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(岩手移住時代<昭和22年・65歳>の高村光太郎<1883-1956>)母をおもふ高村光太郎夜中に目をさましてかじりついたあのむつとするふところの中のお乳。「阿父(おとう)さんと阿母(おかあ)さんとどつちが好き」と夕暮の背中の上でよくきかれたあの路次口。鑿(のみ)で怪我をしたおれのうしろから切火(きりび)をうつて学校へ出してくれたあの朝。酔ひしれて帰つて来たアトリエに金釘流(かなくぎりう)のあの手紙が待つてゐた巴里(パリ)の一夜。立身出世しな
ジャカルタでもあっちこっちにあるし、知らないにしても作品はみんな一回は見たことあるはずインドネシアを代表する彫刻家NyomanNuartaバリ島生まれで、バンドン工科大学(ITB)で美術を学ぶために1970年代初頭にバンドンに来て、現在もバンドン在住で創作活動をしています。そのNyomanNuartaの拠点のNuArtSculpturePark入場料は1人Rp50000中学生は半額Rp25000最近の作品で一番目にするのはバリ島のGWK『ンガラライ空港から
福津市津屋崎町新浜山公園自宅近くの児童公園。散歩の途中で寄ってみました。「潮の音」近くに海がありますが「潮の音」は聞こえません。車の騒音がしています。作者の原田彪は津屋崎人形店の「原田半蔵人形店」の六代目でもあり、日展入選の彫刻家でもあります。また、小学校の校長先生も歴任されました。JR福間駅から徒歩50分
昨日は大川市にある旧吉原家住宅でのギャラリートークを聞いてきました。「鉄との対話」彫刻家中西秀明前田哲明素材だけでなく空間や時間を彫り、刻み表現する彫刻の世界それを感じる喜びは何物にも変え難い…良い時間でした。別会場の九州建具庄分酢明治蔵芸術祭を思いだす顔ぶれが多く楽しかった!wabi
令和4年11月24日(木)晴れ旧尾小屋鉄道の後は最後の訪問地のハニベ岩窟院に到着するのです。ここは私が初めて行ったのは、もう50年くらい前で、当時は入り口の大きな大仏はなく、すぐに洞窟内へ入ったが、タイトルのハニベと言う言葉は聞き慣れない言葉だが、これは、昔は埴輪などを土で彫刻を作る人を土部師(はにべし)と言い、現在の彫刻家のことだそうで、ハニベ岩窟院は彫刻家の作った洞窟のお寺という意味だというのです。また、この洞窟は元々は石切場跡だったというのです。洞窟内に入ると、まず大黒様とかお釈迦様の姿
皆さん、こんばんは✨歌手の大江恵です。https://megumioe.com/category/biography/いつも私のブログをご覧くださいましてありがとうございます。私、大江恵が、今年2月22日〜5月22日まで、計8回具象彫刻家・松田光司さんの裸婦モデルを務めさせていただいたブロンズ像が、2018年7月4日(水)に、とうとう完成致しました!私が、彫刻の裸婦モデルに挑戦する経緯や、モデルの7日間のレポートはこちらから。https://ameblo.jp/meg
「レオナルド・ミケランジェロ展レポ」まだ続いております。もう、ブログでは、この件についてはひっそり終わらせておこうかと思ったのですが、これは、老後に自分で見返す楽しみのために書いています。美術展レポは、気になった部分について書き上げたら、プリントアウトして、図録に挟んで永久保存です。ま、そんなことは、どうでもいいんですが・・・今日は、この美術展で、なかなか衝撃的だったミケランジェロの考え方について、です。
アントニオ・カノーヴァ(AntonioCanova,1757年11月1日-1822年10月13日)は、イタリアの新古典主義の彫刻家です。カノーヴァは、ローマで実績を上げ、ロシアからも依頼があったが、ロシア行きは断った。でも、カノーヴァの多くの傑作が現在サンクトペテルブルクのエルミタージュ博物館にあるそうです。ルーヴル美術館にあるのが、傑作、「アモールとプシュケー《アモルの接吻で蘇るプシュケ》」(1787~93)翼をつけた青年が
“地球を彫刻した男”イサム・ノグチ。その片腕的存在として、イサム・ノグチの石の彫刻制作を、20年以上にわたって支え続けた石彫家・和泉正敏さんが、今月13日に、肺がんのため82歳で逝去されました。石彫家の和泉正敏さん死去彫刻家イサム・ノグチの制作を支える:朝日新聞デジタル彫刻家の故イサム・ノグチの石の彫刻制作を20年以上にわたって支えた石彫家で、イサム・ノグチ日本財団理事長でもある和泉正敏(いずみ・まさとし)さんが13日、肺がんのため死去した。82歳だった。葬儀は近…www.as
2019年4月のフランス紀行です。ルーヴル美術館MuséeduLouvreリシュリュー翼地上階の「ピュジェの中庭」を鑑賞していきます。17〜19世紀のフランス彫刻が飾られています。マルタン・デジャルダン「4体の捕虜」1682年〜1685年の作品です。ルイ14世の時代の仏蘭戦争の勝利を記念してつくられました。敗戦四カ国(オランダ、スペイン、神聖ローマ帝国、ブランデンブルグ)を擬人化した像です。フランソワ・ジラルドン「ルイ14世騎馬像」1704
皆さん、こんにちはおかげさまで、表題の通り、彫刻家・松田光司さんの「裸婦モデル」をやらせていただく事になりました!約3年前、2014年11月、45歳10ヶ月の時に、グラビアで有名な写真家・山岸伸さんに撮っていただき、イメージDVD「メグミノツバサ」を出しました。(なぜか?今、Amazonで売切れですが…)その時、とても綺麗に撮っていただいたにもかかわらず、「ANAの元CAが脱いだ!」的な感じで、週刊FLASH(袋綴じ8ページ)、週刊大衆(巻頭3ページ)に掲載され、ANAの皆様に、多大
経験を賢く生かすならば、何事も無駄ではないbyロダンNothingisawasteoftimeifyouusetheexperiencewisely.パリの裏町で生まれ育ったロダンは35歳のとき、イタリア旅行でミケランジェロの作品に感銘し彫刻に魂を吹き込み始めます。でもその手法はミケランジェロと同じ石を刻むもの...ではなく、粘土をこねあげるものでした。塊に魂を与えるロダンの創造物は、そのあまりのリアルさに「人体から型を抜いたんじゃないの?