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もう三年になろうか。夫である俺と一人息子を残したまま、妻はある男に突然連れ去られた。俺とは身分の違う、高貴な階層にいる武士、その棟梁の男に。そんな風に、疾風はゆっくりと話し始めた。幼馴染だった妻、桔梗をいかに愛していたのか。息子、佐助と暮らす貧しくも平穏な日々が、何の予告もなく、どんな風に壊されてしまったのか。封印していた苦々しい過去を紐解くその作業は、疾風にとって簡単なものではなかった。「連れ去られてから一度も妻と再会していないのか、と聞いておるぞ」
「もう良いだろう」「いや、まだもうちょっとかかる」「この馬鹿!いい加減にしろ!!」あの世とこの世を遮る門には今日も大勢の者達が詰めかけている。この場では肌の色も思想の違いも関係ない。あるのは等しくこの世での生を終えて再び輪廻の道へと戻って旅立つことだけだ。「は~い!そこの人達!もうちょっとかかりますからね、割り込みはしないで下さい!!そこ、お茶を飲みながら麻雀を始めないで下さい!」絶えず怒声(発狂?)が途絶えずにいる光景は見慣れた者にとっては最早気にすることもない光景だ。
「Boss,Wegottagetoutofthisplacenow!!」車から飛び出してきたハネスが、コテージのバルコニーにいた私たちに叫んだ。サバンナの地平線についに陽は沈み、周囲は闇が濃くなっている。恐怖と興奮、更には罪を犯したものだけが感じるであろう焦燥感。汗を浮かべた彼の顔には、そんな複雑な感情が入り混じっていた。「さあ、早く!」椅子から立ち上がったものの、呆然としていた私、ジム、そして佐和子の目を覚ますように、ハネスがもう一度叫ん
もう何度目になるだろう。慶次にとって、この天井裏に忍び込むことは、もはや日課のようになってしまった。疾風を誘うでもなくただ一人で、彼は深夜の静寂の中、漆黒の影となってそこに身を潜める。下界で繰り広げられる男女の抱擁、それが行われぬ夜は一度もなかった。合意など存在しない、ただ欲情に狂った男が人妻の肉体を好き放題にいたぶる時間。毎晩、東の空が白々と明けてくる時間まで、隆景は気に入りの妾と激しく愛し合った。島で生まれ育った人妻が隆景の女となり、既に数年が経過している
妻の服がはだけ、薄手の生地の下に隠された肉体が露わにされていく。「惚れ惚れする体じゃ」目の前に夫がいることに構う様子もなく、隆景は桔梗の服を広げ、上半身を剥き出しにした。「堪忍してっ・・・・」「したいんだろう、お前も」「・・・・」男の口が、妻の胸に吸い付いた。「あんっ・・・・」彼の頭を抱え込むような格好で、人妻は妖しく悶えた。広大な屋敷があるこの高台から、島を取り囲む海が見える。強い日差しが降り注ぐ昼間にもかかわらず、隆景は激しい興奮を
「疾風、噂を聞いたかい?」午後、太陽の下でのんびりと漁網のほつれを治していた疾風のもとに、弥太郎がやってきた。疾風と桔梗の5歳年下の弥太郎は、今年十五歳になったばかりだ。少し離れた先の農家に生まれた彼は、二人の弟のような存在で、昔から一緒に遊んだ仲だった。年下ではあるが、なかなかに頭がよく、信頼できる男だ。そんな彼が、今日はどういうわけか、少し浮かない顔をしている。「おお、弥太郎か」顔をあげた疾風は、まあ座れと言わんばかりに穏やかな表情で彼を見つめた。
「ここまで来いよ、桔梗!」「ねえ、疾風、待ってったら!」戦国の黎明期、天文年間。尾張の国では、後の歴史を大きく塗り替えることになる武将、織田信長がまもなく誕生しようとしている。だが、ここははるか遠く離れた、海の孤島。南国特有の眩しい日差しの下、走り回る少年と少女は、迫り来る戦国の騒乱など無縁の世界にいる。「今日の海はいつも以上に綺麗だぜ、桔梗!」粗末な小袖を身に纏った少年、疾風。疾風(はやて)、と名付けてくれた両親はもうこの世にはいない。彼が
「奥さんと一緒に午後を楽しむだって?」橋口が好色に目を光らせて、身を乗り出した。「皆さん、動物だけ見ても退屈でしょう」「あ、ああ、そうなんだよ、中川君。それに少しばかり疲れたな、車ばかり乗って」今度は妻に乗りたいとでもいうのか・・・・調子のいい台詞を吐きながら、橋口は傍にいる宮野と北原に声をかけた。「どうだい。中川君の提案は。遠慮なく甘えようじゃないか」椅子に座ったまま、絶頂に達してうっとりとした表情を浮かべる妻の美脚を、宮野はまだ撫で続けている。
2台の車がゲートの向こう側に停車している。分厚く巨大な窓、野獣の襲来にも耐えられるようなしっかりとした車体。オフロード車らしく、極太なタイヤを備え、遠方を見渡せるほどの車高だ。「皆さんはこちらの車で先に走ってください」ハネスの指示に従い、私は上司たち3人に前方に停まった車に乗るよう勧めた。「大きな車だな。我々3人がこっちかい、中川君?」「ええ。ただ男性だけでは味気ないと思いますから、妻も同乗させますよ」3人の目が瞬時に輝いた。好色な連中だぜ。
「桔梗、いくぜ・・・・」よだれを垂らさんばかりの表情で、慶次は自身の腰を一気に桔梗の秘密に突き立てようとした。桔梗が唇を噛み、全てを覚悟した時。「ううっ・・・・・・」上にいる慶次が、突然後頭部を抑え、傍の地面に倒れ込んだ。こぶしくらいの大きさの固い石が、表面に血を滲ませて転がっている。「桔梗、大丈夫か!」すんでのところで慶次の毒牙から逃げることができた桔梗は、素早く立ち上がり、石が飛んできた方向を見た。「疾風!」腹ばいでうごめく慶次に唾を吐き
「疾風、今日はちと波が高いようじゃ」のんびりとした吉蔵の言葉とは裏腹に、次々と押し寄せる波が小船を激しく揺らす。疾風、18歳。腕白小僧で島中を走り回っていた少年は、いまや精悍に、そしてたくましく成長した。吉蔵と漁に出る毎日。だが、船頭として漁船を仕切るのは、今は疾風だ。漆黒に光る筋肉質の腕に、波しぶきが降りかかる。東の空から輝き始めた朝の太陽を浴びる疾風は、今、船の先端に立って遠方を見つめている。「じい、大丈夫だ。沈むような波じゃない」「そう
「ここで、ですか?」予想外の要求に、妻は戸惑いを隠せない様子で宮野を見つめた。「エッチなリクエストですけど。まずはじっくり見て楽しみたいんです、奥さんを」「そんな・・・・」「奥さんの裸を毎晩想像してるんですよ、一人寂しく」「もう、エッチなんですから、皆さん・・・・」駄々っ子たちの望みに呆れるような視線で、妻が3人を見つめる。その表情には、男たちの求めに応じる自分を想像し、興奮を深めている色が浮かんでいた。「たまには楽しみたいんです、俺たちも」
「サファリツアーか。それはいい。是非企画してくれ」私の誘いに、橋口は大いに乗り気なようだ。この日、毎朝の定例ミーティングの後、私は橋口の部屋でとある提案をした。橋口、宮野、北原、そして私たち夫婦の5人。このメンバーで週末にサファリツアーに行きましょう。私はこんな提案を投げてみたのだ。「奥さんも来るのかい?」「ええ。皆さんと行けると聞いて妻もとても喜んでます」「そうか、そうか。奥さんも私たちと一緒に行きたいってか」「はい」満面の笑みを浮か
幼少の頃から住み続ける小さな家。ささやかな農地に囲まれ、同じように貧しい農民たちが肩を寄せ合って暮らす集落。小さな丘を越えればすぐに白い砂浜が広がる。反対方向に歩いていけば、鬱蒼としげる深い森、そしてそこを突き抜ければ草原が広がる崖がある。そう、桔梗と疾風が駆け回ったあの草原だ。今にも倒れそうな粗末な木造の家に着いた桔梗は、いつものように昼食の準備を始めた。「今日は大漁だといいけどなあ」早朝、畑から獲ってきたさつまいもが土間に無造作に並んでいる。「
「ハネスのやつ、やりやがる・・・・」寝室にまでカメラを設置したドライバーの働きに、私はある種の感動さえ覚えた。だが、そこに記録された現実は、私には残酷なものであった。「佐和子・・・・」4人の時間は、寝室の外の窓が明るくなる頃まで続いた。「奥さん、口でお願いしますよ」ベッドルームに連れ込んだ妻に、3人がそんなリクエストを投げかける。「ゴルフ場では手でしてもらいましたけど。今日はもっと大胆にお願いします」「でも、主人にもそんなこと、私・・・・」「
その日、日の出前のまだ薄暗い時間、疾風は弥太郎と連れ立って家を出た。「じい、佐助を頼む」「まかせておけ」「夕刻には戻る」南蛮船が島に流れ着いてから、三ヶ月が経過した。つい先日、修理を終えたその巨大な船は、この島を離れて再び大海の彼方に姿を消している。「疾風。どれくらい奥まで行くんだい」大きな袋を背負ってついてくる弥太郎が、前を行く疾風に声をかけた。「山奥さ。誰も足を踏み入れないような」「ふーん」「そこで少しくらい音を出しても、誰にも届か
慶次が島を去って早二年が経った。南海の彼方に浮かぶこの小さな島の風景は、何も変わらない。突き抜けるような青空、眩しく輝く海、そして激しく照りつける南国の太陽。大自然に囲まれ、疾風と桔梗は幸せな日々を送っている。二十歳になった二人。昔と同じままの島の風景とは異なり、二人の間には確かな変化が生まれていた。「桔梗、行ってくるぞ」夜がまだ明けぬうちに、疾風はいつも海に出ていく。「じいが待ってる。昼に戻るから」返事をしない妻を気にすることもなく、疾風は
ゆっくりとした足取りで、疾風は家に近づいた。そこを取り囲むように立っていた数人の若い武士たちが、鋭い視線を彼に注ぐ。「お前が疾風か?」頭と思われる男が、冷静な口調で質問を投げた。俺の名前を知っている。まあ、そうなんだろう。彼ら武士たちにとって、最下層にいる庶民のことを調べ上げることなど、たやすいことに違いない。「ああ」挑発的な視線で、疾風は彼を見つめた。「お前、農民の分際で、なんだ、その無礼な態度は!」すぐそばにいた別の武士が、そう叫ぶ
「奥さん、さあ、こちらのテーブルへ」サバンナの真ん中、コテージ形式の小さなレストランに私たちは腰を落ち着けた。草原の彼方には、象の家族がゆっくり歩いているのが見える。だが、連中は依然として動物にはまるで興味がないようだ。「私、また皆さんと一緒なんですか?」「当たり前じゃないですか、奥さん。さあ、冷えたビールが並んでますよ」妻の細い腰にいやらしく手を回し、橋口が強引に引き寄せる。「もう、橋口さん、エッチなんだから」美尻を撫でる男の手を軽く叩き、妻は3
半年が過ぎ去った。隆景との会談の後、しばらくの間、疾風は家にひっそりとこもり続けた。「じい、大丈夫かな、疾風は」弥太郎は、かつて桔梗と疾風が一緒に住んでいた家を何度も覗き込んでは、吉蔵に声をかけた。「今はそっとしておくんじゃ」「じい・・・・」「どうすることもできぬ。あいつが自分で乗り越えていくしかないんじゃよ、これは」「そんな厳しいこと言わなくても」弥太郎の言葉に、吉蔵は自分に言い聞かせるように強い口調で言ったものだ。「受け入れるしか
「桔梗、準備はできているだろうな」その日、午前。昨日をはるかに上回る数の武士たちが家を取り囲んでいる。「来たか、やつら」「昨日より多いね、じい」木陰に身を隠しながら、吉蔵と弥太郎は彼らの様子を息をのんでじっと観察していた・・・。早朝、疾風と桔梗の様子を確認するため、二人は彼らの家を訪れた。「どうしたの、こんなに朝早く?今日は漁に出ないって言ってたじゃない」いつもと同じ調子の桔梗に、二人は拍子抜けする思いだった。にこにこと笑っている佐
「あなた、私、どうすればいいのかしら」レストランに残されたのは私、妻、そして運転手のジム、その3人だった。大胆なドレスに着替えると言われた妻。どこか恥ずかしげに、また不安げな様子で、私にそう聞いてきた。「慌てることはないさ、佐和子。ゆっくりここで待つとしようか」「待つって、あなた、何を?」「ハネスさ。そのうちハネスはここに舞い戻ってくるはずさ」「皆さんを残して?」「ああ」「どれくらい待つの?」「そうだな。かなり遅くなるかもしれない」
「もう二年か」パチパチと音を立てながら、囲炉裏の炎が何匹もの魚を焼いている。この日、激しい嵐がようやく去った海で獲ってきた魚だ。「なんだい、二年ってさ」「おまえの母ちゃんがいなくなってからだよ」「おいらの母ちゃん」「ああ」「ききょう」「そうだ」串刺しにした魚をうまそうに食べながら、弥太郎は隣に座る佐助に柔らかな身を分けてやった。もうすぐ三歳になる佐助。まだつたないが、いつのまにかおしゃべりができるようになった。毎日、野山を駆
「大丈夫だったかい、佐和子?」その夜、私たちは歓迎会が開かれたホテルの部屋に泊まった。この国での自宅が決まるまで、この部屋にしばらく滞在する予定だ。部屋に戻るなり、妻はシャワーを浴びたいと言って浴室に飛び込んだ。久しぶりのアルコールのせいか、あるいは別の理由からか、その表情はほの赤く染まっている。「あなた、ごめんなさい。少し飲みすぎたみたい、私」濡れた髪をドライヤーで乾かしながら、妻は鏡に映る私に言った。「謝ることなんかないさ」いろいろと言いたいこ
刀をさやから抜き去り、浜の中央に仁王立ちする慶次。未知の力を与えるように、掲げた刀に強烈な日差しが注ぎ、眩しく光らせる。「ここから一歩も前には行かせねえ」狂ったように走ってくる武士団を見つめ、慶次はふと過去を思い出した。ここは幼少の頃、何度も来たことがある浜だ。「おい、慶次、追いつけないだろう、お前には!」「生意気いうな、疾風!待ちやがれ!」疾風、桔梗と一緒に浜を飛び回った遠い日の記憶が、鮮明に蘇ってくる。「慶次。あんた、よく頑張ったわね」
再びこの地にやってきた。だが、今回は深夜という、周囲が深い闇に包まれた時間だ。佐助の世話を弥太郎に任せ、疾風は今夜、慶次の言葉を信じて島の北端にまでやってきた。彼方に見覚えがある屋敷がひっそりと建っている。妻を奪った男、隆景との会談を行った屋敷である。桔梗はあそこで毎日暮らしているのだろうか・・・・。あの男に体を弄ばれるだけのために。約束の場所である小高い丘の上に身を伏せ、疾風はじっとそのときを待った。やがて、男は現れた。「疾風、来たな」
昼間、あれほどに高かった波が、今は穏やかな調子で岸壁に寄せてくる。森に豪雨をもたらした雨雲もとうに消え去り、二人の頭上には満点の星空が広がっていた。「疾風、大丈夫?」慶次との格闘の記憶が、疾風の若い肉体にまだ深く刻み込まれている。だが、若者は血を滲ませた腕、そして足を気にする素振りも見せず、しっかりとした足取りで崖に向かって歩いている。「平気さ、あれくらい」「信じてたよ、疾風」「えっ」手を繋いだまま、疾風は桔梗の横顔を見つめた。幼さを僅かに残
「奥さん、今日はいつも以上に色っぽいですね」アフリカの大地を朝から灼熱の太陽が照りつけている。目が痛くなるほどの青空の下、地平線の向こうまで広がるサバンナの草原。私たちは、その入口と言えるチェックゲートに集合した。橋口、宮野、北原の3人は、ゴルフに行くようなラフな格好で、既に頬を紅潮させている。どうせ朝からビールをあおってきたに違いない。服を脱がされた妻が裸で悶える姿を想像しながら。「サファリツアーって聞きましたから、暑いんだろうなって想像して・・・」
「なんと・・・・」星がいつも以上に綺麗な夜だった。だが、そこにいる男たちには、夜空に輝く無数の星の美しさに浸っている余裕はないようだ。島の南端。疾風、そして佐助が住む粗末な家。そこにいるべき妻の姿はない。既に寝息を立てている佐助のそばで、男たちが囲炉裏を囲んでいる。疾風、吉蔵、弥太郎。そして、今夜、はるばる島の北からやってきた一人の武士。秘密の会談は彼が持ちかけたものだった。「殿は島を出るつもりだ」「・・・・」「桔梗を連れて
林の中に消えたカートは、姿を現そうとしない。「中川さん、次のホールに行きましょう」漆黒の肌を持った現地職員たちが、ドライバーを握りしめて私に英語で声をかける。彼らの言葉を聞き流し、私は双眼鏡をただ覗き込んだ。おかしい。ボールが見つからないとしても、あまりに時間がかかりすぎだ。「行きましょうよ、早く」「先に行っててくれ。ちょっとカートを借りるぜ」困惑する現地スタッフたちをその場に残し、私はカートの運転席に乗り込んだ。妻が3人に連れ込まれた林に向