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2020.939才血尿がでて、腎細胞癌と告知その時には既にリンパ節、左足の付け根の骨転移があり、ステージ4でした。その後、私の年齢と病歴(子宮筋腫)から遺伝子検査により、遺伝性平滑筋腫症腎細胞癌とわかりました。2020.冬右腎臓摘出オプジーボヤーボイ開始肺の怪しい影も転移と分かる2022.841才頭蓋骨転移放射線治療か変薬(カボメティクス)か…
送料無料【1本】ハナビラタケ無添加100%タブレット(45g)約180粒飲みやすい安心群馬県産国産βグルカン免疫【約1か月分】楽天市場7,344円こんにちは、はじめまして、久慈慎之介と申します。49歳男性です。20歳の時に潰瘍性大腸炎を発症40歳の時に腎臓癌を発症しました。なんとかこの年齢まで生きてこれましたが、病気と闘うようになってから30年近く経過してしまいました。もしかしたらあと数年しか生きられない可能性もあります。何とか元気のあるうちに日記
こんにちは!今年の春は雨が多い2週間以上ブログを更新してませんでしたね~。勿論、毎日皆さんのブログは拝見してましたよ昨年の11月に右眼の網膜に穴が開き手術したのですが、術後も霞んで見えたりとイマイチ調子が悪くてね。今週の月曜日の仕事中に右眼に違和感を感じて鏡を見たら真っ赤に充血していて昨日一番に眼科を受診したところ「前回手術したところとは関係ない」とのこと。単なる充血みたいですいつも愚痴りますが5年間で5か所(5部位)の手術す
はじまりは、22年夏、ん十年ぶりの人間ドックで膵臓の嚢胞指摘。55歳は全額会社負担でラッキーと、お気楽でしたが、まさかの精密検査。精密検査後経過観察でしたが、23年夏、膵体尾部切除ロボット手術しました。5㎝あったみたい。膵臓の3/2と脾臓取られました。良性だし、取ってスッキリと思いきや退院前のCTで腎臓に影あるよって。。。「これは健診でもみつからないよ。今回の手術で、見つかってラッキーと思った方がいい。」そう言われても。。。退院も決まり、テンション上がってたのに一気にブルー
痛みは治まったけど、夜が明けるのを待って妻一人で病院へ近くの内科へ行くが、そこでは胃腸炎だと診断されるが、あの痛みはそんなものではないと直感した妻は後日、ほかの病院へエコー検査をしてもらうすぐに大きい病院でCTを撮ってもらうようにと紹介状を書かれた後日、CT画像から腎臓に癌があると判明大きさは6センチ妻はその足で当時、年長さんだった娘をお迎えにいった帰宅してすぐ僕に電話をくれたが、説明の途中で堪えきれずに泣きだしてしまっためったに泣かない
こんばんはPajaです。前回は、2回目のキイトルーダ投与までのお話をさせていただきましたので今回は、3回目のキイトルーダ投与前のお話を記載したいと思います。再び造影剤検査主治医から様子をみつつ慎重に治療していきましょう!との事でこの日は、各種検査と診察の日。。そして指の麻痺の診察!!腎臓癌を診断されてから早1ヶ月。という事もあり癌という病を自分なりに理解してきたつもりです。なので、診療とは別に、今回は先生に・今の自分自身の認識の確認・自分自身治療にたいする気持ち・15
今日は6週間ぶりの泌尿器科通院日でした前回、3年ぶりに頭部CTを撮ったのですが問題なく胸部CTも再発転移なしでした前回の診察の時から思いきって6週間の休薬をして手の副作用は完全ではないものの、だいぶ良くなったのでまたスーテントでお願いします。と主治医に伝えたところ、👨⚕「ちょっと1つ提案があります。」と言われ👨⚕「最近ずっと考えてたんですが、、、○○さんは3年半程スーテントですよね。スーテントだけで1年や2年良い状態が続く人はいるけど、3年以上消失状態が続いて
今日は診察日だったけれど家を出る前から、妻は弱りきっていた家から病院まで、一歩も妻が、自力で歩くことはなかった一応、血液と、尿をとったけれどそのまま奥の部屋で、横にならせてもらった少しすると主治医がきた二回目のトーリセル投与が目的の通院だったけれど主治医は中止にしたほうがいいと言った予想外じゃなかったどう見ても、抗がん剤治療をする状態ではなかったトーリセルの中止は、今日だけではないもう、治療はしない僕は、妻の目の前で、主治医に
3月の入退院から、1か月後の4月に妻はまた入院でも、それは癌じゃない病気での入院妻のお腹には何年も前からぼっこりとカタマリがあった(ときに痛みも)ライチぐらいの大きさで当時のかかりつけの医者にはずっと脂肪のカタマリだと言われていたけど、これが実はヘルニアだったことが発覚いわゆる脱腸というやつ。。がんセンターの担当医が”んん、、これ、脂肪じゃないですよ”って感じで触診のみで、見抜いてくれたがん治療のためにも手術するなら早い方がい
今日、妻が入院したカボメティクスをやめることは先週書いた休薬期間もあったけれどなんだかんだで2年近く続けたカボメティクス去年末ぐらいから効きが悪くなっていたけれど…先週、それを確かめるためのCTを待っているとき、妻が「癌が進行してたら、カボメティクスなんかやめてやる」と、冗談めかして言ったカボメティクスを服用している患者さんならわかってくれると思うけれどこの薬の副作用は、ほんとうにツラい強い倦怠感とか、手足症候群とか数え上げれば、き
初めましてPajaです。癌の診断されてからすでに1か月半経過してしまったので今回は、最初の異変~検体検査開始までのお話をさせていただこうと思います。最初の異変今年の5月下旬に左下腹部~背中にかけて殴られた後のような激痛が走り一人じゃ歩けないくらい痛かったです。コロナ禍という事もあり私は、在宅勤務だったので仕事のメンバーにお腹に激痛があってこれから病院に行くので早退します。と入力し妻に救急車を呼んでもらいました。救急車が自宅に到着しなんとか救急車までたどり着き病院に運ばれました病
治療を始める病院はいくつかの選択肢があったけれど、妻はがんセンターでお世話になることを決めた妻の腎臓には腫瘍があることその大きさが約6センチだということそしてそれがおそらくは悪性だということぐらいしか、僕たちはまだ分かってなくてその日、始めて会った担当医に詳しい検査結果を聞いたリンパ節と肝臓に転移あり僕は親父を肺がんで亡くしていたので、なまじっか知識があったし、6センチという腫瘍がけっして小さくないことも、あらかじめネットで調べて知っていたけれど
時刻は12時くらいに泌尿器科に行って1時間くらい待って部屋に呼ばれました。覚悟はしていたはず大丈夫。大丈夫。先生はCT結果を見ながら優しく言葉をすごく選んで説明してくれてるのがすごくわかる…丁寧にゆっくりとわかりやすく…その優しさすら辛く涙が勝手に溢れて溢れて冷静に聞きたいのに涙は止まらなかった結果は☟左の腎臓に11センチの腫瘍があります。そこからお腹に向かって大きい血管に絡んで肺にも腫瘍か血栓があるとの事…。ちゃんと聞かなきゃって思いも強くて質問色々したけど何言
2020年2月25日に腎臓がんを告知されて、今日で丸4年が経ちました癌を告知されたばかりの時はとてもショックを受けて今後どうなるのかが怖くて毎日泣いてた。5年生存率を見ては落ち込んでた。手術する前までは転移がないと言われており、手術したらこの腫瘍熱や貧血も良くなって、元の生活に戻れると(その当時は腎臓がんはステージ3までだと薬物治療はなかったので)思ってた。でも手術を待つ2ヶ月の間に多発肺転移や他にも転移が見つかり、治療をしないといけなくなったし当時は体調がだ
朝8時に娘を小学校に送り出してから妻と二人で癌センターへキャリーケースをころころゆっくり歩いて15分で到着手続きを済ませて妻は入院、僕は仕事へ(コロナで病棟にはまったく入れず。。)でも15時から緩和ケアチームの説明があるので僕はまた戻ってくる予定お昼ぐらいに妻から”今からCTを撮る”と、LINEが入る15時に病院に戻ると主治医がいたので僕は、挨拶もそこそこに「CTどうでした?」「まだ放射線科の判断が出て…」「とりあえず
妻の副作用はあいかわらずで食欲はなく、落ちた体重は戻らないでも癌には効果があった腎臓の原発巣は、ほんの少しだけど肝臓に転移した癌はほとんど見えないくらいに、小さくなっていたということで、もちろんカボメティクスは継続人から食べる楽しみを奪うのって本当に残酷なことだと思うでも妻からはそういった泣き言は聞いたことが無い食以外に楽しめることを探せ!温泉、岩盤浴、映画もともと僕たち(とくに妻)が好きだった趣味に隙あらば出かける娘が学校に行っ
再度総合病院へ早速見てもらうと腎臓からの癌ではない。先生が専門外だから消化器の先生へ電話してくれた。そこで一緒に見てGISTではないかと。GIST??腎臓癌じゃないんだ。私もう少し生きられるかもと喜んだのに調べてみたら腎臓癌より酷い。崖から突き落とされた気分だ。すなわち希少がん。10万人に1人か2人の割合だって。宝くじも当たったことないのに...なんでだ、なんでだ。詳しくはもう少し検査してからという事になった。家に帰ってからも泣いてばかり。子供には申し訳なかった。G
8月家族3人で僕の田舎に10日間の帰省帰省といってもコロナもあるし実家には泊まらずに、ホテルをとったホテル10連泊!なんだかリッチな響きだけど高いホテルではないそもそも僕の田舎に高いホテルなど無い。。でも、海、河、プール、たまに山毎日よく遊んだそして9月のCT検査結果は変わりなし”変わりなし”と、いっても、前回悪くなっていた状態と同じってことで良くなったわけではない7月に転移がみつかった肝臓の癌も大きさはそのままだった主治医も
今日は2回目の訪問看護9時に看護師さんが来宅僕はたどたどしいながらも妻に点滴をした途中、何度か看護師さんにアドバイスを受けたけれどうん、なかなかうまくできたと思う出会ったとき僕が26歳、妻が24歳今僕が47歳、妻が45歳20年の時を経てまさか妻に点滴を処方する日が来るとは。。ここ数日は、僕の仕事が落ち着いているので妻と過ごす時間を長く持てる妻はもう、ほんとうにゆっくりとしか動けない体重は36㎏(これでもほんの少し戻った)
夫と共に、術前最後の受診。実はこの4月で担当医変わって、初めまして。次に会うのは入院って。。。よろしくお願いするしか無い。診察はあっさり終わり、次は麻酔科へ。去年、膵臓の手術の時は硬膜外麻酔で、かなり痛みが軽減されてた気がします。今回は、硬膜外麻酔しないって?え~、怖いんですけど。大丈夫だと思うって。。。先生、貴方、やられたことありますか?手元の追加の痛み止めスイッチ、不安でカチカチしてばかりだったから、良くないのかな?「あと、不安なことありますか?」と聞かれ前回、痰が出
昨日、僕と娘(7歳)だ出掛けているとき妻から着信があっただいたいのことはLINEで連絡がくるので電話が鳴るとドキッとする「コケてしまった」と、妻1ヶ月ぐらい前にも、膝カックンで転んでしまったことは、ブログにも書いた妻の右ひざは、今のところ放射線治療の恩恵は見られなくて日増しに、動かなくなっている昨日も家の中を、普通に歩いていたら転んでしまったみたいめっちゃ、ゆっくり歩いていても(ゆっくりしか歩けないんだけど…)もう、何か、つかまるものが無
闘病の記録を書いていこうと思ってます左腎臓は摘出肺の多発転移はオプチーボ、ヤーボイで治療中ですオプチーボ、ヤーボイでの治療は1度、副作用で4ヶ月も中断してしまったこともたり10ヶ月めで初めて目に見える効果がでました。ただ縮小を確認したと同時に脳転移1つ見つかりました副作用初期のCTで脳転移は確実になかったので休薬中に転移たのかな?と思うと、もっと早くセカンドオピニオンしておけば良かったと、とても悔やまれます遠隔転移2ヶ所めでステージ4これから脳転移の治療をガンマナイフで行います。ガン
昨日は妻の診察日僕は妻の通院には、だいたい付き添っているたとえばMRIとかCTを、撮るだけの日そんな日は、妻が一人で行くこともあるでも、主治医と話すときは必ず付き添うことにしている自営業なので、その辺の融通は利かせられるあと、家から癌センターまではすごく近いゆっくり歩いても15分ぐらいこれはすごく助かっているで、診察いつもの血液検査はとくに異常なし主治医の問診前にもちらっと書いたけれど妻の背骨は湾曲していてもしかすると、足腰の痛み
3か月後、造影CT。もう何回やったろ。被爆しまくりじゃん。1週間後、旦那も休めないし、1人で受診。診察室に入ると、「やはり、手術しましょう。」この3か月待ちは何だったん。約、1㎝。ロボット手術で、部分切除。もしかして、片腎全摘とか思ってたので、部分切除で行けて、少しホッとしたけど、ちゃんと見える?エコーで見えないとか言ってたけど。もう、質問しませんでした。お任せします。それからは、術前検査。去年もやったし、流れは分かってる。でも、今回は、息吸って~、吐いて~が無かった
癌だと分かった一年半前精神的にだいぶやられました。安定剤?睡眠薬?を人生初、処方してもらいました。私の腫瘍はなんだか変わっていたらしく真ん中が水のような物がある。そしてなぜか腎生検をする事に😭いやぁビビリました。ビビリ倒しました。腎臓に局所麻酔してるとは言え刺されている感覚はあり、なかなか上手く行かないみたいで1時間くらいかかりました。最後の方は痛かった😭😭その後4時間安静。翌日退院しました。結果は2週間後。病院へ行き「癌ではありませんでした」を期待していましたが、「癌なんだけど充分
金曜の昼間は治まっていた、妻の背中の痛み夜になってまた痛み始めたあいかわらずオキノームを飲んでも、効かない一晩中まどろむ程度しか眠れなかった妻は痛みと、不安で朝方、少し泣いていた皮膚もピリピリ痛むと言うので”帯状疱疹”とか”坐骨神経痛”を調べていると、見覚えのある薬名があった”プレガバリン”数か月前まで服用していた神経痛に効く薬まだ残っていたので、飲んでみるとこれが、ばっちり効いた!ふらふらして眠くなるけれど痛みは治まったい
GWも中盤家族三人で旅行に行きたいけれどもう妻に、泊まりとか、人ゴミは無理だなーほんとうに、できないことが日々、増えていくでも、若い頃から、暇があればプチ遠出をしていた僕と妻五月の晴れた日、家で過ごすのは無理。。僕たちの住居はわりと都会(大都会と言ってもいい)なのでどうしても自然が豊かなところに行きたくなる車で1時間ぐらい走るミニストップでソフトクリームを買って食べながらもう少し走る見晴らしのいい展望公園でおにぎり休憩をしてから、また少
先延ばしてた泌尿器科受診。夫と共に診察室に入ると、「まず、エコー見ますね」あ、エコーもやるんだとエコー室へ。先生、なんだか見えないな~とかブツブツ。また、診察室に戻ると、「ロボット手術はエコーで見ながら取って行くんですが、奥の方で届かないんですね。過去に、腫瘍が取れなかったり、結果良性だったとかあるんですが。」「とりあえず、経過観察も出来ますが。」そしたら、夫が即「経過観察で」いや、それでいいけどさ。なんか、過去に上手くいかなかったとか言ってるの、もちっと、突っ込みたかった
私ってこんなに小心者だったんだ…手術が怖くて口数が少なくなってました。前回の子宮筋腫の手術は余裕があったのに。でも無事に右の腎臓、肝臓を半分(右側)リンパ節郭清をして頂きました。肝臓はどうやら大部分を切除しても大丈夫みたいです。むくむくと再生されていくみたいです。ありがたやー!最初に泌尿器のk先生が執刀してから肝臓は外科の先生に代わって5.6時間で手術して頂きました。傷が胸の下からおへその下5センチ位までになりましたが、それより痛みが辛かったデス😭😭10日程で退院できました。これで
夫の体重、病気発覚よりマイナス14キロ。私も少し痩せましたが、とうとう抜かれてしまいました以前に読んだ腎臓癌のグレードに関する文書で、大幅な体重減少がある場合に予後が良くないケースがあると書かれていたので心配それでも健康体重の範囲内ではあり、元々、顔が痩せてるのにお腹が出てる体型だったので、お腹がスッキリしてスタイルは良くなってきたのは良かったですが…顔がげっそりしてるのが心配。この間は子どもの友達(4歳)におじいちゃんと言われてしまったそうまぁ、高齢出産夫婦なので年齢的にはそうか