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こんにちは、Konaです。そういえば、きちんと書けてなかったなと思い、術後1年半も経過したことですし、これまでメッセージいただいた際にはお伝えしていたのですが、ブログでは伏せていた病院名を書いてみようと思います。時間が経過しても質問くださる方がいる、ということは、悩んでいる方がいる、ということですもんね。手術日を書いてるし、ハンドルネームだけど、なんとなくバレるかな?と思って書いてなかったんです。書いている内容は、私が受診して手術を受けた2021年10月~1
もっと早い時間に更新するつもりが、Youtubeで「赤川花火大会(山形県)」のLive放送を見ていたら遅くなってしまいました私は、株式会社マルゴー(山梨県)、野村花火工業株式会社(茨城県)の花火が大好き今日もマルゴーの時差式花火を堪能しました以前はあちこちの花火大会に行きましたが、今は足が悪いので行けませんでもiPadでLiveで見られるとは、ありがたいです話しが逸れ過ぎました細かいことまで書いているのでとても長いです。記憶を辿って書いているので、間違いもあるかと思います。
今朝一番の6時すぎに血液検査の為の血液を抜かれ9時には執刀医である主治医が病室に来られて抜糸をして下さった。本当は2週間目に抜糸の予定だったのだけど祭日だったので15日目の朝一でした。抜糸は思ったよりも痛くはなかったです。抜糸後の傷口です。腫れも大分ひきました。朝一のリハビリをして頂きその後CT、レントゲンを撮り昼前までいろいろとせわしなかったです。昼食後一息ついてブログ更新の運びとなりました。皆さまのお幸せを願って四つ葉のクローバーを添えました。病室の気温は快適ですが
その場しのぎの言い訳の続きです。手術前、〇〇医師(過失医)より「よくある簡単な手術」と説明があったため、経験の多い手術なのだと思いました。しかし、医療事故から約10日が過ぎた頃、脊椎手術の執刀経験がなかったことを知りました。助手を務めた〇〇医師(上級医)によると「前の病院で助手として約200例の経験があるから出来るという言葉を信用してしまった」とのことでした。しかし、訴訟提起後に助手としての経験もそれほどなかったことがわかりました。------------------------
今のところ、メラノーマになって、、、先生から、どうしてメラノーマになるのか、メラノーマになると、メラノーマになりやすいのか、がんになりやすいのか、この先の転移、再発予防は、術後の経過観察はどうするか、などの話は聞いてない。経過観察は、主治医、じゃなく、執刀医、かもしれない。病理検査の結果も、出張でいなかったけれど、医局長が、執刀医の代わりに、ぼくが頼まれました、って、言っていたから、、、メラノーマ、ステージ1でも、また、ほくろ、メラノーマができたという話
ほぼ予定どおり、2時間半ほどで手術は終了。意識が戻ったときには、病室のベッドの上だった。夫と子どもの姿がぼやけた視界に入り、ニーブレスを装着した左足と膝の上に乗せられたタオルでくるんだ大きな氷の塊が見えた。あぁ、終わったんだと、ほっとしたのも束の間。左足に急激な痛みを感じた。我慢できず、痛い痛いと叫びまくった。ナースコールをして、痛み止めの点滴を入れてもらうと、30分ほど経ってようやく痛みが和らいできた。再び強烈な眠気に襲われた。眠っている間に、執刀医が手術の内容と今後のスケジュールに
越後湯沢から病院に直行し、そのまま入院しました。約3週間振りの入院なので、看護師さん達から「おかえりなさい」と声がけいただきました。病院で、「おかえりなさい」と言われるのは次のストマ閉鎖で入院する時を最後にしたいと願ってます笑今回は差額ベッド代無しの4人部屋で、50代後半の方と、70代の方2名と同室でした。30代で肝転移していたことを話すと、皆さんビックリされてました。全員大腸癌患者なので、不思議な一体感がありました。日曜日に入院し、月曜日にポート造設、水曜日からFOLFOX療法第1
いつも「いいね!」やランキングバナーのクリックありがとうございます。心のよりどころになっており、大変励みになります期間限定で闘病まんがを書いています。(3/5に無事退院しました)一話目は…こちらから前回のお話、入院後「人ではない」と思い始めるをアメトピに上げていただきました。スタッフさん&読んでくださった方、ありがとうございます。剃毛したよね?という内容ですがまた、コメント欄でもなかなかの盛り上がりでした剃る人剃らない人、自分で剃った人本当に色々で読んでてすご
正式謝罪⑥(自信がない手術)の続きです。2020年1月22日の医療事故から約2週間が過ぎた頃、〇〇医師(過失医)が私に事実を説明していないことが判明し、実は少なくとも2本の馬尾神経を切断していることや、〇〇医師(過失医)には後方除圧術の執刀経験がなかったことを〇〇医師(上級医)よりお聞きしました。院長(当時)のご意見もお聞きしたいと思い、ご質問させていただくことにしました。《参考》『【15】食い違う術後説明①』膀胱直腸障害という後遺障害の続きです。医療事故から約2週間が過ぎた
https://ameblo.jp/tm5318/entry-12684730326.html『本当は迷っていた…』https://ameblo.jp/tm5318/entry-12684474375.html『肉腫肺ラジオ波治療とリスク…』https://ameblo.…ameblo.jp2021.4.7治療の前日入院。個室希望だったけど、満室で四人部屋へそれが、入ってみてびっくりとっても広くて、綺麗しかも窓側快適〜私、またこのO病院に入院することがあっても、四人部屋で全然オ
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★この日記は過去の出来事です!さぁ怖がらずに読んでごらん・・・☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★さて今日は乳腺外科にて、ワイの手術を担当してくれるドクターとハツタイメン!!どんなヒトかちらコワイヒトじゃないかちら仲良くやれるかちらドキドキいざ、診察室へ!!ともかく頼もしそうなドクターに安心して、あとは手術を待つばかり!それなのに、前回チラともらしたパワーも吹っ飛ぶデキゴトが・・・(ちょっと大げさ?^皿^)次回、俺様ちゃん落ち着いて、の巻
今日も朝からお天気で、、、入院、しました~😄またもや、個室です。2週間だから、個室たかいけど、動けないし、快適なので、絶対、個室がいい~❗今日は、身長、体重を計り、くまごろう先生、担当看護師さんとお話、今日は、これから、鼠径部切るので、下の毛を剃る、そう😅親指も看護師さんに洗ってもらい、包帯交換。お風呂もはいって、明日の手術の説明を聞きます💦近くの皮膚科の先生のアドバイスで、手術中に、ぼおっとする薬を頼みました❗くまごろう先生に頼んだら、前準備もあ
私は午後からの入院でした旦那も一緒に来てくれたのに、コロナの影響で1階ロビーでバイバイ悲しすぎるロクに別れも言えてないのに!!!笑4階に到着すると、今日入院かな?って人がたくさん。まず体温を測って、身長体重も測定しました余談ですが(余談の多いブログですみません)身長1センチ伸びてました。体重は2.5キロ増えてました。え?比率おかしくない???そして、無駄に応接スペースまでついたお部屋案内されましてコンニチハ。お部屋はホテルのようで快適です。ですが!!!、お風呂とトイレが
子宮体癌発覚の経緯と治療についてを書いていきます。過去から記憶を遡って書いてますが、時々今の事も書いたりしてます。テーマ別にしましたので、そちらからご覧頂けたら、と思います。いよいよ、手術当日です。予定は午後一番。朝のバイタルチェックはいつも通り。早めに、洗顔と歯磨きを済ませました。その後、初めましての先生なのか看護師さんなのか?男性が、点滴のルートを取りにみえました。術後暫くは24時間点滴なので。それから、看護師さんが出たり入ったり。まず、浣腸出来るだけ我慢してから、と言わ
後半です。心が折れてしまって、泣きたい気分だったけど昨日よりはまだマシじゃないかな!?って思いが原動力?になって持参したKing&PrinceのライブBlu-rayを再生。が、ご飯も食べておらず眠れていない私にはちょっとしんどくなってしまい途中停止。笑そしてこの時傷の痛みは、動かせばあるけど動かさなかったら無かったです。それよりも、頭痛が辛かったあとは、何者かがずっと首にぶら下がって喉を締め付けてる感じがしていて。↑これも辛かったです。術前の心構えとして、傷口の痛みさえ
ちょっと、遡って記事を描きます私が乳がんになったときのことから、乳房再建したことも、少しずつ2015/9/11手術室へ入ったら、名前と生年月日手術内容確認手術台に座って、バスタオルかけてもらいながらパジャマ脱いで横たわります点滴が繋がってるけど、ちゃんとパジャマ脱げるんだね横たわってどんどん手術準備が進んでく手術室に執刀医の先生と第二執刀医の先生も来られて画像はネットから借りたので、実際のものは異なります先生『では、◯◯さん、頑張ってね。』私『宜しくお願いしま
ようやく手術(カテーテルアブレーション)が終わる尿道カテーテルが正確に装着されていないことに気づいてから、40分くらい経っただろうか。地獄の我慢大会は、医師の一言で幕を閉じた。「もうそれ以上やったら危ないから、終わろう」。手術の痛みの他に、腹部の痛みと尿意の我慢の限界を考えると、本当にほっとした瞬間だったが、医師の一言は私に充分な不安を与えた。やり切った感がない。しかたなく終わるのだ。アブレーション終了後、すぐに看護師が尿道カテーテルを装着しなおした。スーッと腹部の痛み、重みが消え
実は先週金曜日から入院中の私手術しました!局部麻酔なんで一部始終聞こえました私が入院して治療している部位は目なんです目を局部麻酔で約2時間耐えました途中執刀医が〇〇先生呼んで〜なんて言うものだから焦った動揺してしまい身体が少し動いてしまったよくよく考えたら目にゴミが入っただけでも痛すぎるのに今器具??が確実に入ってると考えたら怖くなって来て早く早く早く!終わってぇ〜と絶叫してました!(心の中で…)麻酔追加て言われた時にはまだかい!まだかいな!と追加て〜
両側人工股関節置換術後4年1ヵ月2年間コンテストのためのトレーニングやレッスンに明け暮れていたので溜まった用事を片付けるのに忙しく、じっくりとブログを書く余裕がありませんが、皆さんのブログは拝見しています。皆さんが悩んだりメッセージで相談を頂くテーマについて、現役の大病院の股関節専門医からのブログを見つけました!「執刀医を指名できない」という病院は、やはり避けた方がいいようです。有名な病院でも全員が経験豊かとは限りません。若い医師に経験を積ませるために満遍なくローテーションという病院もあり
今日、大学病院に行ってきました💦先週末に電話があり、結果は話せないけど、追加切除はない😄と聞いていました💦良性か、😄ステージ0でも、切り取れてる?😆安心して、病院に行ってきました😄今日は、二時間以上待たされ、ほぼ、最後、💦😅結果は、、、、メラノーマ、ステージ0上皮内がん、でした~❗❗❗やっぱり、って、感じです😅😊切ってよかった~😄経過観察、押しきって、犬を信じて、勘を信じてよかった~😆😆😆⬆️がんなのに、喜んでる😅手術は、来週末、入院2週間の予定。右
2021/1/15いよいよ手術台ですオペ室にてメガネを預けて、中央にあるベッドに腰をおろして座り、胸元にバスタオルをかけてもらい、パジャマを脱いでそのままベッドに横たわりますお部屋は寒くないですか?と声かけてくれる看護師さんオペ室には看護師さんが二人います(うち一人は病棟に迎えにきてくれたオペ看の方です)執刀医の先生が主治医の先生と第二執刀医先生が入って来ましたよろしくお願いしますとご挨拶二時間ほどの手術ですが、点滴と血圧計、心電図がつけられて準備万端いよいよ手術が始まり
二の腕全周、肩と背中の脂肪吸引をして早いもので10ヶ月ほんとね、これは大声では言えないけれど結果的にハッピーではなくて二の腕を出して今年の夏を謳歌〜!Let’senjoysummeryeah〜🌴と思っていたのに💧ノースリーブを着られるのは夢のまた夢ふとノースリーブを着た自分の姿をショーウィンドウで見た時からカーディガン必須だと気付きましたたくましい腕は健在で…症例写真で見るような細い腕も、華奢な肩も私には見る影もなく上の写真が術前、下が10ヶ月後の今。若干の引き締まり以
残念ながら今週のリハビリでも40㎝の台から片足で立ち上がることはできず。でも理学療法士の先生からうれしい一言を頂戴して気持ちはぐんと前向きに。担当の理学療法士さんは術後すぐに執刀医から呼ばれ・断裂が大きくて重症の部類に入ること・リハビリに時間がかかりそうといったことを伝えられプレッシャーを感じていたらしい。幸運なことに回復は週数相当に順調のようで、「正直なところ、ホッとしてます。」とリハビリ後に柔らかい笑顔で見送ってくれた。しかしここにきて残念な回復も…
2021/1/15オペ看ナースの方が病室に迎えに来てくれました同じ病室の患者さんも頑張ってね〜と声かけてくれて、病棟担当ナースの方もエレベーターのとこまで見送りしてくれました二人の看護師さんに検査手術楽しみなのワクワクするんだけど、、とエレベーター待つ間に話したら珍しい患者さんだよ〜3回目だと根性座ってるのね頑張って行ってらっしゃいと病棟担当ナースに言われましたオペ看ナースと共にエレベーター下りてオペ室へ歩いていくと、テレビに出るような手術室に到着おっきな扉開いたら10室くらいの
生検の結果が出たから来て下さいと電話あったには、検査からちょうど2週間後でした。次の日に行くと診察室に呼ばれ、生検をして頂いた先生に、やはり腫瘍があるので手術の必要があると言われました。大きさは2cmぐらい。リンパ腺には来ていないので多分温存手術だろうということ。「要するに悪腫瘍なんですか」はっきりと聞いてみました。「その通り!浸潤性腫瘍だから早い対応が必要です。」返事もズバリとしたものでした。気持ちの準備は出来ていたものの、人生今まででこの時の衝撃が一番辛かったと思います。本で
上皇后美智子様の乳がんの摘出手術日、そろそろ終了の速報が入る頃でしょうか。私が乳がん手術をした、県立静岡がんセンターと東大病院がチームとなり手術を行うということ。無事に終わりますように。1日も早くあのお優しい笑顔が見られますように。ところで、私の主治医は静岡がんセンターの乳腺外科のトップ、センター長です。設立当初からいらっしゃる先生だそうで、ひょっとして今回の美智子様の手術に執刀医としていかれているかもと思うと何だか勝手に誇らしい気持ちになります。腕には定評があり、私が3ヶ月待っても
そういえば術後病室に移動してから、執刀してくれた先生が病室に来てくれた。手術着のままだったような記憶。違うかな…「無事に終わりましたよ」「成功しました」優しく声をかけてくれる。執刀してくれる先生は自分が安心できる先生が良いとしみじみ思った。