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外来で日々感じる事を書きます。外来に先日、ある男性が受診しました。屈強な肉体を持ち、顔も戦闘的で、いかにも強そうです。看護師さんと、診察終わった後、戦国武将みたいだったねと話しました。おそらくは、平和で、かつ医療のニーズが高い現代においては、この方より私の方が、経済的にも社会的にも恵まれているかもしれません。でも、戦国時代では、どうでしょう?おそらくは、この方は、私よりはるかに体力や戦闘能力などが優れ、優遇され出世したかもしれません。ヒトは、時代のニーズや影響をもろに受けるハ
最近、若い患者さんの訪問診療依頼が続きます高齢の親御さんが子供を介護する不安でいっぱいでできれば病院にいて欲しいけれどでも家で一緒に過ごしたいメモをとり一生懸命話を聞いてくださいます患者さんは私と同年代いつもと同じようにと思いつつも気持ちが入ってしまいます
「患者さんに恋をする事はありますか?」という質問を以前からコメントや、メッセージで頂いていたのですが答えとしてはないです。そもそも患者さんは高齢者が多いし。50代の患者さんだと若いな、と思うレベルです。仮に、好みど真ん中の女性が患者の担当になったとしても綺麗だな・・・くらいは思うかもしれませんが(出会った事がはないですが)患者さんである以上、あくまで患者さんでそれ以外の何者でもりません。患者として診察を受けるのに、色眼鏡で診る医者が主治医だったら嫌じゃないですか?今は医療ミス以外で
私たち医療者は患者さんの今後の経過を検査結果や症状、状態から予想します予後という言葉を使いますが余命とほぼ同じ意味ですその予後を予測して患者さんに伝える際にそのまま「2-3ヶ月です」と数字でいう医師もいますがその時期により年は越せないとか桜は難しいという言い方や月単位週単位という表現を使う医師もいます週単位は来週の今日は状態が変わっていてその翌週はさらに変わっていくという状態で残り時間は1ヶ月くらいの時に使います月単位は週単位ほど早くはないものの
病院を退院して訪問診療を始める際に患者さんもご家族もいずれは緩和ケア病棟に入りたいと希望していました面談も済ませていました2ヶ月程度と予測されそう告知されていましたが大きな問題なく過ごすことができていましたでも痛みが出てきて動きづらくなってくるとご家族の手を借りることもでてきて緩和ケア病棟へという話になりました患者さん自身も決めていたことですが「家に居たい」という気持ちは強くなっておりもう少しあと少し家に居たいなあ‥と入院する前にもう一度会いに行きます
自宅療養を希望され訪問診療をしていた患者さん訪問診療開始前に緩和ケア病棟の見学、面談を済ませていました緩和ケア病棟の担当医からは入院が必要になったら連絡くださいというお手紙もいただいていましたあれから半年少しずつ痛みがでたりだるさがでたり最近はトイレまでの移動もやっとになってきてそろそろ入院したいというお話が出ました緩和ケア病棟に問い合わせをして返事まち「お部屋空きました今日か明日入院してください今回キャンセルされると次はいつ空くかわかりません」と患者さんの希
緊急で訪問診療の依頼がありその日に伺いました前立腺がん骨転移痛みと足の腫れで動けませんごめんなさい皆さんにご迷惑おかけしますごめんなさい痛みで苦しいのに私たちスタッフを気遣ってくださいますもう長くないですはやく入院したいです妻が疲れてしまいます本当にごめんなさい迷惑をかけて申し訳ないこれもがんの痛みのひとつです入院先も探しますが最優先は苦痛緩和です
1週間の予定が、念には念をと、もう1週間返却を延長していた松葉杖ともついにお別れをした術後8週。座っていても寝ていても、同じ姿勢でいると膝が固まるので、動かし始めはギシギシと鈍く痛むし、患脚の外すねの張り、ふくらはぎの重怠さはまだ残っていて、足首をこまめに動かす必要があるが、日によっては、夜間のマッサージ機を使わずに済む日も出てきた。そして筋トレメインとなった外来リハビリは、徐々にメニューも本格的になっている。それまでスムーズにできていた膝下の曲げ伸ばしも、足首にゴムチューブを
訪問診療を依頼され月2回訪問しています病院の主治医はお家でリハビリをして栄養をつけてまた治療頑張りましょう!と退院させましたその時点で食事はほとんど食べられず今後の治療はできないと判断されていますもちろんもし元気になったらという「もし」の可能性は大切にしたいですでも正しく情報を伝えることは医師の役割患者さんが気づき始めています元気になれないの私の頑張りが足りないのよね頑張っても効果がでないし頑張らなくなってきたこのままでは病院も行けなくなりそうこう
こんにちは遊びに来てくれてありがとうございます😊まずは自己紹介。杜の都で働いている会社員です。2016年11月に、会社の健康診断でひっかかりました。12月に、すい臓がんらしいと言われ、2017年1月に手術をうけました。2月末から抗がん剤を4コース。今のところ、再発はしていません。しばらく会社を休職していましたが、昨年の6月から週3日勤務で会社復帰。入院中や、抗がん剤の最中は、身近にすい臓がんの患者さんがいる環境でした。違うがんのお友達もいて、色々悩みを聞いてもらって
退院前主治医は「元気になったら治療しましょうお家で好きなものを食べたり元気になって」通院予約もあり患者さんは食べる動くを心がけていましたとても頑張り屋さんですでも実際は1-2ヶ月というみたてでしたなぜそれを主治医が伝えないのか?悶々としながら体調不良を訴える患者さんにひたすら向き合いました緩和ケアの話も受け入れられず治すの!治りたいの!とおっしゃっていました主導している人の先導の仕方は重要です体調不良で動けなくなってきたころご本人が自覚しました先がない
医療の進歩で病気が減り患者さんの数が減った領域があります。その領域の専門医の先生の仕事も当然減ります。仕事が減れば立場、収入も減ります。これは、専門医にとっては、死活問題です。以前ある領域の専門医セミナーに参加しました。そこでどこに患者さんがいるか、いわば掘りおこしをどうするかの話し合いがありました。確かに専門医の先生の生活もあるでしょうが、何か違和感を覚えました。困っている方が、まずいてそれに対して行うのが医療です。求められるから行うのが自然
緩和ケア外来初めて来られた時には問診票の記入をお願いしていますそこに「聞きたいこと•知りたいこと」という項目を作っていますほとんどの患者さんが「これからどうなるか」と書いています何ヶ月も場合によっては何年も治療に通い長い期間話してきた主治医ではなく緩和ケア医への問い一般的な話も含めて患者さんの今後をしっかりとお話しするとともにどんな時も共に居ること患者さんの希望を最優先すること苦痛緩和を図ることを約束します
今回は、私のまわりにいた個性的な先生の思い出話です。私が、10数年前にいた救急病院の内科で上司の男性の先生です。当時50歳くらいでしょうか。内科医としてできるのです。医療文献もたくさん読みこなしたくさんの事をしっていました。診断治療も的確で本当にたくさんの事を教えてもらいました。この先生一方で性格的に厄介な患者さんとは関わりたくないらしくいわば強引に自分以外にいかせようとします。ある日私が内科ブースで通りかかった時その先生が外来で患者さんを診てい
クレームがありました主治医とコミュニケーションが取れません!当院の医師へのクレームです専門外は診ない!を繰り返しどんな小さな湿疹も皮膚科受診褥瘡も皮膚科へ原疾患も専門科へと全て受診、入院を指示え?長いことそのような診療をしてきたそうです本当に申し訳なく謝罪しました病気と共に生活する在宅、施設での生活を支援するのが在宅医の仕事看護師さんが、何か提案するとうるさい!と一喝してきたそうです一緒に考える一緒に決めていくそんなことができない医師はこれからの時代働
こんにちは。悩める歯科衛生士さんを応援👊😄📢AYANOです☆今回のテーマは、「文句を言う、怒り口調の患者さんの対応」です。ちょっと苦手だな~…恐いなぁ~…そんな患者さんに当たると、少し心が折れそうですよね。以前の自分もそうでした。でも、今は、あまり苦手ではありません。先日、当日アポで、担当したことのない患者さんを診ることになり、前回までのカルテを読みました。もう半年以上も来院しておらず、メインテナンスになっていますが、検査がイヤ写真とられるのがイヤDrが来ると
退院する時に同時に訪問診療を始めました今後は自宅で療養すること最期の時は緩和ケア病棟を希望していることそれは主治医からの紹介状に書いてありましたしかし約1ヶ月後の外来予約もあります「来るのが難しければいいからね」そう主治医は言ったそうですが患者さんもご家族も行く気満々しかし私も訪問看護師さんもお看取りのお話をしておきたいと感じましたこの「差」初めてお会いして気持ちが外来通院に向いている状況でそんな状態ではないということをどう伝えるかお別れまでの時間を大切にして
肺炎で入院していましたが認知症のため寝ていることができず退院しました内服薬を処方され訪問看護師さんを導入し次は外来を受診することになっていました訪問看護師さんからなるべく早くお願いします!と訪問診療の依頼があり翌日伺いました入院は無理です自宅で看ますとご家族しかし休みの日に救急搬送されていましたご家族の限界と週末訪れた別のご家族が搬送、入院を希望されたようです在宅医療の限界はまだまだ先やれることはあるのに入院させてしまったと力不足を感じています24時
過ごしやすい秋晴れの朝☀︎娘を保育園へ送って食品の買い物をしてユニクロへお世話になっている人へのギフトカードを買いに行き活動的に過ごしてます\(^o^)/午後からは市の保健所が開催している「神経難病の患者・家族のつどい」に参加してきます♪はじめてのイベント参加になるのでとてもドキドキしますが何か一つでも学んで帰ってこようと思います!
先日、勤務している病院の病棟で患者さんの急変がありました。どうもアナフィラキシーというアレルギーのひどいものになったようなのです。看護師からコールがあり病棟に行きました。すると、そこにある医師が平然とカルテの記載をしています。まわりがバタバタしているのにです。患者さんの所に行くと呼吸も苦しそうででゼーゼーしています。ボスミン筋肉内注射して容態は少し上向きましたがやることまだあるので、先ほどいた医師に応援を頼みました。すると知ったかぶりのウンチクをたれますが、ちょっとズレています。そ
いつもブログを見てくださってありがとうございます。自分の気持ちと向き合うために始めたブログですが、いつの間にかたくさんの方に見ていただいて、温かいメッセージやコメントにとても励まされています。これからも少しずつ書いていきたいと思います私は母を亡くした後に、本当に天国という場所があるんだと確信した出来事がありました。それはまた夢の中での出来事なのですが…私は看護師として働いているのですが、ある日、夢の中に、当時仲良くしてもらっていた患者さん(Aさん)が出てきました。Aさんはまだ若く、50
好印象プロデュースStyliaへようこそ!研修先の中で、開院前からご相談いただき都度ご依頼を受けて伺っているクリニックのお話です。現在まで素晴らしい業績を上げられ、今後も展開していかれます。多くの患者様を助け、喜ばれて常に最高の評価を継続されています。そもそも、院長先生や全体をまとめていらっしゃる奥様のお人柄も素晴らしくひとえに「患者様のために!」という、篤いお志で接遇意識が非常に高くていらっしゃいます。そのお志をスタッフ全員がしっかりと共有して忘れず
外来を、やっていて隣のブースから他の医師が、患者さんと話している内容が聞こえてきます。多いのが、以下のような会話です。名前は?ここに来た理由はこっちの質問にまず答えてよ!質問は?これを、事務的な、抑揚のない調子で言います。これって、警察官の職務質問のようだと思いませんか?このような内容が聞こえてくる度に心の中で、職質か!とツッコミます。よく私が、丁寧な口調で患者さんと話していると露骨にバカにする医師が、います。でも、そのような医師が、その気になったとしても丁寧な言葉つ
いよいよ明日(18日)明後日(19日)日本がんサポーティブケア学会の学術集会がさいたま市で開催されます!この学会は、名称からわかるように、がん治療そのものでなく副作用のコントロール、アピアランスケア、がんリハビリテーション患者・家族の様々なピアサポートなどなどを話し合うものです。われわれ患者にとって非常に身近なテーマばかりです!ご興味ある方は参加されてはいかがでしょうか?市民公開講座もあります!私は参加するので18日・19日は日本橋のお店はお休みです。(通販年中無休)
抗癌剤治療始めて、7日目。今日は初出勤やっぱり、連休もあって、きつい時には座ってる生活が続いてたから、正直しんどい1時間くらい立ってると、さすがに疲労感半端ないから、影に隠れて座ってますwみんなのフォローもあって、何とか1日過ごせました仕事は精神科の看護師なので、仕事してる間は看護師という立場ですが、治療を受け始めてから患者という立場にも立たされて、改めて看護師や患者同士の存在に救われています。自分が患者になった事で、今の職場の患者さんには今まで以上に優しくできる様になりました時に
85歳ですが病気になるまでは一人暮らし毎日近所へ出掛けて買い物や友達とのおしゃべりを楽しんでいた方ですリンパ腫が頭蓋内に広がりふらつきがひどくなり歩けなくなりました退院はご本人の強い希望です離れたところから手伝っていたご家族が同居してお世話をすることになりました初めて訪問診療に行った時患者さんは大変喜ばれ家で過ごすこと使い慣れた布団で眠れることをニコニコしながら話してくださいました病院の主治医は退院をしぶり「動けないんだから入院してていいよ」と言い続けたそう
このブログがきっかけで雑誌の取材を受けました多くの読者にがんのことがん患者のこと医療のこと緩和ケアのこといろんなことが届くといいな
幻聴が始まってからの数日間は悪夢を見ていたようでした。多量服薬をしたあとは、悪夢からは醒めることができました。自分は守られていて、誰も殺しにくることはないんだと理解できました(*´∀`)とはいえ、過去の失敗を責める幻聴は寝るとき以外はずっと続いていました。幻聴と共に思考も一日中ぐるぐる動いていて息つく間がなく、1日1日がほんとに辛かったです。それでも日が経つにつれ、幻聴を聞く時間が徐々に短くなっていき、少しずつ元通りの生活に戻っていきました。実家に逆戻りしてから3か月後、職場復帰する
私の勤務していた病院での話です。そこでは、健診センターで多数の患者さんが受診し血液検査などを受けます。そこで異常があった場合に患者さんに連絡して、内科受診をしてもらいます。甲状腺機能亢進症がある30歳代の女性が内科受診を勧められました。受診し、担当した医師にいろいろ質問します。当然ですよね。異常を指摘されて来たのだから、どのような異常なのか、聞いてみたいと思うはずです。その医師は、専門でないから、よく知らない、よくわからない、こんな発言を連発します。患者さんは、怒り出します。
今回は私の研修医時代の話です。私が研修していた病院である内科にいた時です。その科は命に関わる病気を持っている患者さんが多く本当に多数の方が亡くなりました。人の死が日常化といいますかめったにないことではない環境でした。ある日ある患者さんが亡くなりました。その患者さんがどうもかなりのクレーマーだったようなのです。医師看護師は振り回されていました。その患者さんが亡くなった日夜に飲み会がありました。その時乾杯の音頭をある医師がとりました。”●