作品でした。出だしは楽しくてユーモラスでワクワクして、中盤は本当につらくて、そのネガティヴさに読み進めるのがきつくなるほどでしたが、終盤で昇華を体感しました。そして、ラスト!感動しました。