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ロシアのプーチン大統領が2022年9月30日の演説で「米国はいまだにドイツや日本、韓国を事実上占領している。指導者たちが監視されていることを全世界が知っている」と述べ、「(米国と被占領国との)同盟関係が対等でない」と批判。「これらの国の指導者が米国に対し「奴隷のように沈黙し、不満もこぼさずに野蛮な行為を受け入れている」と指摘。そうした振る舞いは「恥ずべきだ」と断じたそうです。「米は日独韓いまだ占領」プーチン氏、原爆も言及(共同通信)-Yahoo!ニュース「奴隷の様に沈黙し
いつもご訪問いただき、ありがとうございます。Ochara_maru2号さんから、リブログさせていただきました。Ochara_maru2号ocharamaru-02さんのブログです。最近の記事は「MyGrownUpChristmasList(画像あり)」です。ameblo.jp日本人は優秀すぎる、だから潰さねばならない!ディープステートによる日本潰しの手口と日本売国に加担する政治家たち!|地球人類の光と闇我々日本人は日本の凄さを知っていますか?日本人
【暴露】英雄伝を自作?極秘情報の漏洩?吉田茂の名補佐役はウソ?白洲次郎、虚像がついにバレる...(youtube.com)
戦艦ミズーリの上で、堂々と敗戦国日本を代表して降伏文書に署名調印した重光葵外務大臣は日本外交の良心であったと言われています。政治学者の中西輝政京都大学名誉教授が「東京裁判」の中身の酷さ、特に注目点について以下の様に指摘しておられます。連合国にとって「厄介な男」だった東京裁判においては、東條英機や広田弘毅など首相経験者を始め、28人ものリーダーたちが、いわゆる「A級戦犯」として裁かれました。その中にあって、今日の日本人が最も注目すべきなのが、重光葵です。というのも、重光がな
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https://youtu.be/IlujKBdswgc?si=dLLnJcobMCf4rQBr最近いろいろバレて来ていますが...ほんまに情け無い...よくもまぁこれだけ捻じ曲げられた歴史を刷り込んだな。嘘まみれ!何なん?白州次郎!アメリカに媚びて何が、英雄やねん?かっこ悪すぎ...。偽りの歴史を作るな‼️
婚約記者会見”ヒゲの殿下”三笠宮家の寛仁さま「7年越しのプロポーズ」婚約会見・結婚の儀・朝見の儀(1980年)皇室ご一家の懐かしい映像を、TBSの映像ライブラリーよりお届けする「皇室アーカイブ」。1980年4月18日、“ヒゲの殿下”として親しまれ、2012年に亡くなられた三笠宮家の寛仁さまと、信子さま(麻生信子さん・当時)の婚約会見が宮内庁で行われました。寛仁さま(当時34歳):僕個人的には実は7年前にすでに結婚を僕が申...youtu.be寛仁親王殿下憲章ご仁親王殿下ご結婚寛仁親
横浜から大磯にある旧吉田邸へ旧吉田茂邸は戦後の内閣総理大臣を務めた吉田茂(1878-1967)が暮らしていた邸宅ですもとは明治17年(1884)に吉田茂の養父・吉田健三が土地を購入し、別荘を建てたのがはじまりです。養父亡きあと吉田茂が邸宅を引き継ぎました。昭和20年(1945)より大磯の邸宅を本邸とし、晩年
日本国憲法草案審議の地虎ノ門から森美術館(六本木ヒルズ)まで散歩がてら歩きました。いつもは地下鉄で行くので新鮮でした。アメリカ大使館、スペイン大使館、スウェーデン大使館、サウジアラビア大使館が並びます。歩道の脇に「日本国憲法草案審議の地」と刻まれた石碑を見つけました。設置は八木通商株式会社となっています。日本国憲法草案審議の地この地は昭和二十一年(一九四六年)二月、連合国軍総司令部と、日本国政府との間で、日本国憲法草案について審議された跡地である。この地には(財)原田積善
【『ダンディズム』の師匠の誕生日😍】今日2月17日は僕がその人の存在を知ってから約40年……今でも愛し続けてる男の誕生日🎂彼の生き方、考え方、ファッションなど僕に「男の美学」を教えてくれた男……✨今日は『白洲次郎の誕生日』☝『白洲次郎(しらすじろう)』(1902年2月17日-1985年11月28日)兵庫県芦屋市出身……日本敗戦後、占領下の日本で吉田茂の側近として活躍……連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)と渡り合い……戦後GHQから『従順ならざる唯一の日本人』
かなり昔になりますが5月18日目黒雅叙園で結婚式を挙げました結婚式を挙げた年の5月18日は曇っていました☁️今年の5月18日はなんと雲ひとつない晴天☀️でしたシェリィママはひとりで好きなように過ごしましたひとりのんびりと公園内を歩きました日本武道館の前も歩きましたが沢山の若い人達が遠くからもいらしているのでしょうね。調べてみたらフルーツジッパーのライブの開催日15:30開場・17:00開演私が武道館の前を歩いてた時刻は12時頃、開場がまだ
林新堀川恵子氏の「狼の義新犬養木堂伝」を読んだ。骨太で読み応えのある作品である。木堂犬養毅「憲政の神」いや憲政の鬼である。読んでいくうちその気迫に圧倒された。物語を犬養とともに政治の政界を歩み犬養の死まで犬養の懐刀黒子として縦横無尽に活躍し戦後は「吉田茂の政治指南役」として死ぬまで犬養の遺志を継いだ古島一雄の昔語りで物語を始める。維新後、議会政治を根付かせるために、心血を注いだ井上毅、結核の病の淵にありながら新聞連載を死ぬまで続けた正岡子規。そして南洲西郷隆盛。犬養は死を自ら求
湯涌温泉にはかつて東洋一と言われた大きなホテルがありました。アニメ「花咲くいろは」はそのホテルをモチーフにしています。元来、旅行前には綿密に計画を立て下調べをしておくのですが、今回は予習として「花咲くいろは」をdアニメストアで全話見ておきました。アニメでは湯乃鷺温泉という地名になっており、主人公が働く旅館の名前は喜翆荘。実際に湯涌温泉に存在していたのは白雲楼ホテルといいます。昭和7年から平成10年まで稼働し、戦後はGHQの保養所として使われたり、吉田茂や昭和天皇が利用したこともある