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本日の言霊2024.05.18明治の世に「日本軍」を作り、日清戦争、日露戦争を勝利に導いた軍人たちからしたら、戦前の昭和の軍人たちは「堕落している」と思ったはず。高度経済成長を成し遂げて、GDP世界2位の国にした人たちからしたら、「なんて令和の日本は堕落し、人々は貧しい生活をしているんだ」と思うはず。しかし、物質的には令和の方が明治よりも昭和よりも圧倒的に豊かである。貧しい時代の人々から見れば、豊かな社会は堕落したように見える。だが、今の日本は命懸けの戦争こそしてはいないも
開成高校生殺害事件1977(昭和52)年朝日新聞(1977年10月31日夕刊)事件の裁判の内容はこちらの本を参照しています↓1977(昭和52)年10月31日、佐藤忠良(当時46歳)が妻の成子さん(同44歳)と一緒に、10月30日未明にひとり息子の健一君を自宅で首を絞めて殺したと赤羽署に自首してきました。警察が自宅を捜索したところ、2階6畳間の押入れの布団の上で、長男で開成高校2年の健一君(同16歳)の遺体を発見したため、父親の忠良を殺人容疑で逮捕しました。健一君
おやこ劇場(こども劇場)を中心にライブ活動を行なっている、たかはしべんさんの唄です。塾屋であるが故に、点数に翻弄される子どもたちを多く見てきた。受験ごときに負けるな。押しつぶされるなとつぶやき続けているのである。
誰もが自分のど真ん中で輝ける世界をつくる誰もが最高の自分を表現して生きる喜びに溢れた世界をつくる。これが、僕の人生のビジョンです。自分らしく幸せに生きるためには、自分の本音を選択し自分の最高を社会で発揮して生きることが大切だと信じています。それは、なぜか。この世にたった一つしかない僕の人生の物語を通じてお伝えしたいと思います。6才のちっちゃいボクに、母が言いました。「あなたはエスカレーターに乗って生きていくのよ」「エスカレーター、なにそれ?」そしたら、梅田の阪神百貨店に連
金属バット両親殺害事件1980(昭和55)年【事件発生と犯行の発覚】1980(昭和55)年10月29日の朝9時過ぎ、パジャマ姿の一柳展也(いちりゅう・のぶや、当時20歳)が「親父とおふくろが大変なんです……」と隣家に駆け込んで来ました。一柳展也その家の主婦が一柳の家に一緒に行くと、一階の6畳間で展也の父の幹夫さん(同46歳)が、奥の8畳間で母の千恵子さん(同46歳)が、いずれも布団の中で血まみれになっていたので、あわてて自宅に戻り110番通報をしました。事件が