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ガンサバイバー、話を鵜呑みするのは、危険です⁈皆さん、こんにちは。以前から、ガンサバイバーの動画やセミナーで「私は、こうして治った!」という体験談を話し、あたかも私がこれで治ったからあなたもこれで治るかのような、講演や動画を数多く見ます。私達プロからみますとこの考え方は、「大変、危険です!」とお伝えしたいです。なぜなら、その体験した本人はー1.自分の免疫力は、健康な人に比べてどの程度なのか?2.何が原因で本当にガンになったのか?3.血液検査を基準値にあるとか、ないとか
前回の続き。病院に着いて、お母さんに駆け寄る。すごく痛がっている。痛い、苦しい…とずっと言っている。15時頃に、痛み止め追加してもらう。早く早く!早く痛み止め効いて!!と願いながらお母さんを励ます。「お母さん!痛み止め追加したからもう少しで効いてくるはずだよ!頑張って!」背中さすったり手握ったりするけど、痛みはどんどん増してきている。15時10分。看護師さんから、24時間面会okの案内をされる。危篤状態や、患者が余命1日をきった時、泊まり込みで24時間面会okになる
(2018/02/20更新)初めましての方、こんにちは。いつも見てくださってる方ありがとうございますshine(シャイン)と申します。A型さそり座既婚子なし大学卒業して、2回転職して、14年前に入社した会社で都内某企業で総務、秘書の仕事をしてました。乳がん癌ステージ4トリプルネガテイブ初発27歳の若年性乳がんになってから、AYA世代として12年間元気にがんサバイバーして生きてきましたが、2016年12月に肺、胸膜、縦隔リンパ節転移で胸水溜まって、3月に余命宣告2
10月中旬。余命1ヶ月と宣言されてから2か月が過ぎました。父と喧嘩をして、挨拶もしないまま帰宅した私がまた実家に戻った日。貼る麻薬テープの影響でうつらうつらしていた父。義兄の誕生日ということもあり、姉夫婦が来て久しぶりににぎやかな夕食でした。朝からほとんど何も食べていない父の口元に母が「お祝いだから」とケーキを持って行きましたが、首を横に振って食べませんでした。義兄に「いくつになったんだ?」「そうか良かったな。」と会話していましたが、私は一切父に話しかけませんでした。姉
どうやら、フェンタニルテープとオキノームが効いてない。強力な痛み止めのはずなのに…夜も、痛くてほぼ一睡もできていない。眠剤が全く効いてない。ずっと痛みと吐き気と、腹水苦しいのをひたすら我慢している。日中の面会中は、わたしかお父さんかお兄ちゃんがずっと一緒にいるから、マッサージしたり、色々気がまぎれるけど、夜は1人でひたすら痛みに堪える時間が長くて、夜がくるのが怖いって言ってた。朝がくるのがひたすら長く感じるらしい。コロナがなければ、夜もずっと一緒にいられたのかな。面会時
1クール目の抗がん剤(タキソテール(注)とTS-1(カプセル))投与の結果【2004年4月23日】私の体格は身長175㎝、体重は75㎏位あったが、その頃は減って58㎏位になっていた。前にも書いたが、筋肉は落ち、見る影も無い。担当医師からは、「原島さんの癌(胃ガン)は、胃の中央部に有り腫れているが、仮に食道寄りだったり、十二指腸寄りであった場合には、間違いなく食物は通らなかったでしょう。」と、言われた。胃ガンが、胃の中央部にあった事は、私にとって、『不幸中の幸い』であった。末期の進
末期癌や癌終末期について色々なブログとかを見ているとわたしの母のように死ぬ直前まで痛みでのたうち回るパターンは少なくて、だんだん意識が低下して、眠っている間に息を引き取るパターンや、鎮静薬で眠らせて息を引き取るパターンがやっぱり多い。なんでお母さんはあんなに痛い思いをしないといけなかったんだろう。入院中もずっと痛がってたけど、亡くなった日の痛がり方は異常だった。例えるなら陣痛を我慢してる妊婦さんみたいな感じで、悲鳴をあげながら痛い痛い!なにこれ!?ってびっくりしながらもがいて
2泊3日で受けきたKM-CART腹水治療の実録ルポ12月5日火曜日に日に溜まってく腹水。お腹が臨月状況で、張りが痛くててオプソをのむレベル。腹囲97.8センチ体重68.5キロ在宅往診の先生にご紹介いただき、予約電話。翌日外来予約取れる12/6水曜午後要町第二クリニックで外来初診要第2クリニック院長松﨑圭祐医師に腹水治療(KM-CART)について説明あり。過去の事例がクリニックの壁に所狭しと貼ってある。詳しくは要町病院ホームページをご覧くださいな。http://w
詐病してる方の理由が分かりました。X(Twitter)で、末期癌で死ぬ死ぬ詐欺してる方XPremiumに入ってて収益化してるみたい。2ヶ月以上も前から「死ぬ死ぬ」言ってる方が、1回あげたポストを編集機能で編集までして再掲。体調最悪の方が、一つも誤字脱字なしに編集までするなんて·····不思議なこともあるものです(苦笑)そんな方でも、文章もとても上手いのでインプレッションが何千万もあって。かなり収益出てきてやめられないでしょうね。TwitterがXになってから「リプライゾ
20228月29日暑さで食べられなくなり近所の開業医へ行く診察もせず「薬は出すが紹介状を書くので必ず明日病院に行ってください」翌日近所の病院胃腸科でCT検査後どこが原発か分からないが癌がお腹中に広がっていて末期症状なので家族を呼んで下さいと昨日の今日で焦ったけれど年なのでそれなりの心の準備はありまず仕事を辞めて検査入院持ったまま書いていなかったエンディングノートを書き始めました50年握っていたハンドルを置きました。
2024年3月25日(月)息子の同席を求められた診察入院中に行った肝生検の検査結果を聞く目的だ結果は、当初の診たて通り肝内胆管がんステージⅣ+肝転移+腹膜播種に加え、リンパ節転移も確認余命は3~6か月手の施しようはなく、やれることは多少の時間稼ぎの化学療法所詮、それも気休め程度の時間稼ぎになるかならないか・・・もう私の人生の残りは数か月だと覚悟しなければならない宣告だお腹の痛みは慢性的にあるものの、あとは何も変わらないお腹もすいて食欲もある掃除も洗濯も炊事も
「数日前まで出来ていたことが出来なくなる」っていう、癌の末期…というか終末期の話。最近ニュースサイトで見かけていました。これ。本当にそうなんですよね。うちの母に関して言えば癌と診断された11/21の時点で終末期でした。しかし、入院寸前まで寝たきりでもなく普通の生活をしていたし、入院後も立って歩けるし、トイレももちろん自力で行ける。だからこそ、「数日中に亡くなってもおかしくない」という医師の説明が信じられませんでした。12月に入っても母の様子はあまり変わらなかったので、奇跡的な回復
堺市南区にて子供たちの未来の健康を守る為に活動しておりますPBCメゾン三原台ビューティー代表✨森重ですサイモス60との出逢い2016年2月12日私は、最愛のパートナーを癌で見送りました。また、大学時代の同級生もつい最近、癌で他界した報告を受けました。最愛の人は、余命がないと言われていた為、生きて欲しい一心で、必死に情報を探しました!そのとき分かったのが、今現在、末期癌で生死をさ迷う人が多いこと、そして、癌商法がたくさんあること、また、西洋医学にまみれさせられ
今日は少しうちの家庭の話をしておこうと思いますツルピカハゲママ一家は、32歳の旦那と小学5年生の娘小学1年生の息子2歳の息子そして、37歳の私の5人暮らしです実は私、オーストラリア人とのバツイチで、今の旦那とは職場で出会い、子持ちの私を受け入れてくれ、再婚しましたいわば、ステップファミリーなのですなので、娘はハーフそして旦那とは血が繋がっていない中、私の末期癌が宣告され、残された日を、どうみんなと過ごそうかと試行錯誤している最中であります旦那が一人で3人の子供
明日から、また腹水抜きに入院いってきます前回から3週間で体重は59キロ→64キロ5キロ増量腹囲80センチ→94センチこの前は6.4リットル抜いたからご飯もそんなに食べれないくらいで、足も浮腫みが酷くて病院までタクシーでいったけど、今回は、前回ほど腹水溜まってない感じ。足の痺れはあるけど、歩けるし。さて今回はどれだけぬけるかな❓
いろんな方のブログを拝見させてもらったり、コメントをしてくださったりで本当に元気と勇気、希望をもらえます。あたたかいコメントにいつも泣けてしまう。人前であまり泣く性格じゃなかったのに最近いつでも泣ける(笑)本当にあたたかい人ばかり。たくさんの方にいろんな思いがあり、頑張っているという言い方は違うかもしれないけれど、いろいろな思いを持って今を生きていると感じて、すごく励みになり私も頑張ろうと思えます。ありがとうございます。母が朝ご飯作ってくれた。トマトをすりおろし
22日に母方の伯母が末期癌で3年間の闘病の末、亡くなりました。幸い、病院ではなく、自宅で家族に看取られながら息を引き取ったようです。7日にお見舞いに行ったときはまだ話しも出来て元気そうに見えたんですが・・・とても残念です。安らかな永眠を心から祈ります。伯母さん、さようなら合掌追記今日はお葬式で終日大牟田です。高齢の両親を連れていきます。火葬が終わってから帰宅します。お手数ですが〝ポチッ〟と押して
ウチの親子猫♀昨年は、"立石流野菜スープ"今年の初めに、"希望の命水"スマホに面と向かって、お願いしたら、すぐに出会えたこの二つ^^この二つに共通して言える事は、どちらも、生き物に必要なミネラルが、たっぷり含まれているという事。この二つに出会ってから、ミネラルの重要性を再認識♪我が家は益々元氣になっていくので
末期がんと言われ、ダメ元で治療に専念し、奇跡的に完治かはどうか分からないが症状が無い所まで至る。そういった方が幸あれの報告されては叩かれていますが。コメント等読んでると確かに、寛解もしくは完治したのであれば、困っている方も多々いらっしゃるわけで、良い情報も伝えてあげてもいいかと個人的には思います。ましてクラウドファンディングしたのなら。自身の場合は個人メッセが来たら情報共有としてお伝えは致しております。かなり前に、研究学校だったかな?そこから取材で依頼はありましてイン
姉はすぐに駆け付けてくれましたが、24時間体制の看護師さんにかけた電話は繋がりませんでした。(そりゃそうだよな。24時間体制っていってもずっと起きて待機しているわけじゃないし・・)いつもと違う様子の父に何をしてあげたらいいのか分からず、私達は父の体をさすり続けました。しだいに声掛けにも反応しなくなってきました。ただ、いつもと違う呼吸をしてるだけです。看護師さんからの着信があり、父の様子を説明し今すぐ来てくださいとお願いしましたが、「落ち着いてください。もしかしたら最後の時
春の便りが聞こえてきそうな、そんなポカポカ陽気ですね。昨日は母のエンディングノートに記載のあった斎場に連絡したあとに母を斎場に。連絡してほしい方に連絡して、心配した母の友人らが駆けつけて、ほら!ごはん食べないとってお弁当を持って来てくれて、暫く思い出話に笑ったり涙したりで、僕の知らない母の様子を知りました。春の節句の日に体調が悪化。緩和ケア病棟に移る前から主治医の先生から、余命数ヶ月あるかないか等お話しを聞いて、僕なりに心の準備をしていました。それでも、受け止めする事もなかなか出来な
2020年8月31日実家の猫が息を引き取りました。励まし支えて下さった皆様、拙い文章を読んで下さった皆様。本当にありがとうございました。仕事が終わり電車を待っていると実家から電話があり『猫ダメだったよ』と母の第一声状況としては、今朝鼻から胃へ入っているカテーテルにいつも通り流動食を入れようとしたところ、固くて入らないので病院へ行ったとのこと。駅に居たので長電話は出来なかったが、母がポツリポツリと言っていたのは『病院に行ったけど、もうダメだって言われて長く苦しませるのも辛いだろうか
自分はなぜ、癌になったんだろう。当時30歳前半で確率の低い、1億2000万分の1で患う・・・レベル4aで余命半年、長くても1年と言われ、これもまた低い確率の5年生存率を通り越し、今では完治。治るなら、なぜ患ったんだろう・・・って毎年、桜の咲く春になると考えてしまう。悪戯なのか試練なのか。この身体になって色んな事を経験してきたが、後悔して来た事も多々。戻れるチャンスがあるなら、戻りたい。経験出来るチャンスがあるなら、挑戦してみたい。
8月のお盆休みに勝手に退院してきた父。通常なら一ヵ月ほどかかる介護認定も、末期癌ということで特別措置をしていただき数日後には介護用電動ベッド、トイレと浴室の手すりの設置が完了しました。入院中は一度もお風呂に入れなかったため、姉と私が変わりばんこで入浴介助をしました。と言っても、背中を流す程度で他は自分で洗ってもらい、出るときに転ばないように待機するといった程度でとにかく父のプライドを考慮し、局部を見てはいけないという気持ちでタオルを掛けたり立ち位置を考えて介助しました。
お母さんは卵巣がんだったけど、さいごは全身に転移してたんだろうなぁと思う。緩和ケア病棟では何も調べたりしないから分からないけど、入院した時点で、肺に転移してるって言われてたし、腹膜播種でお腹に癌が散らばってる状態だったから。とにかく腹水がすごくたまって、抜いても一日経てばまた3リットルくらい溜まってしまう状態だった。腹水抜いた時、お腹から出血したこともあった。お母さんのパジャマのお腹の部分が血で滲んでた。妊婦さんみたいにお腹が出てて、苦しいってよく言ってた。足のむくみもほんとにひど
父の癌が発覚した時のことR4・12月下旬母の誕生日とクリスマスを兼ねてひ孫達(姉の長男家族)の家にお呼ばれ。帰宅後におなかが痛いと訴え町医者に行きました。ただの胃腸炎とのことで胃薬を処方され帰宅。R5・1月お正月に自分の誕生日を祝って欲しいと姉夫婦にホールケーキをおねだり。1月7日激しい腹痛で総合病院に救急搬送。胃腸炎ではなさそうなので精密検査を勧められる。もともと前立腺がんの定期健診で通っていたがんセンターに精密検査の予約を入れるも2週間後。いつ腹痛に襲われるか、母が怖
いつもコメントやメッセージをいただきありがとうございます。必ずお返事させてもらっています。卵巣癌は、初期症状がほとんどなく、気付きにくい癌だと言われていて、わたしのお母さんも気づいた時にはステージ4に近い状態だった。腹膜播種があり、手術をできない状態だった。そんなお母さんでも、5年前に初期症状があった。お母さんが亡くなったあとお母さんの昔の携帯でメールを見返してたら、2018年に、「最近腰痛がひどい」と書いてるメールがあった。もともと肩こりがひどくて整体やマッサージに通ってた
排泄と床ずれについて父は昔から排便に関しての強いこだわりがあり、どんなことがあっても一日一回以上下手をすると毎食後にトイレに長時間こもる人でした。そんな父が寝たきりになり食が細くなって、普通に考えても排便の回数と量は減るはずなのに、💩が出たいけど出ない。指で掻き出してくれと度々頼まれました。「食べてないんだから二日くらい出なくても大丈夫だよ。」と諭すのですが、素直に聞く父ではありません。さすがに素人の私たちでは出来ないので、訪問看護師さんにお願いしました。そのほかにも💩が出
主人の病室でたわいもない話をしていたら、コンコンっとノックの音。チラッと見えるスーツ。誰かなぁ。。。すると、主人のがいきなりかしこまる。(゚д゚)上司の方!?飛行機にのってわざわざ!?その上司の方にはまだ末期癌と伝えていなかったけど、せっかく遠いところ来ていただいたからと主人が今の病状を説明。上司の方は涙を堪えきれず泣かれてしまった。主人も私も今まで我慢していたものが溢れ3人で泣いた。泣いている主人をみて、本当に癌が憎くてたまらなくなった。悔しい。なんで主人なの?
若い人の末期癌やお年寄りの急激な癌の進行など普通では考えにくい事象で亡くなっているのです「ひとの死」を最前線で見ている葬儀屋さんの実感コメント。若い人の末期癌、急死が「普通」になった異常な社会。https://t.co/KyXk3HbkDH—KAITO(@teteatete2021)February27,2023テレビは絶対に言いませんそりゃそーですよ、わかるわけがない、死が日常にある仕事の方以外は。その中でもS級の葬儀屋が言ってるんですよ。ワクチン始まって