ブログ記事7,688件
毎度毎度の筑波山つくば市からの筑波山つくば市を歩くじゃーん景色も良好本日も建物なし登場したのは香取神社鳥居もかなり古そうだわ参道を行く日差しが気持ち良いです森は良いねぇ~すぐ脇は農道こちらも田んぼが広がっています茨城米うまい米どころです山からの水がおいしいからおいしいお米になる
七羽黒巡り中です筑西市の隣真岡市を移動しています二宮町二宮尊徳さんゆかりの地途中で見つけた楼門が素晴らしかったのでちょっと見てきます広い場所にど~んと楼門がそびえ立つ大迫力すぐ脇は五行川が流れていますとにかく楼門が目立つ二宮町文化財に指定されていますね寛永9年だわカッコいいです
笠間市にある天満宮ちょっと雰囲気がある神社です草が結構生えている天満宮拝殿の脇に梅の木がありますしかし草が伸びている雑草をかき分け本殿へ少し高台になっているので昇ってみました上にはお社あり脇が本殿です石祠もありましたさすが天満宮梅の花が描かれています
宜野湾(ぎのわん)市大謝名に大謝名メーヌカーという市指定文化財となっている湧泉があります。辺りは住宅地となっていますが、そこだけは昔の面影を残しています。アパートの横から細い階段を進むとすぐ下に大謝名小学校の裏門が見えてきます。そこを右に行くと大謝名メーヌカーがあります。下に行くと右側に見えてきます。大謝名メーヌカーは令和2年に保存改修工事が行われています。正面には3ヶ所の樋を通して水を流せる様になっています。沖縄では水源から樋を通して水を流す湧水をよくヒージャー(樋川)と呼んだりしま
牛久市で遊んでいますここは観音寺山門を見て感動しいよいよ境内を探索します鐘楼と緑と花と愛らしい本堂も迫力あり渋いわぁ重厚感ある屋根と彫刻が見事です龍が舞う本堂の裏にはたくさんの石造物がありました相当古いものだわ残っているんだぁもみじと本堂美
七羽黒巡り5か所目になりますついた先はこんな具合の風景じゃ大地が広がるやっほ~ぃ毎度おなじみ筑波山もやっほ~ぃどですかくるっと後ろを振り返ると口戸の羽黒神社病門久下田城から鬼門の大根田村と病門の口戸村に羽黒神社を創建したと書いてありますね久下田城は茨城県指定文化財で遺構も残っています口戸の羽黒神社畑の
千葉県にある二宮神社に来ています狛犬さんのお出迎え赤いよだれかけがかわいいですね拝殿も大きいの彫刻も見事です鳳凰と龍ですね精巧だなぁ今にもこちらに来そうです弘仁年間(810年〜823年)の創建嵯峨天皇の御勅創によるものであると伝えられているそうです本殿は市指定文化財おぉ~
つくば市の金村別雷神社に来ています歴史ある金村別雷神社文化財にも指定されています立派な拝殿前回来た時に拝殿奥の大きな木の枝にフクロウが止まっていましたカメラ携えた人がたくさん撮影に来ていたわ神楽殿も素敵です拝殿の龍が今にも動き出しそうです良いことありそうだ
豊見城(とみくすく)市字根差部(あざねさぶ)集落の根差部公民館向かいにある小さな広場の一角に根差部のシーサーがあります。シーサーは角の奥まった場所に鎮座しています。顔らしい顔ははっきりしませんが、口を開けているのと鼻らしきものは何となく分かる感じです(笑)。背後から見た様子はこんな感じ。風化で破れ目ができています。琉球石灰岩は削り出す加工がし易い反面、こうした風化には弱い一面もあります。反対側には草が生えてました(笑)。シーサーの眼前には公民館がありますが、このシーサーが睨みを効かせ
桜川市の高久神社へ来ています本殿が市指定文化財です本殿に回るよ迫力満点の龍の彫刻きれいな本殿ですゴージャスだ日に照らされて映える本殿本殿の脇見上げる本殿今にも飛び出て来そうです日当たり良好
南城(なんじょう)市佐敷字津波古(さしきあざつはこ)に天人森と外間殿の拝所があります。坂道の途中に案内板と広場があって広場から左奥に進むと天人森へ、右奥へ進むと外間殿へと行けます。左奥の天人森から進みます。道を進むと畑に突き当たります。その畑の左側から更に奥へ進みます。奥へ行くと小さな広場になっていて、その先の岩が拝所となっています。この拝所が天人森になります。別名に唐人森(とーんちゅむい)とも呼ばれているそうです。ここは天人(あまんちゅ)が天から降り立った場所とされています。旧上津波
山縣有朋、元内閣総理大臣の京都に残る別荘、無鄰菴パート2です無鄰菴このお庭は近代日本庭園の傑作と言われていて、1951年に国の名勝に指定されています。和式別荘洋館は1階と2階があり、伊藤博文らと日露外交について話し合った重要な場所です。つまり、ここで日露戦争をやるかやらないかが決定されたのです。特に、絨毯とカーテンは、恐らく、当時のままで残されているのでしょう彼らが座っていた机と椅子も残っていて、生々しい雰囲気が感じられますよかったら下のバナーにクリックをお願い
豊見城(とみぐすく)市字渡嘉敷(あざとかしき)にある渡嘉敷公民館横の広場の一角に1基の石製シーサーが設置されています。広場に行くとすぐにシーサーと出会えます。近付いてみます。シーサーは琉球石灰岩でできています。口を斜め上に開いているみたいな格好です。小さな丸い目と鼻もあります。反対から見てみると穴が空いています。これは風化作用でできたのかな?。後ろから見ると穴がよく目立ちます。案内板によると元々はここから少し上の集落の中心に設置されていましたが現在はここに移されました。通常のシーサ
沖縄市越来集落に白椿を植えている個人の民家があります。その白椿は毎年2月頃に見頃を迎えるそうですが、今年は1ヶ月ほど早い開花となったそうです。案内板の後方の塀越しに見えるのが白椿の樹です。ちょっと見てみましょう。これが白椿です。一輪は残っていますが、もう咲き終わっている状況です。分かりにくいですけど中央の白いのが白椿の花です。満開だときれいだったでしょうね。この白椿についての伝承があります。琉球時代。この地域は越来間切(ごえくまぎり)と呼ばれた地でした。ここから近くに越来グスクが築か
日立市に来ていますここは助川城跡公園です今回は城です城好き水戸藩ですね日立市と言えば海と山助川城は高台に位置しています眼下に広がる日立の街見えるかなぁ~助川海防城とな結構広いようですいざ城へGO!石段を上ると登場したのがこちらの石ご家老様じゃ公
日立市に来ています助川城跡公園から会瀬鹿島神社へ来ていますこちらの鹿島神社からも海が見えるのよ高台にあるので・・・・やはり・・・昇るのよね~えんやこらどっこい上りやすい石段とはいえ勾配がきついですそろそろ着くわね見えてきました到着しました境内は思ったより広いですね
おはようさん寒い☔️ぱらぱら降りそうです😥ブログは修行の息抜きやけん。当日綴ったり、書き溜めたりしています。修行はリアルタイムです💦4/24修行の記録グラデーションNo.2終了4/25は、レイヤーに取り組む予定スクールの仲間と鶴橋に行きましたサイクリング続きなにわ橋を渡って、中之島公園中之島公会堂文化財めぐり👀おとなりの厳つい建物は、、大阪府立中之島図書館現役図書館です📕時間早いから閉まってる誰でもりようできるのよ👀そのまたとなりは、大阪市役所さらに進ん
おはようございます。こんにちは。こんばんは。立春を過ぎたとはいえ寒い日が続いておりますが皆様いかがお過ごしでしょうか?今回は日吉大社の鳥居、『山王鳥居』のご紹介です。①『山王鳥居』日吉大社の紹介をする雑誌には、だいたいこの鳥居の写真が掲載されているかと思います。この鳥居、普通の『明神鳥居』の上に山形(三角形)の『破風』が乗った形をしています。この山の部分を縦にすると漢字の『山』を、横に平行にすると『王』の字を見ることができます。『伝教大師最澄』さんが
桜川市の富谷観音に来ています小山寺楼門からさらに階段を上っていきます小山寺には文化財がたくさんありました赤いもみじも鮮やかに見下ろすとさっき見ていた楼門がありますきれいだわ階段を上りきると大杉が見えてきますかなりの大木です大杉の奥には本堂があります大きな本堂細工も豪華です
伊勢神社の本殿です屋根の形と彫刻が大きく威厳を感じさせています隣の毘沙門祠こちらも立派ですがやはり迫力が違うかこの角度が映える水戸光圀公の命で移されているとのことで葵の御紋を見ることができました本殿の裏手にも立ち入ることはできなかったので遠目で拝見
南風原(はえばる)町字照屋(あざてるや)にある湧泉です。南星中学校裏の道沿いに位置して、画像左側のフェンスで囲まれた場所がユンヌカーになります。ユンカーとも呼ばれるみたいです。道の中央は集落の境界線でユンヌカーがある左側が照屋集落、右側は本部(もとぶ)集落になります。フェンスの中にはコンクリートで蓋をされた円形の井戸みたいな物があります。ユンヌカーは元々こうした形ではなくて彫り込み式の井戸で、おそらくフェンスで囲まれている部分は下に降りて行く構造になっていたかと思われます。照屋集落では
南城(なんじょう)市佐敷字新里(さしきあざしんざと)集落に新里坂(しんざとびら)と呼ばれる蛇行した急坂があります。南城市広域を舞台に行われる尚巴志(しょうはし)マラソンがありますが、新里坂は標高約100メートルを駆け上がる難所でもありコース名にも心臓破りの坂とも呼ばれています。そんな急坂の途中にタク川ノ御嶽があります。看板がある場所から少し山中へ入ると勢いのある水の音が聴こえてきます。そこから左側のブロックでできた石段の先に斜面を流れている小さな滝が見えてきます。ブロックの先に水神を祀る
本日も晴天筑西市の続きです今回は関城に来ています国指定文化財です鎌倉から南北朝の時代大宝城と同じ時代興国4年(1343)11月11日関城は大宝城とともに落城駐車場に着きました筑西市どこに行っても見える筑波山田畑の広がる大地から良く見えるわ地図あり現在地は・・・ここか坑道跡から行ってみます坑道跡ありました
今日のクラウドファンディング因州小鍛冶刃物鍛冶の支援よろしくお願いします因州小鍛冶刃物鍛冶の支援よろしくお願いします日本には先人の遺した伝世品が文化財として多くのこされ目にする機会にも恵まれています。私は鍛冶屋ですから、鍛冶屋の視点で先人の遺してくれた物を見てみますと、現代の我々が真似し難い仕事をやってのけている事に気付きます。少しでも長く鍛冶屋の仕事に携わり、先人の技に近づきたいと願っています。camp-fire.jp日本には先人の遺した伝世品が文化財として多くのこされ目にする機
今年も来ました黄金色の季節大イチョウが色づくのを楽しみにしています時期を逃すと散ってしまうのよ今回は大子町高德寺に来ています県北の紅葉はどんなじゃやや紅葉が始まったようイチョウは少し緑の葉がありますが黄色に色づいていますセーフ文化財もあるでよ後山門も文化財ですイチョウ
笠間市に来ています笠間氏の墓所から菩提寺の仏頂山楞厳寺へ着きました墓所からさらに奥へと来ていますもぉ~緑が素敵~苔ともみじと諸々と山奥の寺感がすごい創建は不詳のようですが一時荒廃しましたが鎌倉時代に当地の領主である笠間家初代時朝が建長寺(神奈川県鎌倉市)の住職大拙和尚を招いて中興開山し歴代笠間家の菩提寺としたそうです文化財もたくさんあるようです
読谷(よみたん)村座喜味(ざきみ)に世界遺産となった座喜味(ざちみ)グスクがあります。このグスクは武勇で知られた護佐丸(ごさまる)によって築城されました。護佐丸は築城家とも知られていて、見事なまでの曲線の石積みを施した城壁は接近する敵兵に側面から矢を射る事ができる様に造られています。そんな座喜味グスクですが標高約127メートルの立地を活かして太平洋戦中は日本軍の砲兵基地、戦後は米軍の通信基地として利用されました。その影響で一部が破壊を受けている為か水を確保した痕跡やそれに関する遺構がどのよ
豊見城(とみぐすく)市字与根(あざよね)の住宅地の一角に土帝君と呼ばれる土地神が祀られています。『とぅーてぃんくー』や『とんてぃんくー』等の呼び方があります。土帝君は小さな広場に琉球石灰岩を加工して積み上げた祠になっています。中には霊石とされる石があります。土帝君は人形の翁像を祀る場所もありますが、ここのように石を神体として祀るケースもあります。土帝君の右側にニービ(砂岩)があります。左側の敷地沿いにも何個かのニービがあります。この近くには小禄砂岩部層と呼ばれる地形があるので砂岩に特別
北中城(きたなかぐすく)村の渡口集落の中にニービ(砂岩)の丘陵部があります。ニービは海底で砂泥が堆積してできる岩石で、その中で特に凝縮した部分は『ニービヌフネ』と呼ばれて墓碑や石碑として利用されます。渡口公民館から住宅地を進んで行くと突き当りにその丘陵が見えてきます。住宅地を抜けると道沿いのすぐ右側にニービヌフニで造られた石碑が見えてきます。石碑には『アビラウンケン』の梵字が刻まれています。表面から見た感じでは風化が進んでいるみたいです。横から見るとこんな感じ。高さは104センチ幅は55
桜川市五所駒ケ滝神社へ来ています桜巡りもしていますとても雰囲気があり厳かです長い参道を歩きます様々な木々が目を潤しますご神木から活力いただけますね筑波連山のひとつ上曽峠を下ると五所駒が滝神社きのこ山と弁天山の峠が上曽峠になります名前はかわいい山ですが峠道は急カーブの連続で凍結する冬場は注意が必要ですたまに車が落ちていますそんな山々の英気を