ブログ記事491件
醍醐寺で大元帥大法の拝観をした後日、その大元となった秋篠寺も訪れないと片手落ちと思い参拝してまいりました。こちらの記事の続きとなります。『150年ぶりに醍醐寺で行われた太元帥法要と泉涌寺の孝明天皇陵』先日京都の醍醐寺で、太元帥大法が明治以来150年ぶりに執り行われました。こちらの記事の続きとなります。『橘逸勢に導かれて京都を巡るvol.1醍醐寺編』…ameblo.jpまずは奈良の秋篠寺から。苔が綺麗なお寺。大元帥明王のお堂。大元帥明王。公開は毎年6
丸山宮址(伝神武天皇丸山御陵)大和国高市郡奈良県橿原市大久保町(「畝傍山」内)(登拝記事は→こちら)■祭神(不明)「畝傍山」北東部麓、尾根裾辺りに鎮座する古社地。「宮」と刻まれた5本の石碑で円形に囲われた一角。社殿等は存在せず、現在は奉斎もなされていません。◎この地が神武天皇の「橿原宮跡」であり、また「御陵」でもあったという伝承が残っています。宮跡比定・陵墓治定の経緯を辿ると、現在の橿原神宮や神武天皇陵は明治政府が恣意的に行った結果であることが浮彫りとなります。以下、Wikiよ
☆神武天皇畝傍山東北陵(うねびやまうしとらのすみのみささぎ)初代神武天皇の御霊。宮内庁は円丘であるとしています。「延喜式諸陵式」には東西一町、南北二町と記されています。その後、所在不明となり江戸時代に現地に治定、明治・大正・昭和に渡り現在の姿に。この御陵については以下のように言われています。◎本来の神武天皇陵は現地ではない。◎現地は元々「糞田」と呼ばれた「牛馬の屎尿処理場」であった(古老談)。或いは、かつて当地にあった国源寺という仏教施設の基壇跡であった。◎木が一本生えただけ